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――「…………」
――「何なんだよ用って。時間まで指定しやがって。相談なら俺じゃなくて君口とかにしろよ……」
――「あ、あの……」
――「何だよ」
――「…………ッ!」
――「? 何だ? メモか?」
「俺はアイツに渡されたメモを見た。アイツはいつも長話を筆談で済ませだがるが……この時は短い内容だった。そこにはこう書かれていた。『貴方は〝殺し神〟様ですか?』……ってな」
――「!? お前……これ……」
――「…………」
――「……ハァ。まあ……誤魔化してもしょうがねぇか。どうせここで一生を過ごすことになりそうだし。そうだよ、俺が……『殺し神』だ」
――「……ッ! ほ、ホントに……?」
――「今更嘘吐いてどうすんだよ」
――「……私は……ずっと……ずっと貴方に会いたかった……」
――「は? いや……大袈裟だろ。たかがゲームの話だぜ? プロも辞めたし」
――「貴方にはそうでも、私には違う」
「多分、あんなに饒舌になった柊はここにいる誰も見たことないんじゃないか? アイツはいつも付けてたマスクを外して、涙まで流して語り出したよ」
――「私のお父さん怖くていつも家にいなくてお母さんは怖くてうるさくて、ゲームもホントは元々そんな好きじゃなかったけど『殺し神』様の活躍見て凄く感動してそれは本当で、ホントにホントで……何も無い私がずっと欲しかったのはそんな何でも良いからそんな本気で頑張ることで、貴方が私の理想でずっとずっとずっと……だからずっと……会いたかった……」
――「柊……」
――「私が生き返っても喜ぶ人なんていないから……それに生き返る人もここでそんな長く暮らしていたらおかしくなっちゃうだろうから私だから……」
――「柊?」
「アイツは完全にストレスでヤバくなってた。多分アイツのメンタルを支えてたゲームとか漫画とかの無いここでの生活が長引いた所為だろう。だから鬼から生き返ることのできる者は一人だけって話を聞いて、自分の命を手早く断つことに躊躇いが無かったんだ」
――「何だよそれ……包丁? 何でそんなモン持って……」
――「十二人の『一生』はきっと百年近く掛かる。みんなみんな早く自分の命を捨てて誰かを生き返らせたあげないと駄目なんです」
――「おい柊! その包丁机に置け! 聞いてんのか!?」
――「私なんかもう一ヶ月しか一緒に居なかったのにみんなのこと家族以上に好きになっちゃったからきっと百年近くいたらもっと大変になる。生き返った時にみんなが死んでいたら結局辛くてみんな死にたくなる、少なくとも私はそうなる。死にたくなる。みんなの所に早く行きたくなる。でもそれはいけないからそれは分かっているからだからだから早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く選ばないと選ばないと選ばないと選ばないと――」
――「柊! 待て!」
「……正直それからの記憶はあまり無い。気が付いたらアイツの腹に包丁が刺さっていて、俺は逃げるように部屋の外に出ちまった。……君口、お前は音の正体を柊が自分で腕時計を壊した時に出したものだって推理してたけど、多分それよりも俺がアイツの部屋の扉を叩いてた音の方だったのかもしれない。今思い出したんだ。あの時無理にでも入っていればもしかしたら柊は助かったかもしれないってのに、俺はいくら扉を叩いてもドアノブを動かしても開かないことに……『安堵』してしまったんだ。それで自分の部屋に隠れて、お前がアイツの部屋を破った後に素知らぬ顔で現れたのさ。……笑えるだろ? こんなどうしようもねぇクズ、庇う価値なんてねぇのにな?」
海江田さんの話を聞いて、俺はどうしようもない寂れた感情の行き先を探していた。
やっぱり本当に事故でしかなかったんじゃないか。
悪いのは海江田さんじゃない。もちろんおかしくなってしまったきららでもない。
だとしたらあの鬼たちが悪いのか?
いや、そもそも俺達はバスの事故で死に掛けて、今は鬼からチャンスを貰っているだけなんだ。
確かに初めから生き返ることが出来る人間が一人だけだったことを教えなかったのは許せないが、もし仲を深める前にそんな話を聞いていたら、蘇生の権利を求めて殺し合いになっていた可能性もある。
誰も悪くは無いはずだ。悪者なんていない。けど……そしたら俺は一体どうすれば良かったんだ? 何に対して立ち向かえば良かったんだ? これから……どうすればいいんだ?
「じゃあな」
海江田さんはそう言ってロビーを後にする。
彼は階段の方に向かって、そして………………待て。
一体どこへ向かう気だ?
何が『じゃあな』なんだ?
まさか――。
「海江田さん……? 海江田さん!?」
気付いていたら俺は彼を追いかけていた。
俺にとっては一瞬の間に感じたが、既に彼はもう階段を上り切っていた。
それでも、追いかけることしかできなかった。
*
三階 バルコニー
あの人は何か考え事をするときいつもバルコニーに向かう。だからすぐに勘付いた。
「海江田さん!」
彼は既に、バルコニーの低い柵に手を掛けていた。
いつからそこにあったのか、彼は缶コーヒーを手に持っていた。きっと朝のだろう。
「……どうせ俺はそんなに長生きできない。ここの飯すら三食欠かさず食べられない不健康な人間なんでな」
「何を……」
俺以外にもみんながこのバルコニーまでやって来ている。しかし、海江田さんは意に介していない様子だった。
「だったら早いとこ『生き返る誰か』のために俺の魂を捧げるべきだと……思うだろ?」
「そんなこと……。海江田さん……!」
「それに嫌だろ? この一ヶ月ともに生活してきた仲間を殺した俺と、ここで死ぬまで付き合うなんてな」
「そんなわけないじゃないですか!」
「……お前はそういう奴だよ、君口。でも俺は……」
海江田さんは、もう足を柵に乗せていた。
持っていた黒いラベルのコーヒーの缶を、柵の上においてから――。
「もしもっと前にアイツに俺のことを明かしていたら……少しは説得なんて不向きなことも……出来たかもしれねぇのにな……」
俺は知っている。
この人は本当に不器用な人で、きっときららが取り乱した時にどうしたら良いのか分からなくなってしまったのだろう。
きららがいつ『殺し神』の話を海江田さんにしたのかは知らないが、あんなに尊敬の眼差しを向けられたらきっとこの人は戸惑って黙ってしまうことだろう。
だからずっと明かせなかっただけなんだ。
だから……だから後悔しないでくれ。頼むから……。
「……誰か一人を選ぶなら、俺はお前に生き返ってほしかったよ、君口」
そして彼は――。
「海江田さん!」
もう俺の手は届かない。
そもそも俺自身にそこまで止める気が無かったのかもしれない。
止めることが無意味だと、俺は心の奥底でそう思っていたんだ。
そして海江田さんは―――――――――――――――――――塔から飛び降りた。
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