第三章

1




 海江田さんが飛び降りてしまった後、静寂を破いたのはやはりレックスだった。


「みんな、俺から提案がある。ダイニングのあの円卓に……一度集まってほしい」


 そう言われて、放心していた俺達は断ることも出来なかった。

 気が付けば俺達は皆円卓を囲んでいたんだ。


「……さて。俺からの提案っていうのは、『これから』に関することだ」


 レックスは極々自然に語り始めた。この状況でも冷静なのは、やはり彼の長所だと見ることにしよう。


「何すか……『これから』って……」


 尋ねたのは正司だ。彼は頭を抱えていて、まだ冷静になれてはいない。


「俺は柊の考えに同意した」

「はい?」


 何の話だ? 正司も俺もまるでレックスの言いたいことが理解できない。

 しかし、ミシェルはそうでもないらしい。


「……生き返るべき人間のために、それ以外の人間はなるべく早く死ぬべきという意見だネ」


「何だと?」


 そんなの……どうしてそんな意見に賛成するんだよ、レックス……!


「だってそうだろ? もし俺が生き返ることになるとしたら、ここで何十年と過ごした後にまた現実で生きなくちゃいけないってのは……正直面倒に思うだろう」

「何だよ面倒って……」

「それに、俺は初めからずっと自然死を待ちたいとは思っていなかった。ミシェルやシスターの言葉に流されてしまったが……本当は初めから、俺は……俺だけは生き返るべき人間を既に選んでいた。俺は……妹、スフィカに生き返ってほしい」


 彼の強い意志が込められた言葉に、皆押し黙らされた。

 どんな状況でも呑気なスフィカすら、今の彼の言葉で表情が固まった。


「……何言ってんの……お兄ちゃん」


 いつもの語尾すら付け忘れている。まさかとは思うが、彼女は未だに生き返る人

間が一人だけだということを理解してなかったのか?


「スフィカ、俺は――」

「生き返るのはお兄ちゃんでしょ!?」

「…………ッ!?」

「私はもうずっと前からそう決めていた! なのに……何でそんなこと言うの……?」


 ああ……そう言うことか。

 だから彼女はずっと呑気な振りをしていたのか。ミシェルと同じ様に、彼女も自分の命を投げ出す覚悟が出来ていて、だから投げやり気味になっていたんだ。

 しかし、レックスは静かに首を横に振った。


「……なら、やっぱり俺の『提案』は妥当になるだろうな」

「え……?」


 どうやらレックスは彼女にも相談していなかったらしい。いつからか、ずっと彼は

『そのこと』を考え続けていたのかもしれない。


「俺から出す提案は、この状況を早期解決するものだ」

「どういう意味かしら?」


 聞いたのはシスターだ。彼女は相応の覚悟をしていただろうから、大きく不安がっている。


「このままだと時間だけが文字通り一生経過していく。だったら……少しずつ間引いていくべきだ」

「そんな言い方……」


 唯香はレックスを睨みつけようとするが、レックスは彼女ではなくミシェルの方を向いて続ける。


「俺はスフィカを生き返らせるためなら何だってする。ミシェル、アンタだって本当は一番若い緋色を生き返らせたいから自然死を待とうと言い出したんだろ? だとしたら、俺達は明確に敵対関係になるわけだ。俺はスフィカ以外の全員に、アンタは緋色以外の全員に……死んでほしいと思っているんだ」

「何言ってんだよレックス!」


 俺はつい叫んでしまった。だって、俺達は敵じゃなくて仲間同士じゃないか。


「お前だってどうなんだ? 君口」

「え……」

「気付かないとでも思ってんのか? 俺達は一ヶ月もここで一緒に過ごしてきたんだぜ?」

「…………」


 俺は自分でも意図せず来菜の方に視線を向けていた。彼女はそれに気付いて目を逸らす。


「柊のこともある。ここにいる全員がいつまでもまともでいられるとは限らない。何より俺は……俺自身を信じられない」

「レックス……」

「この密閉された空間で、無秩序に殺し合いが起きる可能性が無いと俺は言い切れない。俺が一番お前らの命を奪う可能性があるんだ。この俺が……」

「お兄ちゃん……」


 俺はスフィカとレックスがどれだけお互いを想っているのかまるで知らない。

 レックスは他の誰かが別の誰かを殺す可能性があるとは言わなかった。彼はみんなのことを信じている。

 けれど、自分のことだけはまだ信じられずにいるんだ。自分は妹のためなら人を殺してしまうのではと、思い込んでいるのだ。

 それだけきっと、彼にとって妹のスフィカは大事な存在なんだ。


「だから俺は提案する。俺の……俺がおかしくならないための合理的な提案だ。無秩序に殺し合いをするくらいなら、合理的に殺人をするべきだと俺は考えた」

「合理的に殺人……?」


 レックスはやはり冷静に、落ち着いて淡々と話す。


「……ゲーム形式で行こう。この十一人で、誰か一人が勝利するゲームをするんだ」

「ゲームだって……? 何言ってんすかそんなの……」

「ふざけてるんですか?」


 正司と唯香の言葉を受けても、レックスは首を横に振ってまだ続ける。


「ふざけてるつもりはない。これから……生き返ってほしい人間がいる場合、殺人を犯すことにするんだ。そして、死体を誰かに見つけられてから二十四時間以内に、みんなで犯人捜しのための話し合いの場を設けて、そこで投票によって選ばれた犯人が間違いだったら、その犯人の勝利。犯人の生き返ってほしい人間を生き返らせるために、他のみんなはすぐに心中するんだ」

「ちょ、ちょっと待てよレックス、お前何を……」

「もし投票で選ばれた犯人が正解なら犯人は負け。その場合は共犯がいたとしても人を殺した実行犯たった一人のみがペナルティとして自殺する。そういったルールでゲームを進めれば、二人ずつだが確実に人数を間引いていくことが出来る。さて…………賛成してくれる奴はいるか?」


 全員が沈黙する。

 レックスの提案など、一体誰が飲めるというのだろうか。

 しかし、彼の言う通り何かルールを作らなければ暴走してしまう人間は現れてしまうかもしれない。

 いやでも、『かもしれない』だけじゃないか。俺達はきっと大丈夫なはずだ。

 でも……きららは実際暴走してしまったし、それは確かな事実だ……。


「俺の提案を飲めないというのなら、それはみんなにここで一生を過ごす覚悟があるということだ。だったらその方が良い。誰も死なない方がそりゃいいに決まっている。ただ……もし誰かを生き返らせたいから他のみんなに死んでほしいと思ったなら、殺すのは一人にしてほしい。一人で何人も殺したりしないでほしい。そして……俺の言ったゲームに真面目に参加してほしい。……そうだな。そこまでが俺の提案……ということにしよう」


 ……それならまだ俺は受け入れられる。

 無秩序に誰かを殺し始めたらもう俺達は野生の動物と何も変わらなくなる。

 きっと誰も……いや、俺の願望なんてもう無意味だ。

 俺はみんなが今どれだけ不安と恐怖を持っているのか絶対に把握できない。

 仮に誰かが自分の『意志』を通そうと考えても、俺はもう……それを否定できる立場にいない。


 パチパチパチ


 拍手をし始めたのは雪代先輩だった。


「……素敵ですわ、レックス君。とても素晴らしい提案だと考えられますわ」

「本気でそう思ってんのか? アンタは……」

「もちろん本気でそう思っていますわよ? 貴方の提案以上に良い選択肢はありませんもの。たとえ他に同じ様なことを思い付いた者がいたとしても、それを実際に口に出して頂いたレックス君の勇気は称賛に値しますことよ」

「アンタも同じことを考えたのか?」

「内緒ですわ」


 そう言ってフフフと笑う。この人の考えは本当に読めない。


「ボクも同意見だネ! レックス!」


 次に口を開いたのはミシェルだ。隣に座る緋色は大いに困惑している。


「ミシェル? ぼ、僕はどうしよう……」

「緋色は難しいこと考えなくていいヨ。大丈夫、きっと……ネ」


 少なくともこの中に緋色を殺せるような人はいないだろう。

 そうだ、きっと大丈夫。ミシェルも俺と同じで…………ん?

 ミシェルと目があったが、何故か彼は俺に対して微笑みかけてきた。その理由が……分からない。


「……ちなみに、ボクが生き返ってほしいと思っているのはレックスの言う通り緋色だヨ。ボクはね、この子の未来に懸けていたんだ。この子ならボクの次に素晴らしいタレントになれる。ボクと同じ目で、ボクに見えるものと同じ景色を見ることが出来る……そんな存在になってほしかったんだ」

「ミシェル様……」


 シスターは彼の言葉を聞いて複雑そうな表情を見せている……と思う。

 フェイスベールで見えないが、きっと彼女はミシェルに生き返ってほしいと思っているのだろう。

 俺は来菜で、レックスとスフィカはお互いを。

 他のみんなはまだ悩んでいるところか、もしくは自分自身が生き返りたいと思っているのかもしれない。あるいは既に死ぬ覚悟が出来ているか……。


「……じゃあ、みんなそういうことで良いよな? 次もし円卓を囲むことがあるとしたら……その時は犯人捜しをする時だけだ」


 レックスの言葉に頷くことが出来ない者は何人かいたが、それでも否定する者は出なかった。

 彼の提案はきっとただの保険だ。

 みんな誰かを殺したりなんかしない。きっとそうだ。そうに……違いない。

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