8
翌日 一階 ロビー
俺はこのロビーに全員を呼び集めた。
柊きらら以外の全員を……。
「どうしたのかナ? 一体何の話をする気だイ? 快太」
最初にそう尋ねたのはミシェル。
「みんなに話がしたいんだ。その……きららについて」
すると正司が一番に声を上げた。
「何の話をするんすか! 何をしてももう……死んだあの人は戻らないのに……」
そうか、正司はそこまで彼女のことを想ってくれるんだな。
でも悪いが、俺の話を最後まで聞いてもらおう。
「……みんなは疑問に思わなかったか? きららの死について」
「……何だって?」
そうやって問い掛けるのも正司だけ。
もしかすると、ここに居る何人かは同じことを思っているのかもしれない。
「そうカ! キミはそうすることにしたんだネ!?」
急に大声を出されて俺は分かりやすく動揺する。
ミシェル、アンタも気付いていたんだな。けどテンションを上げる所じゃないだろ……。
そして、彼の声を聴いてレックスもハッとする。
「……柊の死について……か。お前まさか……アイツが『本当に自殺したのか』を疑ってんじゃないだろうな」
彼の言葉を聞いて、この場の全員が……いや、何人かの表情が一気に険しくなる。
表情が変わらない人はきっと俺とミシェルと同じか……あるいは……。
「何……言ってるんですか……レックスさん……」
唯香は信じられないといった様子だ。
「俺じゃない。第一、部屋は鍵が閉まってたんだろ? 包丁を持っていったのも柊自身だ。自殺なのは間違いないとして……他に気になることがあったのか? それとも本気でお前は――」
「殺人事件! ……って思ったのかニャ?」
何故か少し笑みを見せながらスフィカはそう言った。
彼女は冗談が苦手なのだろう。間違いなく彼女自身はきららが自殺をしたと思っているはず。
だが……。
「……結論から言う。この中に、きららを意図的に殺そうとした人はいない」
一瞬正司や唯香が安堵する一方で、ミシェルは俺の言葉の意味を理解していた。
「『意図的に』?」
「ああ。でも、過失致死の可能性があると思ったんだ」
「え……何て……?」
緋色には難しい単語だったようだ。けど、同じように疑問符を浮かべている人物は他にもいる。
「旦那、どういう意味?」
「何かしらの事故で……誤って彼女を刺してしまった人がいるんじゃないか……ってことだよ」
皆が周囲をキョロキョロと見渡し始める。
「快太君、どういうことか説明してもらえるかしら?」
雪代先輩はスフィカと同じく笑みを見せている。
「……みんなはきららの部屋のドアノブを確認したか?」
「ドアノブ?」
来菜は分かっていない様子だ。そもそも彼女は部屋の中に入っていないからな。
「……血のことだロ?」
やはりミシェルは気付いていたか。
「ああ。ドアノブには血が付いていた。でも、それって変じゃないか?」
「へ、変って……どういうことですか……?」
皮肉なことに、きららが自殺ではない可能性を知って芽衣の瞳は少し明るくなった。
誰か別に彼女の死に関わっている者がいるのならと、多少自責の念が和らいだのかもしれない。
「血が出たのは包丁で腹を刺した後だ。なのに、ドアノブにはその彼女の血が付いている。つまり……ドアノブに触れたのは包丁で腹を刺した後ってことだ」
「それが何…………」
レックスはそこまで言いかけて勘付いたらしい。
「……確かに……変だな……」
するとまだ気付けずにいる正司が声を上げる。
「何が変なんすか!? 鍵閉めたのが本人なら何の問題も無いじゃないすか!」
「いや、だったら自分の腹を刺す前にやるのが普通だろ? 何だって腹を刺してから思い出したかのように鍵を閉めにかかったんだ?」
「じゃあ思い出しただけでしょ!?」
「何でだ?」
「何でって……」
「これから死ぬって人間が、実際に腹を刺してからようやく鍵を閉めなくてはならないということを思い出した……その理由って何だ?」
「そんなの……分かりようが……」
参った。俺は説明力が足りないのかもしれない。
だがここで気付いた様子の雪代先輩が助け船を出す。
「逆に考えましょう。そもそも何故彼女は自分の腹部を刺すまで鍵を閉めずにいたのでしょう?」
「それは……鍵を閉めなくてもいいと思ったからでは?」
「そうですわ。けれど、腹部を刺した直後に『閉めなくてはならない』と思い立った……」
「え!? な、何で……」
うむ、これでも気付いてはもらえなかったか。
もしかするとここは閃きの問題なのかもしれない。
だから俺は答えた。
「自分を刺した人間は他の誰かではなく自分だ……と、伝えるため」
正司はそれでもまだ頭を冷静に働かせることが出来ずにいる。
「な、何言ってんすか……それじゃまるで……」
「きららさんを刺した人がいるってことですか!?」
唯香も声を上げた。彼女も正司と同じ状態だったようだ。
「そして、彼女はその自分を刺した人物を庇っている……だロ?」
スフィカと雪代先輩に加え、ミシェルまでもが笑みを浮かべていた。
まさかとは思うが、真実に近付くことがそんなに楽しいのか?
だとしたらみんなを呼び集めた俺も……そうなのか?
「……どういうことだ?」
ミシェルに尋ねたのは海江田さんだ。
でも、ミシェルは彼の問いに答えず俺の方を向いてきた。仕方なく俺が話を進める。
「……初めに違和感を覚えたのは、『音』に関してだった」
「音だと?」
「はい。俺はきららの部屋に入る前……午後七時頃、自分の部屋で何かを叩くような音を聞いていました。そして彼女が死んでいるのを発見して、その音の正体は彼女が地面に倒れてた所為で出た音なのだと一瞬思い込んだ。でも、すぐにそれは違うと気付いたんです」
「……何故だ?」
「彼女の腕時計を見たからです。彼女の腕時計は六時で止まっていた。だから音の正体は別にあると気付いた」
「あ!」
声を発したのは来菜だった。シスターも遅れてハッとする。
「旦那さん! その音あたしも聞いたよ!」
「……私も聞いたわ。愛野さんが鳴らしたの?」
しかし芽衣は首を横に振った。
「わ、わ、私じゃ……ない……です……。そもそも音とか覚えてないし……」
「……俺も覚えてないな。……あ、そういえば昨日もお前……」
「はい。海江田さんには昨日聞きました。そして、当時パーティールームにいなかったこの五人が知らないってことは、音の原因は同じ二階にいたきらら以外に無いってことだ」
「……!?」
海江田さんは驚愕の表情を見せていた。いや、正司もか。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待って下さいよ快パイ!」
この状況でもその呼び方は変えないのか、正司。つまりふざけて考えた呼び名じゃないってことか。
「何だ正司」
「えっと……今の話の流れだと、きらパイは六時に死んでいて、快パイは七時にきらパイが何か音を出しているのを聞いたってことになるんすけど……それはなくないすか? 間違いなく快パイたちはきらパイが死んだ後に音を聞いたんすよね?」
「俺は彼女の部屋に入る前に聞いたと言ったよ」
「いやいやいやいや! だって今先輩言ったじゃないすか! 音の原因はきらパイ以外無いって!」
「ああ、そう言った」
「じゃあ何で死んだはずのきらパイが音を出せるんすか! おかしいでしょ!」
「だから……彼女は生きてたんだよ。音を鳴らしたその時までは」
俺がそう言うと正司は黙りこくってしまった。もう付いていけないと言った様子だ。
「……君口、それじゃ腕時計は何で壊れたんだ?」
レックスは頭の回転が速い。すぐにそこへ疑問がいったらしい。しかし少々早すぎだ。
「ちょっと待ってくれレックス。正司が意味不明な顔をしてる」
「……ホントだな」
「まあ順番に言うと、あの壊れた腕時計は、そもそも彼女の死の時間を表していたわけじゃなかったんだ」
それを聞いて正司や唯香は驚愕し、それから納得したように自らの思考を動かし始める。
顎に手を乗せて下を向いているから、多分間違いない。
「それで? さっきの質問に答えてくれ」
「ああ。俺が察するに……時計は彼女自身が壊したんだろう」
「自分で壊した? 何の為に?」
「……自分が死んだ時間を偽装するため」
俺はゆっくり喋っているつもりだったが、来菜は『待って』と言いながら手の平を向けてきた。
「確かに……私は記憶してる。きららちゃんの腕時計は確かに鬼の話の後も壊れてなんかなかった。壊れたとしたらその後としか考えられない。けど……」
「壊すには腕時計を壁に叩きつけたりしないといけない。俺の聞いた音はそれだったんだろう」
「いや、でも……」
「何で壊したのか……か?」
来菜は頷いた。正司なども同じように説明を求めている。だから俺は答えようとしたんだが――。
「庇っているのサ! 自分を刺した犯人をネ!」
ミシェルは鬱陶しいくらい大きな声で先程と同じことを言い放つ。
間違いない。この人は完全に今の状況を楽しんでいる。どうしてだ? 今まではそんなことなかったのに……。それとも、これがこの人の本性か?
いや、違う。彼はもう生きることを諦めて投げやりになっているんだ。
「ただ……どうしてそんなことをしたのかがどうしてもわからないんダ。快太、キミは分かっているんじゃないカ?」
「……彼女は……きららは確かに死ぬつもりだった。それは包丁をキッチンから持ち出したところを芽衣が確認しているから間違いない。でも多分……いや、きっと、誰かがそんな彼女のことを止めようとしたんだ。しかしもつれ合いになって、事故で彼女の腹部を刺してしまった。刺してしまった人はショックで気が動転したのかその場から離れ、きららは逆に冷静になってしまった」
「冷静になったって……どういうこと?」
来菜に尋ねられ、俺は彼女の方に顔を向ける。
「彼女はナイフが刺さった瞬間、それが事故だと瞬時に理解できた。そして、だからこそ事故で自分を刺してしまった人物を庇おうとした。元々自分が自殺を考えた所為でそうなったから……」
「そんな……」
「彼女は腹から血を流しながらまず部屋の鍵を閉めた。きっと冷静になった犯人もすぐ戻ろうとしただろうが、鍵を閉められたらどうしようもない。そして次に、彼女は腕時計を叩きつけて壊した。犯人が特定できないように、自分の死の時間をずらすために……」
「ま、まさか……そんなこと……」
「表面のガラスを割って針を動かしたんだ。問題は、何故六時にずらしたのか……」
「え?」
ここまで話すと、もう何人かは察し始める。だがそれはあくまで察しただけ。きっとみんなは『そこから先』までは気付けないだろう。
「時間をずらしたのは、時間をずらすことによって効果が現れるからだ。犯人のアリバイが出来るという効果が……」
「ちょ、ちょっと待ってそれ――」
「つまり犯人は六時頃には絶対きららと接することが出来ず、逆に七時頃ならばきららと接することが出来た人物。言い換えるなら六時頃に二階にいなかった人物で、七時頃に二階にいた人物ってことで――」
「もういい」
とても低い声で、『彼』は……いや、海江田国広さんはそう言った。
「……海江田さん……」
「流石にもう隠しても意味ないだろ。俺は柊の気持ちを汲みたかったんだが……そんなのは単なる正当化でしかねぇし、俺がどうしようもないクズ野郎って話は変わらない……よな」
彼は自嘲しながら頭を掻いて目を伏せる。
皆そんな彼にどういった視線をぶつければいいのか分からずにいた。
「何があったんだイ? そもそもキミが彼女の部屋に御呼ばれするなんてネ」
ミシェルは堂々と尋ねるが、多分彼はもう命を捨てるつもりだからそうして遠慮なく入り込めるのだろう。責めたりは出来ない。
「話しても俺の言い訳にしかならん。無意味だろ」
「俺は貴方が何者なのか推測しています」
「…………!?」
海江田さんの目が大きく見開いた。ミシェルもまた同様だった。
でも、俺はたまたまその情報を聞いたんだ。きっと彼女も……そうなんだ。
「きららには尊敬している人物がいました。俺は彼女からその話を聞きました。きっと海江田さんもこの一ヶ月の間に聞いたんじゃないですか? その経緯は知りませんけど、貴方はその話を聞いてきっと大きく動揺したはずです。きららはそれを見逃すはずがない。だから確かめようとした。せめて、自分が死ぬその前に……」
「お前……何で……」
「『殺し神』って……もしかして貴方なんじゃないですか?」
俺がそう言うと海江田さんは口を開いて唖然とした。
「……何で……分かったんだ……?」
俺は首を横に振る。
「違います。今の今までそうだとは思っていませんでした。というか俺はただ、きららも同じような質問を貴方にしたかったんじゃないかと思っただけなんです」
「ああ……そう……か……」
海江田さんは眉間に皺を寄せながら目を瞑った。
驚愕の感情を何とかして飲み込み、冷静さを取り戻そうとしているかのようだ。
「旦那君、どういう意味? 何? 『殺し神』って」
来菜は俺と海江田さん以外の全員の疑問を口にしてくれた。
「きららがやってるゲームで毎シーズン一位を取ってる凄腕ゲーマー。アイツが凄く尊敬している人物だよ」
「……え? 何でその人が海江田さんなの? というか旦那は何でそれが分かったの?」
「いやだから分かってなかったって。ただ……『殺し神』がゲームをプレイしている時間は基本平日の日中って話らしいんだ。で、海江田さんは基本平日は夜勤で働いていて、ゲームをする時間は日中しかないんだ」
「それだけ?」
「いや、それだけなら候補は無数にいる。ただ……海江田さんは昔、子どもの頃からの夢を実際に叶えたことがあり、その夢を自ら捨てたことがあるらしいんだ」
「……子どもの頃からの夢?」
「『殺し神』は元プロだってきららが言っていた。もしかして海江田さんが昔叶えた夢って……プロゲーマーだったんじゃないですか?」
俺は海江田さんに確認を取った。すると、彼はコクリと頷いた。
「ああ……そうだ。お前にした話を前に柊と棚崎にもした。お前は覚えてなさそうだけどな、棚崎」
「え、あ、その……すんません……」
「無理に聞いてきたのはお前の方だったんだがな。ま、『Precious×Precious』の話が通じるのは俺ら三人だけだったし、一ヶ月も同じ空間にいたら……嫌でも少しは自分のことを話さなくちゃならなくなっていた。それでも俺は柊が俺……『殺し神』を尊敬しているなんて、昨日まで知らなかったがな」
海江田さんはとても切なそうな表情を見せていた。
さて、俺に予想できるのはここまでだ。
「海江田さん、話してください。少しだけでも良いので」
「……ああ」
海江田さんは小さく息を吐くと語り始めた。
柊きららとの、最後の会話を――。
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