7
一階 ロビー
次にロビーに向かった俺は、そこで悲しそうに座っていた緋色に話しかけた。
「ミシェルは?」
「考え事がしたいからって……部屋に」
「そっか」
「……ホントにきららお姉ちゃん死んじゃったの?」
「……ああ」
「僕が見た未来と一緒だ」
「え?」
緋色は自身の赤い目を指差した。
「僕、少しだけ未来が見えることがあるの。その未来で……きららお姉ちゃんはいなかったから……」
そういえば彼もまた超能力者だったな。前に『嫌な未来』を見たという話も聞いていたな。だとしたら……その未来からは逃れられないのか?
「この先この塔のみんながどうなるかも分かるのか?」
「ううん。見たい時には見れないの」
「そうか……」
まあ、そこまで都合良くはないか。しかしこの子はまだきららが死んだことを実感しきれていなさそうだ。小さな子どもだし当然ではあるが。
「君口」
ふとレックスが俺を呼んだ。彼はスフィカを連れている。
「大丈夫かニャ?」
「お前……いつまでその語尾付ける気だ?」
「無論死ぬまでニャー」
「あのなあ――」
「待てよ君口」
俺がスフィカに文句を言いそうになったところで、レックスが手で制してきた。
「俺もスフィカも緊張感を持ちにくい体質なんだ。こればかりはどうしようもない。許してくれないか?」
「……そういえば、お前はいつも冷静だよな」
「自慢じゃないし良いことだと思ったこともない。ただ共感能力が低いだけなんだ。仲間が死んで涙も流せない……」
「……レックス……」
最初はみんなを疑っていたレックスが、きららのことを『仲間』と呼んだ。
涙など流れなくても彼は真っ当な人間だ。スフィカもきっとそうなんだろう。それでもその語尾は苛つくが。
「それで何か用か?」
「ああ。お前は……柊が自殺した理由を知ってるのか?」
初めて明確に『自殺』と口にするのはやはりレックスだったか。
みんな分かっていてもその言葉を飲み込んでしまっていた。
そもそも彼女が死んだという事実すら認めたくない者もいることだろうからな。
「分からない。でも、今朝の彼女のメモをみんな見たろ? アイツは多分誰よりもここでの生活がずっと苦しかったんだと思う」
「……そうなのか?」
「きららはゲームとかアニメとか漫画とか、そういった創作物関連を趣味にしているって書いてあったろ? でも、この塔の中ではその娯楽は何一つ楽しめない。ネットも無いしな。ここでの一ヶ月間を『ちょっと大変でした』って彼女は書いていたけど、明らかにみんなに気を遣っているようだったじゃないか。みんなへの感謝の言葉も同じで、本当は誰よりも早くここから出たかったのかもしれない。どうせ一生をここで過ごすのなら……自分以外の誰かを蘇生させるために、早いとこ自ら命を断つ……。そう考えた可能性は無いと言い切れない」
俺は目を逸らして歯を噛み締めながらそう言った。俺自身そうだと思いたくなかったからだ。
「……なるほどな。確かに『一生』は長い。長すぎる。しかも俺達全員の内十二人が一生をここで過ごしたからといって、それで生き返る一人が幸福かどうかも分からない」
「え?」
「だってそうだろ? 他のみんなの『一生』分ここで生きた後に、現世に戻ったら共に過ごしてきた仲間は全員死んでるんだ。長い人生を送った後にまたもう一度人生をやらなくちゃいけないなんて俺は嫌だ。だったら……さっさと諦めて死んだほうがマシかもしれない」
「レックス!」
まさかお前まで同じことを考えているわけじゃないよな。そんなのは……止めてくれよ。
「……俺は妹が無事ならそれで良い。スフィカには、まだやらなくちゃいけないことがたくさんあるんだ」
「お兄ちゃん……」
レックスはスフィカに生き返ってほしいのか? でも、生き返ることのできる人物は一人だけ。
少なくとも俺は誰か一人を選ぶことなんて出来ない。出来るわけないじゃないか。
「……レックス、それにスフィカ。二階に来るまでパーティールームには誰がいた?」
俺は分かりやすく話を変えた。元々気になっていたことでもある。
「パーティールーム? ああ……俺がみんなに声を掛けたんだったな。スフィカに言われてやったことだが」
「だって、みんな辛気臭い雰囲気だったからニャー」
「誘いに乗ってくれたのはミシェルと緋色、それに棚崎と飯原……。雪代と海江田の二人も近くにいたな。遊んでくれたわけじゃないが」
「ダイニングルームでの話し合いのあと一旦部屋に戻るって言ったのは俺と来菜、それにきららと芽衣とシスターの……五人か」
「ああ。海江田は途中で部屋に帰ったが、その後少しして愛野の叫び声が聞こえた。そして二階に行ったら柊が死んでいたってわけだ」
……そうか。じゃあもしかして……。
「柊の腕時計は午後六時で止まっていた。そして愛野が叫んだのは七時頃。つまりアイツが死んだのは発見されるよりも一時間近く前ってことだよな?」
「え? あ、ああ……」
「愛野はいつから柊の自殺を読んでいたんだ?」
ああ、そうか。レックスたちにはきららの部屋に無理やり入った理由を芽衣が心配したからとしか説明していなかったな。
俺はさっき芽衣に確認を取った事実をそのまま彼に伝えた。
「なるほど……それじゃあつまり、柊は鬼たちの話を聞いてすぐ自殺を考えたってことか。自分よりも他人を生かすという判断をこんなに素早く出来るなんて……凄い奴だったんだな」
「芽衣は最初自分の思い過ごしだと思ってそのまま自室に戻ったらしい。その時には既にきららも自室に戻ってる。俺と来菜はその後に戻ったな」
「その時の時間帯が五時半くらいだったか? そこから三十分の間が……自殺する覚悟の時間ってことか」
「――――ホントにそうなのかニャ?」
俺とレックスは、スフィカの方に視線を向けさせられた。
「どういう意味だよスフィカ」
「だってお兄ちゃん。こんな密閉された空間で、十三人の人間がいて、何も起こらない……なんてことあるのかニャー?」
「スフィカお前……」
「私の好きな小説じゃよくあるパターン! これは間違いなく――」
そこで、レックスは続く言葉を吐かせないために彼女の口を塞いだ。
「……悪い君口。コイツに悪気は無いんだ」
それはそうだろう。スフィカもこう見えて今の状況に怯えてしまっているのかもしれない。
だから『そんな発想』が出てしまうんだ。
……本当にそうか?
俺は、ただ自分を正当化したいだけじゃないのか?
もしかしたらスフィカも『同じこと』に疑問を抱いたのかもしれない。
しかし、それを口に出して確認してしまったら、全てが終わってしまうような気がしてならない。
――「あたしはずっと貴方の味方だから」
……いや、そうだ。
来菜がそう言ってくれたのだから、俺は自分がするべきだと思うことをするべきだ。
だから明日……そう、明日みんなに伝えよう。
そうすれば、俺の考えが何もかも間違いだときっと明らかになる。
明らかになる……はずだ。
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