6
一階 ダイニングルーム
数刻を経て、俺達はまたこの場に集まった。
七人用の円卓は無かったので、十人用の円卓に全員で座った。
さて……どうする気だ?
「さあレックス、キミの提案は残念ながら守られなかったみたいだが……その点についてはどうする気だイ?」
ミシェルも俺と同じことを思っているみたいだ。
というか多分みんなだろう。
「……確かに。俺の提案したゲームは、そもそもこの塔の中で殺す人数を一人だけに限らせるためのものだった。でも、誰かがそのルールを破って二人殺した……ように見えなくもないな」
「違うの?」
来菜が尋ねる。
「二人を殺した人間が同一人物とは限らない。俺はここにいるみんなのことを信頼している。たまたま死体が同じ場所にあっただけで、誰かが俺の提案を反故にしたとは考えたくない」
「たまたまネ……それは苦しい気がするけどモ」
「……そうだな。ならまずは同一犯の仕業かどうかでも話し合うか」
「おや? つまりキミの決めたルール通りにゲームは続行かイ? 犯人を当てられなかったら犯人の勝ちってこと?」
「いや、もし同一犯の仕業だと判明したら勝ち負けは無しだ。むしろ犯人にはペナルティを受けてもらいたい」
「ペナルティ?」
俺は身を乗り出してレックスに問い掛けた。
「当然だろ? そのためのルールだったんだ。後付けでも甘んじて受け入れるべきだ。ルールを破った犯人はな」
「いや、そうじゃなくて……そのペナルティって何だよ?」
「……もちろん、死んでもらう。愛野と同じ様に」
「……ッ!」
動揺を見せたのはシスターだった。
どうしたんだ? 芽衣の死に際のことを思い出しているのか?
……いや、それが普通か。俺もレックスもミシェルも、来菜もスフィカも、どうやらもう過去のことだと考えてしまっているのかもしれない。
緋色は俯いているだけで、彼女しかもうそんな反応を見せる者もいなくなってしまったようだ……。
「……いや、もちろん死に方くらいは選んでいいさ。とにかく……愛野は俺の決めたルールに従ってくれた。そんな彼女の想いを出来れば汲んでやってほしい」
「……紅茶を入れてくるわ。みんなはいる?」
シスターはそう言って立ち上がる。気を紛らわせたいのだろう。
ただ、レックスはそう思っていないようだ。
「怪しいなシスター。まさか二人を殺したのはアンタじゃないだろうな?」
「……私が戻ったら、話し合いを再開しましょう」
彼女はみんなの分の紅茶を入れてくれた。
正直俺は喉も乾いていないので手を付ける気はないが、何故か持ってきたシスターも手を付けずにいた。
どうやら本当に気を紛らわせたかっただけらしい。
あるいは……本当に彼女が犯人なのか? いや……でも……。
「……さっきの続きだ。シスター、アンタのアリバイから聞こうか」
「私は――」
「彼女は僕と一緒にキッチンに居たヨ。フフ……というかレックス、怪しいのはキミの方だと思うんだけド」
ミシェルはキザッたらしくスポーツサングラスを指で持ち上げた。
「……何?」
「緋色、教えてくれ。彼のアリバイがどうだったカ……」
ミシェルはどこか楽しそうに緋色に手の平を向けた。
一方の緋色は全く楽しそうではないが。
「……し、知らない」
「……ッ」
レックスが少しだけピクリと動いた。
何故だ? 緋色が嘘を吐いているとでも? いや……何だ? 何かがおかしい……。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ緋色。じゃあ夕食後のレックスはずっと一人だったってことか?」
「……」
「何でそこで黙るんだよ!」
「……」
駄目だ、緋色が完全に口を閉ざしてしまった。
彼の未来予知なら誰の犯行か分かるかもしれないと期待したが……これじゃどうにもならない。
「ミシェル……お前……」
レックスは鋭い眼光をミシェルに向けた。
表情は変わらないが、動揺しているように見えなくもなくもなくもない……こともないかな。
「……ちょっと待ってくれ」
「どうしたの? 旦那さん」
「……緋色が黙っているのは、ミシェルに『口止め』をされているからだろ? なぁミシェル。そこはお前が否定しても意味ないことだ。お前以外に緋色にそんなことさせられる奴はいないんだから」
「……さてネ……」
「そしてそれは後ろ暗いことがあるからだ。シスターの態度も正直怪しい。もちろんレックスもな。……夕食後、俺達の知らないところで何があったんだ?」
するとミシェルとシスターは目を伏せた。
何でだよ。
「……君口、お前だって怪しいだろ? 夕食後のお前は医務室の見張りで一人だったんだから」
「来菜とスフィカは夕食後ずっとバルコニーにいた。医務室から予備部屋のある二階に降りるためには、バルコニーにいた二人に見られないように階段まで向かわないといけない。二人は俺のこと見てないだろ?」
「……見てないニャ」
「見てないね。あたしが見てないんだから間違いなく旦那さんは二階に行ってないよ」
良かった。二人が俺のアリバイを証明してくれるようだ。
「けど飯を食った後、最初にダイニングを出たのはあの二人と君口だった。川瀬たちがバルコニーに向かう前に二人を殺した可能性はあるだろ」
「何言ってんのレックス君。そんな時間五分くらいしか無かったよ。あたしはそう覚えてる」
「……どうだろうな。超能力を使えばすぐに殺せるんじゃないか?」
「旦那はそんなことのために力を使ったりしない!」
レックスがこんなに俺に対して疑いを向けてきたのは初めてだ。
まあでも言い分はもっともだと思う。俺がその気になれば人を殺すのに一分掛からないからな。……内緒だけど。いや、試したこともないけど。
「なぁレックス。まずは実際に誰が予備部屋に行ったのかを明らかにするべきじゃないか?」
「あー……そのことニャんだけど……」
スフィカはどこか申し訳なさそうに懐を探り出した。
そして彼女は――一枚のメモを取り出す。
「予備部屋にさ……こんなのが落ちてたんだけど……ニャー」
スフィカはそのメモを机上に置いた。
俺も含めて全員がその内容をその目に焼き付ける。
『八時に予備部屋に来てくれ。この部屋に関して話し合いたいことがある。 君口』
「…………って俺!?」
待て待て待って!
そんなの知らないんだが!? 俺がいつそんなメモを書いたんだよ!
というかそれじゃまるで、俺があの二人を呼び出して殺したみたいじゃないか!
「……旦那さんの字じゃないね」
「へ?」
「あたしが言うんだから間違いないよ。他の誰かならともかく、あたしの言葉ならみんな信じられるでしょ?」
来菜がそう言うと、皆押し黙らされた。
彼女の言いたいことが多分伝わったようだ。俺は来菜を、来菜は俺を庇う理由が無い。
スフィカとレックスと同じだ。だって俺達は……お互いに生き返ってほしいと思っているからだ。
俺達の誰かが犯人なら、もうこの話し合いの後の投票結果が正しかろうが間違いだろうが死ぬことを覚悟しているということになる。
だから当然俺達は共犯になれず、お互いが犯人だった場合に関して言えば……擁護も意味はなく、もう絶望するしかない。
「……ま、多分そうだと思ったニャ。だとしたら次の問題は、誰が快太の名前を騙って二人を呼び出したってことだけどニャー……」
「本当に君口の物じゃないと言い切れるか? 君口がわざと筆跡を変えた可能性だってあるだろう」
「レックス……気持ちは分かるけど、まずは可能性の話じゃなくて事実確認からだ。それに……そもそもスフィカ、そのメモには差出人が記されているだけで宛名が無い。唯香と正司を呼び出したメモとは限らないんじゃないかな」
俺がそう言うと、ミシェルが何故か小さく拍手をした。
「流石だよ快太。やっぱりキミは超能力以外にも非凡な才能があるらしイ」
「……別に大したこと言ってないだろ。それともこのメモに覚えがあるのか?」
「フフフ……」
何なんだよコイツ……。
前とは違って犯人の答え合わせは鬼がしてくれるとあらかじめ知っているはずだ。
犯人を騙る理由は無い……だとしたら何故怪しい雰囲気を出すんだ?
「……悪かったな君口。ミシェルと緋色の所為で少し動揺していた。事実確認……確かにまずはそこから始めるべきだったな」
いや、正直動揺していたのかどうかは表情からは分からなかったけど。
まあ言動は確かにレックスらしくなくなっていた。
……でもそれは本当にミシェルと緋色の所為なのか……?
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