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「さて……それじゃ整理しよう。被害者は飯原唯香と棚崎正司。死亡推定時刻は夕食後から就寝の午後九時前後までの間。飯原は後頭部に打撃痕があり、腹部にガラス片が刺さっていた。棚崎の方は背中に刺し傷があって、二人とも傷跡からは血が大量に流れていた……。死因は多分それだろうが、君口の言う通りここは可能性の話はしないでおこう。誰かを疑う前に、まずは予備部屋の状況の話だ。気付いたことから話していこう」
レックスはそう言って俺に視線を向けてきた。
俺からの情報を求めているようだが……もう俺への疑いは一旦消し去ったということか?
「最初に発見したのは俺とスフィカだった。あの部屋は電気が付いていたんだ。そこから漏れ出した光にスフィカが気付いた。そして中に入ると二人が倒れていて……特に正司の方は初めうつ伏せの状態だった。その時点で二人は死んでいたよ。部屋はガラス片が散らばっていて、床板は所々剥がれていた。誰かが争った所為なのか、それとも最初から荒れていたのかは分からない。……あ、そういえば血の付いた置時計があったよな? それと同じ様に血の付いた木片も転がっていた。みんなも確認したよな?」
「したニャー。快太の証言は完璧なのニャ!」
スフィカはウンウンと頷いてくれている。
さっきのメモを見つけた時に俺に詰め寄らなかったことから考えても、彼女は今回かなり俺に協力的らしい。
「……次の事実確認はアリバイに関してかナ? ま、さっき大体聞いたかもだし、嘘を吐くかもしれないけどモ」
「お前が言うか……。まあでも改めて一人ずつ話していこう。夕食後、最初にダイニングから出たのは俺と唯香、正司の三人だ。そこから俺は医務室に入って、それ以降俺は外に出ていない。というかつっかえ棒の所為で出られない。それで次は誰がダイニングから出たんだ?」
するとスフィカが続いてくれた。
「うちと来菜ニャ。さっき来菜が言ってたけど、快太たちが出ていって五分後くらいのことだニャ。そこから二人でずっとバルコニーにいたのニャ」
「……何でバルコニーにずっといたんだ」
レックスの言い方は、疑問や呆れているというよりはどこか不満げに聞こえる。
「別に……うちがどこにいても良いでしょ? お兄ちゃん」
「……」
一瞬レックスは目を逸らしたが、すぐ納得したのか今度は自分のアリバイを語り始めた。
「……俺はスフィカたちの後にダイニングを出て、それから一階のロビーにずっといた。九時になってようやく階段を上がって、その後三階のみんなと合流したが死体発見まではたいした時間は無かったな。……で、俺のアリバイの証明は同じタイミングでダイニングを出て、それからずっと一緒だった緋色がしてくれると思ったんだが……」
「……」
「その緋色が黙っちまったってわけか……」
俺はミシェルの方に目を向ける。
「ミシェル、一体どういうつもりなんだ? どうして緋色に何も言わせない?」
「何のことだイ? 緋色が黙っているのは彼の意志だヨ。そうだロ? 緋色」
「……」
「……ネ?」
頷きもしない緋色を見た限り、もしかするとミシェルの言う通りなのかもしれない。
いや、でもミシェルとあらかじめ口裏を合わせていて、彼の言葉にも反応しないように言われているのかもしれない。この子は賢いしな……。
「ボクはキッチンで洗い物をしていたヨ。加奈にも協力してもらってネ」
……は?
「……そうか。だとしたらアリバイを証明できないのは俺だけか」
レックス、ちょっと待ってくれ。今のはおかしいだろ。なぁ来菜。
「待ってよみんな。というかミシェル。あたしの前でそんな嘘通じると思ってんの?」
「何のことかナ?」
「あのねぇ……洗い物なんてしてないでしょうが! キッチンに洗われる前の食器がたくさん置いてあったし!」
「……何だキッチンを見てたのカ。…………ハハハハハ! そうだヨ! その通りサ! ボクらは洗い物なんてしてなかったヨ! ハハハハハ!」
……………………何なんだよマジでコイツ……。
嘘を吐くメリットが全く無い。まるでわざと自分に懐疑の目を向けさせるような行為だが……スフィカの時とは話が違う。
ミシェルは緋色を生き返らせたいと言っていた。
そして彼のアリバイを証明する存在であるシスターはミシェルの信者だ。彼女がミシェルの早死を望むはずはない。だったらこの二人が共犯のはずが……。
いや、それが俺の思い込みなのか? 二人が共犯? だったら……。
「シスター、ミシェルはこんな滅茶苦茶言ってるけど、ホントのところはどうなんですか?」
「……言えないわ」
「……は?」
「……」
おいおいおいおいおい。
シスターと緋色が黙っちまったらもう話し合いが進まないんだが……。
何なんだこれは……二人してミシェルを庇ってるのか? 緋色はともかくシスターまで? シスター……アンタは緋色を生き返らせることを選んだのか?
「参ったニャー……これは……。快太、もうこの二人のアリバイの立証は不可能ニャ。容疑者はこの二人でもう決まりってことで良いかニャ?」
「俺も忘れるな」
「お兄ちゃん……だったら緋色もニャ!」
「緋色君にあんな真似できないと思うけど……」
流石にそこは俺も来菜に賛成だ。
というか多分だけど、さっきのレックスのアリバイの話は本当な気がする。そうでないと緋色が黙る意味が無い。
ハッキリ言って、レックスに疑いの目を向けさせるために緋色の口止めをしているとしか思えないし、それ以外に口止めする理由があるか? 無い……よな?
「それじゃ話を変えよう。出来れば俺は死因の話をしたいんだが……」
「死因? 何言ってるニャ快太。さっきお兄ちゃんが言ってた通りのはずニャー」
「それってどっち?」
来菜……参ったな、これは多分俺の話したい方とは別の話の流れになりそうだ。……まあいいか。
「ニャ?」
「レックス君は、唯香ちゃんには二つの傷跡があるって言ってたよね?」
「あ」
するとレックスは頷いた。
「飯原は後頭部と腹部の二ヶ所から血を流していた。俺達じゃどちらが死因かは特定できない。それともスフィカ、お前はそれを特定できるのか? だとしたら凄いな……」
「……出来ませんニャ」
……いや、もしかしたら出来るかもしれない。
犯人か共犯者が余計なことを言わなければの話だが……どうしたもんかな。
「……一つ、確認したいことがある」
「何だ? 君口」
順番を変えよう。
死因の特定の前に、そもそも俺達は唯香を刺した人物が誰かすぐに特定できるじゃないか。
「……唯香の腹に刺さっていたのはガラス片だ。それも、触れただけで傷付くほどに鋭く危険なガラス片……」
「それが何?」
「……あ! そっか! 分かったニャ!」
来菜は分かっていないようだが、他の面々は既に気付いている。
若干シスターが怪訝そうな表情を見せているが……説明しようか。
「唯香をガラス片で刺した場合、そのガラス片によって、刺した人物も酷く手が傷つくことになる。軍手とかはこの塔の中に無かったし、唯香を刺した人物を特定したければ……みんな自分の手を見せ合えばいい。簡単だろ? ……いや、来菜だけは手袋があったか」
「あああたしじゃないからね!? ほら! この手袋薄地だし! 傷なんてないよ!?」
ごめん来菜。実はもう分かっているんだ。少し意地悪してしまった。
「俺も無い」
「うちも!」
「ボクもさ」
「……私も……」
「……」
全員、手に傷跡などは無い。
……そりゃそうだ。
「おい君口、これは一体どういうことだ?」
「……俺は、正司の手に傷跡が付いてるのを確認している」
「うちも!」
「……え!?」
「な……!?」
来菜とシスターは確認していなかったのだろう。かなり驚いている。
ミシェルは何やら考え込んでいるようだが……。
「つまり唯香を刺したのはここにいる人間じゃない――正司だったんだ。それだけは確かだ。死因がそれかどうかは……特定できないけど」
正直特定できないとは言い切れないけど、犯人が俺の予想と異なる証言をしたら破綻するからまだ黙ってよう。
「……待ちなヨ快太。そんなことがあり得るのかイ? だとしたら……正司は何の為にそんなことを?」
「どうしたミシェル、本気で分からないって顔してるな」
「……それが何カ?」
「俺は何となくアイツと唯香の思考を考えて推測できるけど……聞きたいならまず、まともな証言をしてほしいな。ミシェルもシスターも緋色も、話し合いの場で混乱を作られても困る」
「うーん……ボクはまともな証言してるつもりなんだけどナ!」
「嘘を吐け嘘を!」
来菜が指をさして怒鳴り散らす。
「……一度今の状況を整理しようぜ。事件についてもそうだが、それ以上にどう考えたってこの話しあいの場は何かがおかしくなっている。なぁレックス、冷静なお前ならこのおかしい状況を整理できるよな?」
「俺? 何で俺なんだ?」
「いいから頼むよ」
「……まずおかしいのはだんまりを決め込んだシスターと緋色だ。そして、明らかに分かる嘘をあっけらかんと吐いたミシェルもおかしい。スフィカと来菜はお互いがアリバイを証明できるから、今回に関しては完全にシロと断言できるし発言も信用できるが……さっきのメモのこともあるし、君口については完全に怪しくないとは言い切れない」
「それでお前は?」
「……もちろん俺もそうだ。俺のアリバイも証明できていない。何故かだんまりの緋色の所為でな」
「ま、とにかく来菜とスフィカ以外の全員が容疑者ってわけだ。それを前提にして考えると、俺とレックスの今までの発言でおかしいことはないよな?」
「? いや、自分で言うのもなんだが……十分俺の発言は怪しいぞ? もちろんお前も」
「いやいやそうじゃない。俺とお前の発言は『怪しく』ても『おかしく』はないだろ? 仮に犯人だとしても、犯人が言ってもおかしくはない発言しかしてないはずだ。でも、この中で明らかに犯人としてはやっちゃいけないことをしている人間がいるんだ」
「……回りくどいな。君口、お前は説明が分かりにくいことだけが欠点かもしれない」
「そんなに長所で有り触れてないよ。端的に言うと、普通お前のルールに従った場合、犯人は自分が怪しい人間だと思わせちゃいけないんだよ。だからこの状況は妙なんだ。俺とお前以外の容疑者が全員、自分が犯人だと疑われるような態度をわざと取っているんだから――」
「……!」
レックスも気付いたらしい。だがそれ以上に困惑しているように見える、
まあ来菜とスフィカはレックスよりも遥かに困惑してるみたいだが。
「何言っての? 旦那さん」
「意味わからんニャ……」
「良いか? まずスフィカ、自分が犯人だと疑われるようにするメリットは何だ?」
「そんなの……前回のうちと同じで、他に真犯人がいる場合で、その真犯人と自分の生き返らせたいと思っている人間が同じ場合だけで……………………ッ!?」
「そうなんだ。つまりこの状況、ミシェルとシスター、それに緋色は間違いなく真犯人と組んでいるか、あるいは真犯人その者でしかあり得ないんだ。それって、逆に言えば俺とレックスが犯人じゃないことを裏付けていることになるだろう?」
「――どうしてそうなるのかナ?」
そら食いついた。
「……否定するのはお前だけだぜミシェル。俺とレックスは犯人じゃない……これも前提にして話を続けるべきだ。犯人はお前ら三人の中にいる。だって……俺は仮にこの塔の中で生き返らせたい人間を一人選べと言われたら、絶対に来菜を選ぶからだ」
「……」
来菜はわざとらしく目を逸らす。まあ、その方が助かるかもしれない。ちょっと恥ずかしい。
「俺もスフィカを選ぶ。そんな俺達に……お前ら三人が共犯となってくれるわけがないよな」
「…………」
ミシェルは口元を手で覆いながら何かを思案している。
正直彼が何を悩んでいるのかはまるで見当が付かない。
緋色は言いつけ通りに黙り続けているだけだろうが……だとしたらシスターは何故まだ何も言わない?
ミシェルは反応したというのに、シスターは容疑者を絞られても構わないと思っている……のか?
「……フフ……ハハハハハ! じゃあ仕方ない! ボクが犯人ではないという事実を証明してあげようじゃないか!」
やはりミシェルとシスターで態度が違う。これは何を意味するんだ……?
「証明ぃ? どーせまた嘘でしょ?」
「……ボクは夕食後、本当にキッチンから出ていないんだヨ」
「はぁ? 何言ってるニャ!」
「ボクは明日の朝食の準備をしていたのサ。ホントだヨ。そうだよネ…………レックス?」
ミシェルはレックスに対して視線を送る。
当のレックスは目を逸らしているようだ。
「ミシェル、お前は――」
「緋色、言ってあげなよ。レックスはちゃんとずっとロビーに居たってさ」
「……うん。レックスお兄ちゃんは嘘吐いてないよ」
………………何でやねん。
「そうカ、ありがとう緋色。じゃあレックス、キミは証言できるはずだ。キミと緋色はずっとロビーに居たんだから……」
「…………」
「ボクとしてはキミの反応をもっと見たかったけど……まあいいサ。充分だ。良いかイ? みんな。キッチンはダイニングにしか繋がってなくて、ダイニングはロビーに通じている。レックスがずっとロビーに居たのは間違いないんだ。だから、ボクがキッチンを離れて二階に向かおうものなら……レックスたちに絶対見られるって寸法なのさ」
いやいやそそれはそうだろうけどもしそうならレックスが言うはずで言わない理由が俺には分からないわけなんだが――。
「……ああ。確かにミシェルの方は見てないな」
「オォイッ!」
「何だ? 君口」
「『何だ?』じゃねぇよ! だったら先に言えよ! ミシェルのアリバイはお前が証明してたんじゃねぇか!」
「そうか? 俺にはたった今証明されたように見える。そもそも俺のアリバイ自体緋色が黙った時点で証明できなかったんだ。そんな俺がミシェルのアリバイを証言しても……信用できないだろ?」
レックスは淡々とそう言った。コイツ……どこまで俯瞰的に物事を見られるんだ……。
「よく言うよレックス。キミはただボクと緋色が口裏を合わせてキミへの疑いをみんなに持たせようとしたから、逆にみんながボクへ疑いを向けるようにしたんだロ?」
「……当たり前じゃないか。俺だけを疑うお前らの姿勢は明らかに変なんだから」
「でもボクらはまだ他に疑うべき人間がいるはずダ。キミは初めから分かっていたじゃないカ」
「お前が協力者に見えるようなことしたんだろ」
「……じゃあそうじゃないってことを教えないといけないネ」
二人だけで通じる会話を続けられても困るだけだ。というか通じ合ってるのかすら分からない。
いや……でも何となく分かってきた。
そうだ……さっきレックスはこう言った。
『ミシェルの方は見てないな』……と。
じゃあつまり――。
「サ! 唯香を刺した人間も分かって、ボクのと緋色のアリバイも立証されたわけだし……そろそろキミの話を聞きたいナ。ねぇ…………………………シスター・加奈」
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