8
シスターは若干体を震わせていた。まるでホントに犯人みたいじゃないか……。
何だもう……どういうことなんだよ……。
「おいミシェル! シスターのアリバイに関してはさっきお前が証言しただろ!」
「ああ。アレは嘘だヨ」
「オォォォイッ!」
俺だけでなくスフィカと来菜も呆れているようだ。
コイツらマジで何なの?
「さっきまで……ボクもレックスも犯人が二人以上いる可能性を探っていたのサ。ま、ボクは加奈とレックスを、レックスは加奈とボクを疑っていたみたいだけどネ」
適当言ってるようにしか見えねぇ……。
「じゃあ二人ともシスターが容疑者という点では一致してたのか……?」
しかしレックスは首を横に振る。
「……いや、それに関しては後で話そう」
「あ、ボクがレックスを怪しんでいた理由も後で話すよ」
「今話せよ!」
「とにかく優先すべきは……加奈のアリバイを証明できる人間が、誰もいないってことサ。彼女が事件に関わっていないはずがない。そろそろ夕食後に何があったか話してもらわないといけないよネ?」
ミシェルがそう言うと、混乱を極めた来菜とスフィカが騒がしくなってきた。
「もう! わけわかんないニャ! どういうことなのニャ!? シスターが犯人ってことなのニャ!?」
「アリバイが無いのはシスターだけ。だったら一番怪しいというか……そもそもシスターしか犯行は不可能だったってことじゃ……」
俺は、大きく一息を吐いて机上に肘を置いた。
「……シスター、取り敢えず何か反論してください。まあ……シスター以外もう誰も疑えない状況なわけですけど……」
なんて言ってみる。
……俺の予想は外れていないはずだ。
さっきからレックスとミシェルの所為で混乱しそうになったが……だんだん見えてきた。
俺の予想通りなら、疑うべきは彼女だけじゃない。だって……彼女の単独行動をミシェル、緋色、レックスの三人は意図的に見過ごしているんだ。
そんなことする理由なんて……彼女が容疑者となることで得をするからとしか考えられない。
そして得をするのは当然……。
まあでも……まずはシスターの言い分を聞こう。
「……」
シスターはチラリとミシェルの方を向いた。
彼が穏やかな目を向けると、シスターは小さく肩を落として語り出す。
「……さっきスフィカちゃんが出したメモ……それを受け取ったのは私なの」
「何ですって?」
「私は快太君に呼び出されたと思ってあの部屋に向かった。でも……そこに居たのは唯香ちゃんと正司君だった。でも最初は唯香ちゃんしかいないと思って、彼女が『こっちに来てください』って言うから部屋の真ん中の方に向かったら……扉の横に隠れていた正司君が、私に襲い掛かってきたの」
そこまで聞いて来菜は取り乱した。
「ままま待って下さい! え!? あの二人がシスターを殺そうとしたってこと!? 何で!?」
「……きっと、二人はもう生き返るべき一人を選んでいたのよ。少なくとも私はその選ばれた一人じゃなかった。もしかするとあのメモは……快太君、貴方を選んだというメッセージだったのかもしれないわ」
「……そんなの……」
こんなこと認めたくないが、実は俺もその可能性を考えていた。
以前の正司との会話や、唯香のことを考えたら……無いとは言い切れない。
でも、俺は……。
「……とにかく、運良く正司君からの初撃を躱せた私は、二人と争いになった。それで……」
「それで?」
「……わ、私は……」
「シスター?」
「……」
え?
そこで終わり?
待てよ……もしかしてこの人……。
「これで分かったんじゃないカ? 犯人は間違いなく……加奈ダ」
「ミシェル……」
確かにそうとしか思えない。
でも、俺はそうじゃない可能性を握っているんだ。
お前とレックスが何を危惧していたのかは、もう分かっているんだよ……!
「……けど、唯香を殺したのは正司だ」
「ん?」
「ミシェル、それはもう確定してる。いや……今確定したんだ」
「……唯香には後頭部にも傷跡が残っているヨ。正司が付けた刺し傷とどっちが死因だったのかはボクらには分からない。ボクらは医者じゃないんだから」
「……そもそも正司が何故唯香を刺したのか考えよう。唯香をガラス片で刺したのは正司だ。それはもう決まってる。でも、シスターの話が事実なら、唯香と正司がシスターを部屋に誘き出し、彼女を襲った意味が分からない。二体一でシスターを殺せないはずはない。シスターを殺せば推理不可能な殺人が出来上がるっていうのに……結果として正司は何故か唯香も襲っている」
「推理不可能な殺人?」
「同じ場所に三人がいて、そのうち二人が協力してもう一人をその場で殺そうとした場合、実行犯はその二人がお互いのどちらか好きな方を選べる。つまり後から状況を推理する俺達からすれば、犯人がその二人と分かっても、実行犯の一人だけは特定できなくなっちまうのさ」
「……」
「でも正司は唯香を刺した。そしてシスターを生かした」
「……二人は推理不可能な殺人を実行する気は無かったんだロ?」
「それなら今度はシスターを襲った意味が分からない。つまり……さっきのシスターの話には矛盾が生まれるってわけだ」
「!? ま、待って快太君、私は別に……」
「というかそもそも、俺は後頭部の傷と腹部の傷のどっちが先に出来たかもう知ってるんだ。さっきは『特定できない』なんて言ったけど……死体発見前に予備部屋にいた二人以外の人物の証言で、破綻する可能性があったからそう言っただけなんだ。でも……唯一二人以外に予備部屋に行ったシスターの証言が信用できない物だと判明した時点で特定はできる」
「……!?」
みんな頭の上に疑問符を浮かべているが、済まない。破綻の事由については今後説明する気はない。
俺は懐からある物を取り出した。
それは、正司の遺体の下にあった小さく矢印の形をした物。
「君口、それって確か……」
「時計の長針だよ。これが正司の遺体の下にあった。ここでみんなに聞くが、唯香の後頭部を殴った凶器が何かは分かるか?」
「……あたしは置時計だと思う。だって角に血が付いていたから……」
「というかそれ以外に凶器なんて無いと思うニャ。あ! ついでに今言っちゃうけど、多分机の下にあった木片は正司を刺した凶器に間違いないニャ! だって正司の傷口には木くずが付いてたし!」
「悪いスフィカ、その話はまた後で。……とにかく、これが正司の遺体の下にあったってことは、正司が倒れる前に置時計は破壊されたことになる。そしてこれには少しだが血が付いている。背中から血を出していた正司の下敷きになっていたこの針には、普通正司の血は付かない。だって正司はうつ伏せの状態で倒れていたんだからな。つまりこの血は唯香のもの。だったら置時計は唯香を殴る際に壊れ、彼女の血が付いた針が壊れた拍子に地面に落ちたと考えるのが普通だろう」
俺の話を聞いて、スフィカと来菜は納得したように目を輝かせてくれた。
「ニャるほど! 流石快太ニャ!」
「……でも旦那さん、そもそも誰が置時計で唯香ちゃんを殴ったの?」
……さて、ここは自信たっぷりに言わないといけない。
「二人に襲われたシスターしかないだろ。シスターの話の矛盾を無視して時系列を考えるのなら、まず正司がシスターを襲い、シスターが唯香を殴り、そして正司が唯香を刺したことになる」
「……何それ。おかしくない? 何で三つ巴なの? シスターは二人に呼び出されたんじゃないの?」
「いや、だからさっきのシスターの話がおかしいってことになるんだよ」
「……うん? ちょっと待つニャ快太。それだともしシスターが正司の遺体を時計の針の上に移動させただけだとしたら順番が変わっちゃうのニャ」
「その場合の時系列は、正司がシスターを襲い、正司が唯香を刺し、そしてシスターが唯香を殴ったことになる。いずれにしろその後、シスターは正司を殺さないといけない。シスターはタイマンで正司と争い、背中を一刺しで殺したっていう……まあ、考えにくい話になるのは間違いない」
「……工作したって可能性は考えなくていいのかニャ?」
「というかシスターがそんなことをするとは思えない。だってその場合は明らかに唯香にトドメを刺してるし、その上で正司を殺してしまったら、もうどう足掻いてもレックスの決めた『一人しか殺さない』というルールを破った事実は無くならない。正司の遺体を針の上に移動させて、自分が唯香を殺した事実を隠そうとする意味はもう無い。偶然正司の遺体が針の上に倒れたと考えるのが自然だ」
「……ホントニャ」
スフィカは少しだけしょんぼりとしてしまった。いや、お前は凄く頑張って考えてくれてるよ。
俺が危惧していた破綻の可能性もそれに近いものだった。唯香を殴った人物が正司だとシスターに主張されたら正直厄介だったが、二人に自分が襲われたという矛盾した発言を彼女はしてしまったので、もうその心配は無くなったのだ。
仮に正司が二度も唯香を攻撃したとしたら、唯香を刺した後に置時計で殴って、そのあと何らかの理由で正司自身が死んだという時系列は成立する。
けど今シスターがそう主張しても……まあ、少なくともスフィカと来菜は信じないだろう。
いや……多分だが、そもそもシスターにはこんな主張をするメリットが無い気もする。
だってそんなことをするメリットがあるとすれば……正司を殺したのは部屋にいた残りの人物である自分以外あり得ないと主張したいときだけだ……。
一つ言えるのは、そうしなかった時点で、仮にシスターが正司を殺した真犯人を庇いたいと考えていたとしても……シスター自身もあの時計の長針のことを知らなかったのだということ。
ならもう俺は破綻を恐れる必要は無いだろうな。
「シスターが唯香をもし置時計で殴って殺してしまったのなら、正司が唯香を刺す理由は無くなるだろう。死体を損壊させても殺した人物は変わらない。決して望みは叶わない。だったら唯香は殴られた後も死んでなかったことになる。つまり……シスターは唯香殺しの犯人じゃない」
「待って! えっと……それってやっぱり変……っていうか! 何で正司君は唯香ちゃんを殺したの!? シスターを狙ってたんじゃないの!?」
「……そもそもそれが間違いだったのかもしれない」
「え!?」
「なぁシスター……最初に襲い掛かったのは……アンタの方なんじゃないのか?」
「………………」
彼女は何も言わない。
しかしこれは一体……どういうことだ?
「俺はさっき、あの二人が推理不可能な殺人を行うつもりだった可能性を挙げた。でも俺の知っているあの二人は、たとえ生き返らせたい一人のためとはいえ死ぬ覚悟をしていない人間をその手で殺せるような人間じゃない。あの二人はもしかしたら……どちらかがどちらかを殺すつもりだったんじゃないか?」
「……え? 待ってよ旦那さん。それだとシスターを予備部屋に呼んだ意味が……」
「囮だよ」
「囮ぃ?」
「二人はシスターを犯人に仕立て上げるつもりだった……。そうすることで実行犯を隠そうとしたのさ」
「そ、そんなこと……」
「同じ時間に、同じ場所で、被害者以外には二人しかそこに居ないことが確定している。最悪二択でも俺達が間違える可能性に賭けたんだ」
「でも……でも……そもそも二人が誰かを生き返らせるために殺人を計画するなんてあたしは思えないし……」
「……正司は言っていた。『今生き残っている人間の中で、死んで悲しむ人間が一番少ないのは間違いなく俺っすよね?』……って。多分だけど……犯人役はアイツが務める気だったのかもしれない……」
来菜はハッとして目を見開いた。
「……唯香ちゃんは、旦那さんのことが好きだった。あの子が決まりを作ろうと言い出したのは……みんなの目を予備部屋から逸らすためだった……? 二人は……そうまでして快太君を……」
それ以上は……俺もどう反応したらいいか分からない。
俺はそんなに……俺は……二人の想いを背負えるほどの人間なのか……?
そんなはずが……そんなはず……ないのに……!
「シスター! 答えてくれ! 俺はもう……分かってるんだ……!」
「……え……?」
これは嘘だ。
今の自分の動揺も、興奮も、この嘘のために利用させてもらう。
「アンタは呼び出しを受けてあの部屋に向かった。しかし、正司が唯香を刺すよりも先にアンタは唯香を殴ったんだ。その理由は……唯香が邪魔だったからだ」
「……!? ま、まさか……」
「アンタは初めから知ってたんだ。二人の目論見を……そうだろ?」
「……ッ!」
頼むから釣られてくれよ……。
クソ……どいつもこいつもいつまで黙って静観してるんだ……!
「正司は唯香を先に殺されてしまったら予定が狂ってしまうと考え、後頭部を殴られて昏倒する唯香を刺して、その命を奪ったんだ。しかし、その後正司は本人も想定外の手口で亡くなった。アンタはその後、自分が殺したと見せかけるために正司の背中を刺したんだろ!? 初めから……それが目的で正司のもとに向かったんだろ! 違うかよ!?」
「快太君……貴方どこまで……」
「いいから認めてくれ! アンタは正司を殺した真犯人を庇ってるんだろ!? 俺にはそいつが誰だかもう分かってるんだ!」
「それは……」
パチン
指を鳴らしたのは――――――――――――――ミシェルだった。
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