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「……やっぱお前かよ」

「ん? どういう意味かナ?」

「お前がシスターの共犯なんだなって話だ」

「いやぁ……快太があまりにも分からない話をするから、みんな戸惑っているみたいるんだヨ。ボクはただキミを落ち着かせたかったのサ」


 仕方ない……もうこの話をするしかなさそうだ。


「……なぁみんな、俺と来菜は調査中に、医務室でとんでもない物を見ちまったんだ。来菜、もちろん分かるよな?」

「え? あ、ああ……うん。でも今回とは多分関係ないけど……」

「正司のグラスに白い沈殿物があった」

「…………………………えぇっ!?」


 来菜は机をドンと叩いて立ち上がった。

 だいぶ興奮しているが……まさか彼女はこの可能性を毛ほども考えなかったのか? 

 いや、別に責めたりはしないし、その代わりに記憶力っていう長所があるから良いんだけども。


「それってつまり…………正司君が毒殺されたってことぉ!?」


 来菜の叫び声を聞いてスフィカは愕然としていた。

 ただ、他のメンツは全員落ち着いている。

 まあ……そうだろうと思ったさ。


「医務室にあった毒薬の量が減っていた。これは来菜の記憶が証言だ。というかそもそも……正司のグラスを洗わなかったのは、お前がその証拠を残すためだったんじゃないのか? ミシェル!」

「うーん? 何のことかナ?」

「どういうつもりだよお前……初めから分かってたくせにずっと黙ってやがって……!」

「……ボクだけじゃないサ」

「何?」

「ねぇレックス、キミも気付いていたみたいじゃないカ」


 それを受けてレックスは溜息を吐いた。

 吐きたいのはこっちだ馬鹿野郎。


「……そうだな。俺は初めからお前が犯人だと思ってたよ。ミシェル」

「ハハハハハ! ボクが犯人!? そんなわけないだロ!?」


 駄目だコイツら……意味が分からない……。

 釣られたのがこの二人ってことは……正直最悪の状況だな。

 頼むから毒死を認めてくれ……!


「……ま、そもそもまだ毒死かどうかも分からないけどネ」

「ああそうだな。君口がそう言ってるだけだ」


 だよなぁ……コイツらホント……!

 まずはどうにか正司の毒死を認めさせないといけないのか……。


「待てよミシェル、アンタも正司が毒死したはずだと思ってあの証拠を残していたんだろ? 正司の死因を特定する方法を知ってたんじゃないのか?」

「ん? いやぁ……それが思い付かなかったんだよネ。レックス、キミはどうだイ?」

「俺は門外漢だ。死因なんて調べようがない」

「お前ら……!」


 来菜とスフィカは俺が何を苛立っているのか分かっていない様子だ。

 まずは二人に状況を知ってもらおう。

 この面倒臭すぎる状況を……!


「えっと……話を戻すけど、旦那さん。さっきの言い方だとまるでシスターが誰かを庇ってるみたいだったけど……。その真犯人が正司君に毒を盛ったってこと?」

「……来菜、俺の予想が正しければ……今日の夕食までの間に、殺意が渋滞しまくってた可能性があるんだ」

「……はい?」

「毒薬を持ち出す場合、カメラアイのお前にバレないためにはお前の後に見張りを担当し、次の日のお前の番までの間に犯行を行わなくちゃいけない。隠し持つのはリスキーだからな。ミシェルがわざと証拠を残していたし、誰かが正司に毒を盛ったのは間違いない。それで聞くが、今日のお前の見張り番の後に医務室を行き来で来た人間は……死んだ正司と唯香を含めて何人いる?」

「? あたしの担当は朝食後から十時までだから……うん。緋色君以外の全員だね」

「次に今日の夕食準備中にキッチンに入った人間は分かるか?」

「え? いや、前言ったように……全員……だけど」

「ああ。なのにミシェルはずっとレックスだけを疑う姿勢を取っている……。小賢しいことにな……!」


 俺が睨みつけると、ミシェルは歪んだ口元を抑えながら応えた。


「フフフ……言ってる意味が分からないなぁ」

「お前は知ってたんだ、レックスが正司に毒を盛ろうとしたことを! 仮に正司の死因が毒だということを俺達が特定できたとしたら真っ先に疑われるのは料理担当の自分だと考えて、あらかじめレックスにも疑いの目を向けさせたんだろ! そしてレックス! お前はお前で随分最初は混乱していたな! そりゃそうだ! 正司だけを殺すつもりだったら困惑するよなぁ! お前はずっと自分がミシェルに嵌められた可能性を考えていたんだろ!」

「……何のことか分からないな」

「お前がとぼけてどうすんだ! いいからお前はいつどこに毒を盛ったかだけ答えろよ!」

「あ、あの、旦那さん……意味が分からないんだけど……」

「わけわからんニャ……」


 しまった、また説明が出来ていなかった。

 でもこれは俺の所為じゃないだろ……。


「良いか来菜、スフィカ。正司に毒を盛れたのはここにいる全員だ。毒が医務室から持ち出されているのは既に間違いないし、それを使って殺すならその当日以外あり得ない。問題はシスターが正司を刺したことなんだ。俺はハッキリ言って……正司の死因が刺殺か毒殺か特定できない。」

「え? 毒殺なんじゃないの? というか旦那さんはそう言いたかったんじゃ……」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だって唯香を殺したのは正司なんだ。遅効性の毒だったからなんだろうが、この時点では正司は生きている。シスターが二人の意図を知って誘いに乗ったのは間違いないし、正司を刺したのがシスターなら……シスターが証言してくれない限り、木片を刺すまで正司が生きていたのかどうかは判断が出来ない。シスターが単独犯で正司が毒死したわけじゃないなら、何も証言できなくて当然だが……」

「だったらさっきは何でシスターが誰かを庇ってるみたいに言ったのニャ?」

「仮にシスターが誰とも組んでないのなら、正司の死因が毒殺だった時に黙る必要がない。でも毒が使われたことは間違いないんだ。だからシスターが誰かと組んでいるのなら……死因を分からなくすることで犯人が誰か推理できないようにするために黙っている可能性があると考えた……」

「え?」

「毒を医務室から持ち出した人間も、毒を盛れた人間も俺には正直特定できない。おまけに毒が正司の死因かも分からない。だから俺は正司が毒で死んだと断定して、シスターと共犯の人間がいるという前提で飛躍した推理を披露して……驚いた真犯人の誰かが否定してくれないかと期待したんだ……。あるいは、シスターがここで毒殺説を肯定してくれたら……シスターに共犯がいないことを裏付けることになるとも考えた。結果は……どうやらまだだんまりの様だがな」


 ミシェルが指を鳴らしてからずっと、シスターは黙ったまま俯いていた。

 彼女は毒殺の可能性が出たというのに全く嬉しそうにしていないし、自分への疑いが晴れることを良しと思っていないのは明らかだ。


「で、でも旦那さんは何でそんな回りくどいこと……」

「それ以外俺に出来ることがもうないからだ。ただ、これで判明した。毒殺説を推さないシスターには共犯がいる。で、俺の飛躍した話を聞いて反応してくれた奴が共犯である可能性が高いと思ったんだが……見たところ、多分……ミシェルとレックス、コイツら二人とも毒を盛ろうとした可能性がある」

「お兄ちゃん!?」


 スフィカはすぐにレックスに視線をぶつけた。


「……」

「レックス……!」


 これは本当に厄介な状況だ。

 シスターの共犯とは別に毒を盛ろうと考えた奴がいた。

 これじゃもう正司が毒で死んでいたとしてもシスターの共犯とそいつのどっちの毒で正司が死んだか分からないんじゃ……。

 あー……ヤバい、俺も混乱してきた……。

 落ち着いてまずはどっちがシスターの共犯かを考えないと……。


「……けどまあ、ミシェルとシスターが組んでる可能性はかなり高い……か。ミシェルなら唯香と正司の企みを看破してもおかしくはないし、これくらいの犯行計画は立てられる男だ」

「う、うん。それもそうだね」

「落ち着くニャ快太。よく考えたらシスターがあのメモに従って何の策も無く予備部屋に向かうはずがないのニャ! だって快太は本来その時間医務室にいるはず……というか医務室にいたんだから! ミシェルじゃなくても、呼び出しが嘘だって気付かないはずないのニャ!」


 スフィカはシスターに共犯がいることが確定なことを分かってないようだが……呼び出しに応じて策を考えたはずという部分は確かに共感できる。

 俺の名がメモにあったことに関してはもしかすると正司と唯香のミスかもしれない。あるいはシスターの言う通りのメッセージだったのか……。

 とにかく……メモの通りに予備部屋に向かった時点でシスターには何らかの策があった。だとしたらそれは……。


「……多分だけど……来菜、毒薬の他に睡眠薬も減ってたんじゃないか?」

「……あ! うん! 減ってたぜ間違いなく!」

「じゃあそれがシスターの策だったってことだ。あの二人にあらかじめ睡眠薬を盛っていたから予備部屋に向かえたんだ」

「でも唯香ちゃんは起きてしまった……だから咄嗟にシスターは唯香ちゃんを置時計で殴ったんだね?」

「ああそうだろう。その後正司も起きて、何とか予定通りシスターよりも先に唯香を殺した。シスターが唯香を殴った時点で、あとから推理する俺達からしたらどちらが犯人か相当わかりにくい殺人事件が出来上がったわけだが……正司はそれを喜ぶ間もなく死んでしまったみたいだな……」

「正司の死因は果たして毒が回った所為ニャのか、あるいは不意にシスターに背中から刺された所為ニャのか……こればっかりは分からないニャー……」


 シスターは本来寝ている正司を刺すことで毒殺か刺殺かを分からなくするつもりだったんだろうが……そのシスターの共犯は誰なんだ?

 ミシェルかレックスの二択……いや、よく考えたらこれって、別に悩むことじゃなくないか?


「……スフィカ、確かにシスターには一定の策があったんだろうが……これを彼女が考えたと思うか? そりゃシスターでも呼び出しが嘘だと気付けるだろうさ。ただ……正司たちの送った呼び出しのメモに違和感を持ったシスターは……誰を頼ると思う?」

「それは……」


 スフィカはニコニコと笑みを浮かべているミシェルに視線を向けた。

 いや、何笑ってんだこの野郎が。

 そうだ、シスターが自らここまでの計画を考えるタイプじゃないのは、一ヶ月以上ここで一緒に暮らしてきた俺達なら分かることだ。


「シスターが共犯を組むならその相手はミシェル以外あり得ないだろ。というか俺から言わせたら……レックスとだけは組みたくない」

「……」


 レックスが悲しそうな目を向けている気がするが……気のせいだ。コイツはいつも通り無表情のままだ。


「レックスの生き返らせたい人物はスフィカだ。でも、この中でお前を生き返らせる人物に選ぶ人間は、多分レックスだけだろ?」

「……当然のことニャ。前回の事件のこともあるし……うちはみんなの命を犠牲にして生きていい人間じゃないニャ」

「あ……いや、そう言いたいわけじゃないんだが……。俺が言いたいのは、この中で一番若い緋色を生き返らせる人物に選ぶってのは、シスターにとっても抵抗が少ない選択なんじゃないかって話なんだ」

「シスターは……緋色を選んだのニャ?」


 スフィカの問いを聞いても、シスターはまだ口を閉ざしていた。

 そろそろ喋ってくれてもいいだろ? 

 いや……まだ共犯を認めようとはしないか……。

 レックスというノイズがいる限り、黙っているのが一番得ってことか……?

 だったら無理やりレックスに口を割らせてやるしかない……!


「レックス、取り敢えずまず認めてくれ。お前も毒を盛ったんだろ?」

「……何のことだ?」

「お前な……」


 表情からはとても嘘を吐いているようには見えない。ポーカーフェイスと言えば聞こえは良いが、お前はミシェルたちと違って相当ポンコツだぞ? 

 気付いてるのか? えぇ? オイッ!


「なあミシェル、これだけは教えてくれ。お前は……レックスの毒には気付いたのか?」

「何のことかナ?」

「お前ぇぇ……」


 駄目だ……ミシェルは俺達をただ混乱させたいだけ。

 でも分かるだろ? レックス。お前はこの二人に利用されてるだけなんだ。

 分かってないなら……分からせてやる! 


「……じゃあこの質問には誰か答えられるか? 夕食後の自由時間、緋色がレックスと二人きりになった理由は…………何なんだ?」

「……!」


 レックスが目を見開いた。

 ここまで来たらレックスも話してくれるようになったんじゃないか?


「あたし覚えてるよ。そもそもあたしがスフィカちゃんと行動することにしたのは……ミシェルが緋色の面倒を見る人物に、レックス君を指名したからだった……よね?」

「……確かにそうニャ」


 ……なるほどな。

 いい加減白を切る時間は終わりみたいだな、レックス。


「ミシェルは夕飯後の時点でレックスを囮に使うつもりだった。そんなことが出来るのは……レックスが同じような犯行を目論んでいると知ったからだ。それになぁレックス、俺はその気になれば誰が毒を盛ったか……いや、『盛るつもりだったか』を特定できるんだ」

「何……?」

「そもそも医務室から粉末状の毒薬を持ち運ぶには別の容器が必要になる。でも、軽い身体検査を通り抜けるには普通の容器は使えない。必然的に方法は限られるんだ」

「……あ! そうだよ旦那! そもそも毒薬なんて持ち出せないじゃん!」

「いいや、持ち出せる。例えば……キッチンにあるチャック付きのポリ袋を使うとかさ」

「え? でも身体検査は?」

「小さいポリ袋の中に毒薬を入れてチャックを閉じ、その袋を口の中に入れたら無言で切り抜けられる。スフィカ、今日レックスと見張りを交代する時、口の中まで確かめたか?」

「……ごめん……確かめてないニャ……。だって『軽い』身体検査でいいって話だったから……」

「……だろうな。でも、毒薬を持ち出した人間はその袋をどうやって処分したんだろうな?」

「え?」

「基本二人以上での行動が強制される中、自分の見張りを兼ねる相手の目を盗んで処分するのは困難だ。ゴミ箱に何かを捨てたらすぐに見つかるだろうし疑われる。ま、一番ベターなのはバルコニーの柵に寄り掛かる振りをして、そこから塔の下に落とす……って方法かな」

「けど、夕食後はずっとあたしとスフィカちゃんがバルコニーにいた。スフィカちゃんは柵に近付くような人物がいないかずっと目を光らせていたから、その目を盗むことは出来ない……」

「ああ。だから毒を盛った人間はポリ袋などを処分できず、今も持っていないといけないはずなんだ……。そうだろ? レックス! ミシェル!」


 俺がそう言うと、『三人』は観念したようにして懐からチャック付きのポリ袋を取り出した。

 ……三人?

 三……人……?


「……お前の言う通りだよ君口。確かに俺は正司に毒を盛ろうとした」

「お兄ちゃん……」


 いや、ちょっと待てよ……これってもしかして……。


「けど俺が毒を盛ろうとしたことをミシェルは気付いていたみたいだな。だから俺を緋色と一緒にさせて、あとで俺に毒殺の犯行を押し付けようとしたってことか。……でもミシェルが俺の毒の存在を知っていたってことは、それ自体がそもそも俺が犯人ではない証拠になる」

「え? 何で? レックス君」

「ミシェルからすれば俺が実行犯になって得することは何も無い。俺が仕掛けた毒を見つけたのなら、間違いなくそれは処分しているはずだ。そして……『自分たち』が毒を仕掛ける」


 そうだよな……そうなるよな……。


「俺はずっとミシェルが俺の毒に気付いているのか分からなかった……。でも、君口のおかげで分かったよ。確定だ。犯人は…………この二人のどちらかだ」

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