5
全員に状況を粗方伝え、皆が揃ってから予備部屋内部の捜査を始める。
予備部屋は確かに雪代先輩の言っていた通り物置のようで、造りが他の部屋とまるで違う。
真ん中にテーブルと椅子があって、ベッドは無く、カーペットも無い。
床板は所々剥がれていて、おまけにどうやら元はテーブルの一部だったらしいガラスが砕け散っている。
俺達の部屋のテーブルも机上がガラスで覆われていたので、多分そこは同じ作りだったのだろう。
部屋を見渡した後、俺は改めて唯香の遺体に近寄った。
「唯香……」
唯香の腹部にはガラス片が刺さっている。そこから大量に血を流しているので、恐らくこれが死因だろう。
……いや、待て。頭からも血が流れていないか?
「快太。死因は分かるかイ?」
「ミシェル……。いや、正直俺は専門外だから何とも……」
「腹部に刺し傷。後頭部に打撲痕。どちらも致命傷になり得るんじゃないかナ?」
「そう……なのか? 部屋は元からなのかとにかく荒れまくってるし……誰かと争ったのか?」
「その相手が正司なのかナ?」
「……分からない」
俺は唯香に刺さっているガラス片に触れようとした。
「痛ッ!」
「危ないヨ快太。ガラス片は触れるだけで危険だ」
「……だな。こんなのを使って刺すなんて……」
ガラス片の所為で膝だけでなく指も切ってしまった。
確かにこの部屋に入らない方が良いという先輩の言い分はもっともだったな。
俺は次に正司の遺体に近寄った。
彼は元々うつ伏せになって倒れていたが、意識の確認の時に俺が横向きにした。
背中に刺し傷があるのをさっきは確認したが、どうやら両手には切り傷が付いているようだ。
「……君口、これは?」
「何だ?」
レックスの指差す方向では、正司の身体と地面の間に何かが挟まっている。
これはうつ伏せの時は見えなかった物だ。
多分元は正司の下敷きになっていたが、俺が彼をずらしたことで少しだけ露呈したのだろう。
「……何だこれ。棒? いや……針?」
「矢印か何かか?」
確かに矢印の形をしている。しかし一体何だこの小さいのは……ちょっと血も付いてるし。
取り敢えず持っておくことにして、正司の死因を確認しよう。
「快太、正司も何かで刺されたみたいだニャ」
「ああ。背中の方に刺し傷がある。……これは」
俺は正司の背中にあった傷跡に極々小さな木くずが付いているのを確認した。
この部屋はガラス片だけでなく床板も剥がれて無残な状態になっている。
ともすれば原因は……。
「……」
机の下に血の付いた木片が転がっていた。
俺は超能力を使ってそれをこちらに手繰り寄せるが、どうやらガラス片と違って触っただけで危ないような代物ではなかったみたいだ。
先は尖っているが、剥がれた床板の一部だろうその木片は、触れただけで危険という程ではなさそうだ。
「旦那さん、これ見て」
来菜に言われて部屋の入り口付近に目を向けると、そこには壊れた置時計が落ちていた。
これは俺達の部屋には無いものだ。大きさ的に鈍器にもなり得るし、もう少し予備部屋のことを調べておくべきだったか……。
「唯香ちゃん、これで殴られたんじゃないかな……」
「……確かに血が付いてるな……」
二人の死んだ時間を特定できる代物ではないが、置時計の角には確かに若干の血
が付着していた。
「うーん……でもこれじゃ時間は分からないね」
「まあ、いつから壊れてたか分からないからな」
「いや、それもそうだけどそもそも短針しかなくてさ」
「うん? ああ……ホントだな」
とにかくこれで唯香が殴られたのは間違いない。
唯香の死因は果たして殴殺と刺殺のどっちだったのだろうか……。
そもそも二人は何でこの予備部屋に来たんだ?
一体……俺の知らないところで何があったんだ?
*
一階 キッチン
二人の遺体を俺がまた運び終えると、キッチンには来菜が待っていた。
唯香の決めたルール通り、俺達はまだ二人以上での行動を続けていた。
「他のみんなは?」
「ミシェルとシスターはまだ予備部屋。緋色君は部屋からまだ出てないよ。スフィカちゃんとレックス君はダイニング。まさかもう話し合いを始める気なのかな……」
「……二人がダイニングに向かったのは、俺がスフィカにそう頼んだからだ」
「え? 何で?」
「もしかしたらレックスが証拠を処分するかもしれないからだ」
「え……!? ちょ、ちょっと待って! 旦那は犯人がもう分かってるの? レックス君が犯人なの? でも、もしかしたらスフィカちゃんが犯人かもだし……」
「……おかしいな。アイツのアリバイはお前が証明しているんだが」
「うん?」
「二人が死んだのは夕食後だ。その間、お前はずっとスフィカと一緒に居たんじゃなかったか?」
「……ああ! 確かに! ……いや! 違うからね!? あたしが二人を殺したわけじゃ……」
「分かってる。二人のアリバイはお互いが証明してるんだ。唯香の決めたルールに基づいて、俺達はみんな二人以上じゃないと行動できなかったんだから」
「……だったらもしかして、唯香ちゃんと正司君は二人で争って死んじゃったってこと……?」
「……それはまだ分からない。少なくとも、子どもの緋色と一緒に居たレックスは怪しいけど……いや、どうだろうな。緋色はかなり賢いし……レックスに単独行動させたりはしない……か?」
俺はまだ、来菜とスフィカ以外のメンバーが決まりの通り二人以上で行動していたかどうかを聞いていない。
これからそんなことも話し合わなければいけないのは分かっているが……そもそも『今回の場合』はどうする気なんだ?
レックスの判断に任せるか、それとも……。
「……あれ? 洗い物終わってないのかな?」
「何?」
彼女に言われてシンクの方に目を向けると、確かにまだ洗われていない食器がいくつか置いてあった。
調理器具は洗ったとミシェルも言っていたが、どうやら食事の際に使った食器は手つかずの様だ。
正直いつもミシェルに任せきりだったので、いつ食器を洗っているのかずっと知らずにいた。
もしかしていつも朝に洗っていたのか? 大変なのだろう。任せきりはホント良くないな……。
「……しかしどれも全然汚れてないな」
「みんな残さず食べてるからね。ミシェルに悪いし」
「残ってるのがあるとすれば飲み物だけか……うん?」
グラスの一つが目に入った。飲み物はみんな好き好きに自販機から手に入れていたはず。
つまり元から缶の中に入っていて、コップやグラスを使う必要は別にない。
だからグラスを使っている人間は限られており、そのため俺はこのグラスの持ち主を知っているのだ。
「……これ、正司が使ってたのだよな」
「え? ああ……そうだったね。というかいつも何かしらジュースとか入れたままその辺の適当なとこに置いてた。今日の夕飯の時も、キッチンに置きっ放しにしてたグラスにいつから入れてたのか分からないようなジュースを飲んでたよね」
そんなん覚えとらんがな。
若干液体の残ったグラスの底に、白い沈殿物が浮かんでいる。
…………アイツ、何を飲んでたんだ?
「うーん……何かないかな……」
「何探してんだ?」
「凶器になりそうな物。ラップとかチャック付きのポリ袋で殺せたりしないよねぇ……」
来菜は実際にそれらを手に取りながら思考している。
彼女が本当にカメラアイなのか不安になってきた。
「……お前二人の死体の状況、覚えてないのか?」
「見てないものは覚えてないよ」
「ちゃんと見といてくれよ……」
「……もう見たくないよ。みんなと違ってあたしは……寝ても覚めてもハッキリくっきり死んだみんなのこと覚えちゃってるんだから……」
「……でも見ておいてくれ。二人を殺した人物は必ず見つけないといけないんだから」
「それは……そうかもだけど……」
「ところで夕食準備中にキッチンに入ったのって誰だったか覚えてるか?」
「え? みんなでしょ?」
「…………え?」
「旦那さんとあたしはミシェルの手伝いしてたし。他にもたくさん出入りしてたよね?」
「……マジで全員?」
「全員」
……最悪だな。じゃあ関係無いと思った方が良い……か。
「さて……じゃあ医務室に行こうか」
「え? あ、ああうん」
そうして俺達はキッチンをあとにした。
*
三階 医務室
来菜は早速医務室に集められた刃物や鈍器などの数が減っていないか確かめる。
まあ、俺がさっきまでいたわけだから減っているはずはない。
それよりも俺は別の物を調べに来たんだ。
「……これか……いや、こっちだな」
手に取ったのは髑髏マークのラベルが付いた薬瓶。
一瞬間違えそうになった隣にある薬も同じ見た目の薬瓶で、違うのはこのラベルだけの様だ。
隣の薬のラベルには『Zzz』という文字が記されているので、恐らくだがこちらは睡眠薬だろう。
「どうしたの?」
来菜が近寄ってくる。
俺は彼女にも中身が見えるように、髑髏マークのラベルが付いた薬瓶を開けた。
「ああ毒薬ね。あれ? ラベルちょっとズレた?」
「お前、この中身確かめたか?」
「もちろん。だって明らかにヤバい奴じゃん」
「……どうだ? 減ってるか?」
「え? ………………ッ!?」
来菜は一度目を見開いた後、小さく頷いた。
どうやら一度確認していたの間違いないらしい。助かったよ来菜。
来菜は不安になったのか他の薬の中身も確かめ始めている。
ただ、この毒薬が減っているということが一番重要な内容だ。
何故ならこの毒薬は……白い粉末状の薬なのだから。
「ねぇ旦那さん、これってさ……」
「……何かが妙だ。来菜、一応確認して起きたいんだが……お前とスフィカは信用していいんだよな?」
「その聞き方ってもうさ……」
「……行こう」
正直俺はまだ二人の身に何が起きたのか分かっていない。
でも、疑わしい人物を挙げることは既に出来てしまっている。
ただ……やはり妙な違和感が抜けない。
何かがおかしい。もし俺の考えていることが確かなら、正司はどうしてあんな傷を……。
いや……もしかしたら話し合いで明らかになるかもしれない。
……話し合いで……か。
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