11

「……何だか凄く疲れたニャ……初めから推理できないのならそう言ってほしかったニャ……」

「フフ……ボクはみんなに選んでほしかったのサ」

「『選ぶ』?」


 来菜が強く睨みつける。


「ああ、これでこの塔の中での生活は全て終わるかもしれなイ。でも……だからってキミたちの思考の時間を奪いたくはなイ。これは……ボクとキミたちの最期の勝負なんだかラ」


 ミシェルは不敵な笑みを見せている。

 ただ……彼を見つめる緋色の目はずっとウロウロしている。

 ……この子はどこまでミシェルとシスターの計画を知っていたのだろう。


「ミシェル、いい加減緋色からも話を聞いていいか?」

「……緋色に聞いてくれ」

「……? なぁ緋色、多分これから……お前は生き返ることになるかもしれないし、あるいはミシェルかシスターのどちらかが死ぬことになる。それは……お前も分かってるんだよな?」

「……」

「? 大丈夫か? 俺は正直……お前が生き返ることになるのならそれでもいいとは思ってる。ここのみんなも同じように理解しているはずだ。でも……ミシェルが死ぬことになったらそれは――」

「快太!」


 そこでミシェルが声を上げた。そして首を横に振る。

 まああまり深く考えさせ過ぎない方が良いのか?

 あるいはもうその話は充分に終えたあと?

 だったら俺は余計なお世話か……。


「……」

「……緋色? 何でまだ黙ったままなんだ……?」

「察してやれよ君口。それよりも投票だ」

「レックス、でも……」

「ミシェルは運否天賦に最期を委ねた。俺は正直……一番最良な手段だと思ってる。初めからこれで良かったのかもしれない……」

「……」


 何だ……何か変だ……。

 でも何が変なんだ……分からない……分からない……。

 いや……でも、確かにレックスの言う通り運否天賦に任せるのが一番良いのかもしれない。

 俺達が……生きることに執着する意味なんて……もう無いじゃないか……。


「じゃあ早速投票を頼むよ。挙手制にするかい?」


 そうだ……もうどちらでもいい。

 これ以上考えたって仕方ない……俺はただミシェルかシスターかを選ぶだけで……それでいいじゃないか。


「分かった……それでいい」


 諦めよう……。俺にはこの二択を当てられる気がしないが……ミシェルの運の悪さに賭けるしかない。


「……あたしは投票しない」

「……何だっテ?」


 来菜?


「うちもニャ! 運否天賦で結果を決めるくらいなら……投票放棄でもうミシェルたちの勝ちを認めるニャ!」

「……それは駄目だスフィカ」

「何でニャ! お兄ちゃん!」

「運否天賦に任せることを決めたのはミシェルたちだ。二人の望んだ通りにすることこそが……二人の勝利を認めることになるんじゃないか?」

「それは……そうかも……ニャー……」


 そして……レックスは決断した。


「――俺はシスターに投票する」


「……ッ!?」


 シスターが激しく動揺している。まさか……それが正解なのか?

 いや……でも何なんだこの違和感は……。


「だったらうちもシスターにするニャ!」

「フフ……本当にそれでいいのかナ?」


 いや……でもミシェルはあまり動揺していない。

 何なんだ……どっちが正解なんだ……?


「君口……早くしろよ。言っておくが、もう俺は決定を変えないぞ」

「え……!?」

「二言はない」


 そんな……いや、待ってくれ……。


「うちも変えないニャ!」


 駄目だ……何で俺の決断はいつもこんなに遅いんだ……!

 俺は……。


「どっちでもいいよ快太。もう全て決まったからネ」

「何……?」

「レックスとスフィカはもう投票先を決めタ。ボクと加奈の投票は自分自身にでもしておこウ。黙り続けている緋色と来菜は棄権。加奈にレックスとスフィカの二票が入ったから、キミの票はもう価値がない。つまり……もう決まったんだヨ」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ッ!?」


 待てよ……あぁ…………そういう……ことか……!

 クソ……どうして俺は……どうして俺は諦めてしまったんだ……! 

 諦めなければ辿り着けたのに……なのに……!



「ジャジャジャジャーン!」「呼ばれてないけどもう登場!」



 投票が決まったと分かって牛頭と馬頭が現れた。

 円卓の上に、二体の異形が笑って立っている。

 残念だが俺はお前らに構っていられる余裕が無い。


「さて……それじゃあ答え合わせと行こうカ」

「待ってくれミシェルッ!」

「……何かナ?」

「…………俺の話を……聞いてくれ」

「意味無いのにかイ?」

「……ああ。でも……俺は……どうしても許せないんだ」

「何がかナ?」

「……いい加減にしろよ……!」


 俺は強くミシェルを睨みつけるが、一体何様のつもりなのだろう。

 思考停止してしまった俺に……彼を責める道理はない。


「お前が最初キッチンの洗い物を既に終えたと言ったのは、話し合いの途中でキッチンを確認しに行って、みんなに毒を発見されることを避けたかったからだ。お前は出来ることなら……毒殺ではなく刺殺だと推理してほしかったんだろ!?」


「あれ!?」「まだ話し合いの途中!?」


 牛頭と馬頭に否定の視線を送る。

 話し合いは……もう終わりだ。


「何言ってんだ君口……ミシェルの目的は運に任せることで――」

「違う……それでも良かったって話なだけだ。だって…………ミシェルもシスターも犯人じゃないんだから」

「何……!?」


「そうだろ―――――――――――――――――――――――――――――緋色」



「…………ッ」



 緋色の顔は青ざめ始めていた。

 頼む……そんな顔をしないでくれ……お前が責任を感じることじゃない。

 お前の所為じゃないんだ……。


「ミシェル、お前は本当は毒薬の話にすらしたくなかったんだ。でも医務室から毒薬が無くなった事実は決して誤魔化せない。カメラアイの来菜がいるからだ。だったら正司のグラスの証拠を消す意味も無い。だからせめて『洗い物をしていた』という嘘を吐いた。キッチンにしろ医務室にしろ、もし話し合いの中で誰も現場以外を調べてないと判明したなら、毒の存在が触れられなくなるしその方が良かった。けどもし現場以外を調べている人間がいたのなら、レックスという容疑者も増やせるというメリットを鑑みて、残した証拠から毒殺の可能性も視野に入れて話を進めてもらうのも仕方ないと甘受するつもりだったんだ。だからレックスの毒を見つけたかどうかをずっと黙ってたんだろ……! 二択に絞り込むことすらさせないようにするためじゃなく、緋色が毒を盛った可能性から目を逸らさせるために!」

「待って旦那さん……意味が……意味が分からない……」

「毒を盛ることが出来た人間は全員だ! そしてミシェル自身も言っていたが、共犯者がいれば毒薬の受け渡しも出来る! 毒を医務室から持ち出したのがミシェルだとしても、そのポリ袋を持っているのがミシェルだとしても、まだ……毒を盛った実行犯がミシェルではない別の人間である可能性は……否定できないんだ!」

「何言ってるの快太……ミシェルの共犯になれる人間なんてシスターしか……」

「もう一人いたんだ! そうだろミシェル! お前は……緋色に正司を殺させたんだろ!」



「――それの何が悪い」



 いつもの飄々とした口調ではなかった。

 彼は強い目で俺を睨みつけてきた。


「……ミシェル……」

「これは……緋色とボクと加奈の三人で決めたことだ。これが一番最良の方法だった。実際結果は目論見通りに終わった。これで緋色は生き返られる」

「ふざけんな! お前は……そんな小さな子どもに十字架を背負わせる気か!」

「十字架ならここにいる誰もが既に背負っていた! きららと国広、そして野乃と芽衣が死んでしまった時点で!」

「それでもこんなやり方――」


「止めて!」


 そう言って俺とミシェルを押し黙らせたのは、緋色だった。

 ずっと黙っていた彼は、顔を上げて俺達の方を一点に見つめてきた。


「緋色……」

「……僕が決めたんだよ。ミシェルでもシスターでもない。僕が……」

「な……」


 緋色……お前は……お前はそこまで……。



「――そして僕はミシェルに生き返ってもらうんだ」



 何だと……?


「!? な、何言ってるんだ緋色! そんな話はしてない!」


 ミシェルが今までになく動揺している。

 まさか……全部初めから、そうする気だったのか緋色……!


「もう遅いよミシェル。僕はそう決めたんだ。正司お兄ちゃんの命を奪った僕は……生き返る気はないから……」

「ふざけるな緋色! キミは生きなければならない人間だ! 未来予知の能力なんて関係なく、キミは……キミの未来はこんなところで終わっていいはずがないんだ!」

「……僕はこの塔で死んでもいいって思ってたよ。でも……ミシェルには待ってるファンがたくさんいるから。その人達を悲しませちゃ駄目だよ」

「違う……そんなことどうだっていいんだ……! 駄目だ緋色……撤回してくれ!」

「ミシェルが良くても、僕は良くないよ……」


 ミシェルは歯をギリギリと噛み締めて立ち上がり、レックスの方に近寄った。


「頼む……頼むレックス! やっぱりルールは無かったことにしよう! こんなのは間違いだ!」


 しかし、レックスはいつも通りの無表情だ。

 その内面はきっと違うのだろうが……。


「……駄目だ。俺は子どもだろうと大人だろうと命の価値は同じだと思ってる。正司と唯香の命を無駄にはしない。緋色の意見を優先する」

「ふざけるな! そんなの……認められるはずがない!」


 思い切りレックスの胸倉を掴みだすが、ミシェルがここまで取り乱したのを見るのは初めてだ。

 ……何が『嫉妬してる』だ。

 お前と緋色は紛れもない家族でしかなかったんじゃないか……。


「…………………………え?」


 その時、緋色の表情が変わった。

 何故だ……? 何故か緋色は……『彼女』の方を向いて――。

 …………ッ!


「もういい?」「発表していい?」


 完全に忘れられていた牛頭と馬頭が口を開く。

 待てよ……まさか……!

 緋色、お前……『見えた』のか……!?


「ああ、頼む」

「レックス!」


 ミシェルはまだレックスの胸倉を掴んだまま。

 来菜とスフィカは鬼たちに目を向けている。

 そして俺と緋色は、鬼ではなく『彼女』に――。




「犯人は」「霜浦加奈だよ」




「…………………………………………………………………………………何?」


 ……これは一体……どういう……。


「どういうことだよ……加奈……」


 ミシェルが戸惑いながらレックスから離れると、皆の視線はシスターただ一人に集まった。

 一方鬼たちは笑いながらどこかへと消え去る。

 そして……シスターは初めてフェイスベールを脱いだ。


「……ごめんなさいミシェル様。投票の結果は……正解です」

「な……そんな……馬鹿な……」


 ミシェルは言葉を失って立ち尽くしてしまった。

 そして今更になって、一度思考停止した馬鹿な俺の頭は激しい回転を見せる。


「……そうだ。――――――睡眠薬か」


「え?」


 みんなが俺に視線をぶつけるが、俺の方はといえばもうどこを見ているか自分でも分からなかった。


「……快太君、気付いたの?」

「……ミシェル、お前……毒薬と睡眠薬を同時に持ち出したのか?」


 そこで彼も気付いたらしい。

 ミシェルはハッとして視線を落とす。


「……違う。加奈に睡眠薬を先に持ち出してもらって、その後にボクが毒薬を持ち出した。彼女には睡眠薬を正司のスープに入れてもらって、緋色にはボクが渡した毒薬を正司のグラスに入れてもらったんだ……」


 ここでレックスと緋色も気付く。

 スフィカも遅れて気が付いて、最後に来菜も気が付いた。


「……睡眠薬と毒薬の薬瓶は同じ見た目の薬瓶だ。もしラベルを張り替えたら……」

「……だから……ラベルがズレてたんだ……」


 来菜の抱いた違和感をもっと詳しく聞いておくべきだった。

 俺は……どうして思考を停止してしまったんだ……。


「……睡眠薬を盛ったのはシスターではなく緋色だった。そして……毒薬を盛ったのは、シスターだったんだ」


 俺がそう言うとシスターは小さく頷いた。


「……緋色君の覚悟はよく分かっていた。ミシェル様がどんな想いで緋色君に実行させるつもりだったかも分かっていた。でも……どうしても私は……緋色君に手を汚してほしくなかった……」

「加奈……そんな……」

「結局最後は運だったけれど……私に後悔は無いわ。だってこの結果は神なんかじゃなくて私が招いた結果だもの。ありがとう……みんな」

「シスター……!」


 後悔だって……?

 俺は……俺は後悔しかない……。この先何をしたってこの後悔が無くなることはない。

 もし俺が思考停止しなければ……運否天賦で彼女の命を奪うことにはならなかったんだ……!


「さようなら」


 ………………待て。

 シスター……?

 何で今紅茶を…………………………ッ!?

 そうか……だからあの時この人は……!

 まだ毒薬は……余らせていたのか……!?


「加奈ァッ!」


 ミシェルの叫び声も虚しく、シスターの命運は………………もう決まっていた。

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