第10話「逃げてはいけない、災禍の証」
「レユネル、別の方法を試「嫌」し、……」
速攻で即答。取り付く島もない。
ちなみにノアドラを愛していると自称する魔王がノアドラとレユネルのやり取りについてどう認知しているのかといえば、すべて承知の上で【「あなた」も混ざりたい】とか考えながら、ノアドラの後方をゆらゆらと漂っていた。
魔王に関わる前はこうではなかったのに、とノアドラは心の底から嘆く。
(あいつの倫理観とか知らないし正直助かるけど! 興奮するのだけはやめてくれねえかなこっちに伝わってくるし!)
どっちにしろ大変なのはノアドラだけだが。
「嫌だろ……? 記憶が戻った時、死にたくなるかもしれないのに」
「それでも、やり方を変えるのはいや」
それに加え、現在レユネルは黄金の侵食によって記憶を失っている。
黄金の元々の持ち主である魔王によれば、彼女の精神を圧迫し、片目を潰して毛先を金色に染め上げている黄金を取り除くことによってレユネルの精神は本来の記憶を取り戻すとされている。
だからそれまで、自分に対して一ミリも好意を抱いていなかった(とノアドラは考えている)レユネル本来の性格に戻るまではせめて触れるわけにはいかなかったのだ。
黄金をノアドラに移すための手段、そのきっかけとしてキスをしてしまったのはノアドラの欲望が暴走したのではなく純然たる事故であるが、それからというもの、黄金の譲渡を理由にレユネルからノアドラは唇を奪われて続けていた。
指先で指先に触れるだけでも黄金は吸収できると、魔王は語っていたのに。
だから身体接触が最低限で済むその手段を奪われ続け、ノアドラの心は悲鳴を上げてしまっていた。
涙を堪え、レユネルをキッ、と睨みつけるノアドラの視線にはしかし全く迫力が無く、むしろ「虚勢です」と言わんばかりの怯えようだ。
『どうぞご自由に食べてください』のプラカードを首から引っさげた兎が空腹のライオンを目の前にした時に、ライオンに対して何を言っても通用しないのと同じく、ノアドラの純潔が散らされるのも、早いか遅いかの問題でしかなかった。
しかし、ノアドラはただの臆病な兎ではなく、「勇者」という、誰に対しても誇れるような職業の人間だ。
志こそ折れてしまってはいるが、その誇りまで捨てたつもりは、本人には毛頭無かった。
幸いにも、彼女よりノアドラの方がリビングの入り口に近い。
このまま逃げて、クールダウンする時間を稼げれば、レユネルの暴走(?)も止むだろう。
「少し、頭を冷やせ――!」
そう言って、財布も持たずにノアドラは駆け出す――が、そもそもを彼は忘れていた。
床には、切り捨てられた金と淡紅色の髪が散乱していることを。
跳ねて起きれる程度には体力は回復したが、それで十全に動けるようになっていた訳ではないことを。
――つまり。
「はれっ、……ふげっ!!」
散らばる髪の毛に足を取られてノアドラは足を滑らせた。
足で払うことによって足元にあった髪の毛は全て退けられ、剥き出しになったフローリング床に額を打ちつけ、一撃で意識が肉体から剥離し、消失してしまう。
それから、ぐったりと動かなくなった獲物に対し、本能に従って生きる(性的に)空腹な肉食動物は、実に素直であった。
倒れるノアドラの体に覆い被さるレユネル。
ノアドラはうめき声を上げたが、それで目を覚ますことはなかった。
自己の理性が暴走するのを察知したレユネルは、しかし、ノアドラへ手を伸ばすのをやめない。だって、本能ではなく理性が暴走しているのだから、彼女に、彼女を止める術はもう無いのだから。
「……………………」
貪る。貪る。貪る。ノアドラの唇を、彼への愛を、貪る。
数時間後。事実を知った上で目を覚ましたノアドラは、もう既成事実としてはどうしようもないことを悟り、部屋の隅でがっくりと項垂れ、顔を左手で覆った。
————————————————————
無気力系全肯定理性本能暴走美少女。
最後までお読みくださり、ありがとうございます!
この作品が面白かったら、応援、評価、フォロー、レビューをよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます