第6話「一人目は彼の幼■染」
その顔立ちは、道を歩けば誰もが視線を惹かれてしまうほどに優しく整った顔をした、凛々しくよりも柔和な印象を与える、文句なしの美少女である。発育途中の胸やきゅっと引き締まった腰に、すらりと伸びる美しい脚。人形のように美しく、しかし人形には決して届き得ない人間らしい美しさが、彼女にはある。
とある理由からノアドラと同居をしている彼女だが……その少女には、外見以外に衆目を集めてしまうものがあった。
――ひとつめは、その、髪。
赤髪、とは言っても、血のように濃く鮮烈な色ではない。薄い赤色、どちらかといえばノアドラの桃色の髪色を連想させる、淡紅色の髪。
だが、ノアドラとの違いはある。
髪型の話ではない。根元から毛先まで全て桃色のノアドラに対し、この少女の髪は、腰の辺りから毛先にかけてまでが、金色に輝いているのだ。
そして、彼女の髪は異様なほどに長かった。まるで、生まれてからこれまで一度も髪を切ったことがないかのように。
「……っ」
足首まで届いて尚余りある長い髪は自分でも鬱陶しいのか、彼女は手にしていたハサミで自分自身の髪を胸元辺りでバッサリと切り捨てる。……も、不思議なことに、少女の髪は、彼女に切られる前と同じ長さに伸びてしまう。
髪を切っては伸び、切っては伸びをノアドラの前で数回繰り返してから、諦めたようにハサミを眼前のテーブルの上に置く。しかし少女の周囲は切り捨てられた彼女の髪であふれており、下に視線を落とせば、金と紅が入り混じった絢爛豪華な芸術作品のような模様を見せていた。
しかし、彼女を語る上で髪の色とは別に目が離せないのは、今も尚、閉じられた右眼である。
割と乱雑に自分の髪をジョキジョキと切り刻んでいる時も、ノアドラが最初にリビングを開けた時も、――そして今、見つめ合っている時でさえも、頑なに閉じられている。
それは別に彼女の特技だとか趣味であるからだとかではなく、彼女の眼は本当に潰れていて、本当に使えないからだ。
そして焦りを隠さないノアドラに対してその少女は、微睡みの中に身を委ねているような、緊張感の無さである。
そのあまりの場違いさに、ノアドラは彼女の名前をこう呼んだ。
「レユネル……」
レユネリア・マルガメルセン。愛称レユネル。
彼女の様子を見て、抱えていたキャットフードを手から滑り落として、何が何なのかまだ理解できていないノアドラは、呆けた表情で少女の名を呼ぶ。
ノアドラが、犯罪を行わない事を躊躇ってしまう理由になっている少女だ。
だが少女――レユネルの方は呼ばれた自覚が無かったらしく、ノアドラが呼んでから暫くして、緩やかな反応を見せた。
「……? ……あ、わたし……のこと、か」
右を見て、左を見て、緩慢な動きで自分のことを指差してそうだと気付く。
「……おまえ、……った、緊急信号が、……来た、から、急いで……戻って、きたのに」
そう。ノアドラはそれを受け取ったからこそ世界最速と呼ばれる列車超特急マクシミリの如く、速さを念頭に置いて戻ってきたのだ。
ノアドラはその事を突き上げるが――
「え? ……信号って……何? わたし、何もしてない……」
しかしレユネルは、それを否定した。
「え、……っ」
慌てて、ノアドラはレユネルのコクーンを髪の中から発見し、それに目を落とす。
そもそも電源が点けられておらず、ノアドラはスイッチを押してコクーンを起動する。
軽快な起動音の後、画面に表示されたのは着信一件。レユネルのコクーンに表示されていたのは、それだけだった。
慌てて発信履歴を確認するも、最後の発信が一昨日の昼。それも、ノアドラに対して行われた昼飯の催促の電話であり、この時の事をノアドラも覚えている。この後に行った発信はなく、着信は、ノアドラのコクーンからの折り返しの電話だけ。
ノアドラが受信したレユネルの緊急信号の発信という事実に反して彼女は無事だった。
(……どういう事、だ――?)
眩暈がする。只の疲労で彼がここまで疲れるとは思えない。魔物との戦闘は街の中を走り回るだけと疲労の蓄積度がまるで違うが、それでも今日この日彼が消費した程度のエネルギーで体力が底をついてしまうのはあり得ない。
日々の食事や休息、睡眠を怠らなければ、眩暈がしてフラつくなんて事はないのだ。
そう知覚した途端、彼の腹がきゅるきゅると音を立てた。
彼の職業は魔物を退治して収入を得る、場合によってはかなり危険な職種だ。それ以外に彼に働く選択肢がなかったわけではなく、花屋や許可制の販売員、事務員、オペレーターや飲食店の正社員など、数多の選択肢があった。その中で彼に一番合っていたのが、彼が今名乗っている「勇者」という職業であるだけに過ぎない。運動ができて、危機管理能力もきちんと備えており、戦力としての実力も備えている。だが、いくらで適した職であるとは言え、いくら痩せ我慢をしていたとしても、睡眠や休息のみで体の不調は満たされない。
【――――から、――れ――ど――――……!】
足元がフラつき、意識に靄がかかり始める中、ノアドラは再びあのノイズを聞いた。
だが、今度はその中に言葉がしっかりと混じっている。
それは、彼女の領域にノアドラが近づいたという証拠。
だが空腹を耐え抜いたことによる進化などではない。
むしろ敗北だ。飢餓による生命の危機に瀕して初めて彼女と会話が可能になるなど、負け以外の何物でもない。
(――だけど、目的は……)
「う……ぐっ」
眩暈がする。喉の奥が、絞られていくように渇く。指先の感覚が無い。
前に倒れつつあるというのに、後方に吸い込まれているようだ。
――どたっ。
「――え」
視界も霞み始めた。
「……え、……え? あれ……の、ん、……ノア? ノアっ!? なんで……!」
慌てふためくレユネルの声が聞こえる。……気付いてくれたのなら、体が地面に接触する前に助けてくれないだろうか。
「ノア、ノア――――!」
……あー痛い。
それにしても、一体、いつになったら自分はこの背中を床に付けられるのだろうか。
とうとうノアドラは、自分自身が既に倒れていることに気付かないまま、意識を失った。
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レユネルはまあまあ機械音痴。
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