第16話「世界を、ヒトを恨むモノ」
人間は、理論上は誰もが時速六〇キロメートルで走ることが出来るらしい。
だが、その逃走者が採掘場内で実際に出した速さは一二〇キロを超え、風と化して追っ手との逃走劇を繰り広げているのだった。
人間が出せる最高速度を遥かに超えたそれの正体は、二人――ノアドラとレユネルと、彼らを追う魔物が織り成す、生死をかけた鬼ごっこだ。
「ノアノアやばいあれ超むりむりむり!」
「少し黙ってろ! 喋ってる暇があるなら防御の一つでも……うおあっ!?」
悲鳴を上げながらレユネルがノアドラに抱き着く。レユネルを抱えているノアドラは息苦しさに顔をしかめながらも、逃げる速力を上げた。
「くそ、魔人だと!? 全然聞いてねぇよそんなの!」
「……わたし知ってる。こういうの、『運命的なデアイ』って言うんでしょ、おぉ……」
「……それに倣うと世界中の勇者が変人になるんだが……なんで心の底から憎み合って殺し合ってる奴と運命で結ばれてなきゃならないんだよっ!?」
今日二人が受けたのは、採掘場を根城とする魔物の退治任務。だが、任務を引き受ける際に知らされていた情報の中にミスがあったのだ。
ノアドラは依頼主より、討伐するべき標的が、先日街の地下水路にて彼が退治したばかりの蜘蛛型の魔物「メディル 」と同型の魔物であると聞かされていたのだが、実際に採掘場を徘徊していたのはメディルなどよりも格上の危険度を持つ魔物、通称「魔人」だった。
魔人はその名の通り人型であり、また彼らの武器を使って攻撃を繰り出す危険な魔物。
最初に発見報告があってからというもの、数十年の時を重ねているにも拘わらず未だに目撃例は数件のみ。また、目撃例の少なさに反して魔人の存在は魔物の中でも特に危険視されており、早急の討伐と詳しい調査が必要な存在として、魔物には珍しい「懸賞金」までついているのだった。
……あの野郎、絶対これを知ってておれに話を……!!
逃げながら、ノアドラは悔しそうに顔を歪める。
この任務をノアドラの元に持ってきたのは、ノアドラがこの都市にやってくるよりも前からサリカに定住している知り合いだ。
その知り合いの事を思い出して、ノアドラはさらに悔しがった。
「元々自分が受けるつもりだったけど予定が入ってしまって」「この任務、急募なのと実力がある人と、おくちにチャックが出来る人にしか頼めなくて。でも報酬が相場の六倍だよ!」
……前者はともかく、後者は胡散臭さしか感じない。というか後半の理由を聞いたせいで前半の理由すらも怪しく思えてきた。
涎が垂れてしまうような報酬額を提示されたからとはいえ、こんな仕事は断って大人しく花屋のアルバイト辺りにしておけば良かったと今さら後悔しながら、ノアドラは走った。
「ち……! 適当な場所見つけて脱出するぞレユネル!」
「……ね、ねずみの死体……きゅう」
「気絶すんなああああ!!」
ネズミの死体を目にして気絶するレユネルを抱えながら、ノアドラが叫ぶ。
そして彼らを背後から襲うのは、魔人の一撃。
一撃、というか、二撃だが。
右下後方と左上後方から同時に、ノアドラの背中を狙って剣の刺突が繰り出される。
しかしノアドラの背中には拳一つ分、届かない。
そして、空を切った剣同士が交差して、採掘場内に幾度となく響いてきた鉄の音が奏でられた。
その後交差した二本の剣は、火花を散らして甲高い音を立てた直後に剣の鋒からボロボロと崩れ始め、魔人本体が通り過ぎる頃には完全に砂となってその形を失ってしまっていた。
魔人は他の魔物と比べ飛び抜けて殺生能力が高いというだけで、他の魔物の例に漏れず善し悪しの区別がつかない。
故に魔人は罠を張らないしハッタリをしたりもないが、その代わりとでも言わんばかりに、純粋な力をぶつけてくる。
(……ああもうっ! ようやく解ったぞこのやろう!)
叫べば無駄な体力を消費する。口まで出かけていた文句を、歯を噛みしめる事で飲み込み、奥へ奥へと進んでいく。
「……ん、ん? あれ、ノアドラ、進む方向合ってるの……?」
目を覚ましたレユネルがノアドラにそう問いかける。
レユネルが見ているのは採掘場内のマップだ。蟻の巣のように細かく枝分かれた採掘場の洞窟だが、何故かノアドラは彼らが入ってきた正面入り口とは真反対、採掘場の奥へと逃げ込んでいた。
「合ってるぞ! この先に何があるか、見てみてェ!」
「えーと……? ……って、私たちがいるこの場所、もうサリカの敷地外……?」
マップ表示を切り替えて、立体的に見てみる――と、既に二人のいる場所はサリカが都市内とする場所の外だ。
「……でも、どうして……奥に、行くの?」
レユネルが不安そうに尋ねるもノアドラは笑って、
「『魔人』はその能力の強さがずっと脅威とされていて、昔から誰もが嫌ってた――戦いたがらなかった魔物だ」
「……能力って……あの、壁を剣みたいに突き出してくる能力?」
「実際は採掘場の構造を丸々変えてしまう事くらい出来るだろうけどな。……ともかく、その能力こそがおれの中で奴の正体に繋がった」
「?」
「誰も発見できない、何十年も経ってるのに、誰もその能力を解明できない。……当たり前だ。誰も、自分の身の回りにあるよく知ってる当たり前のものを、一から解析しようなんて思いもしないだろうからな……!」
「……ノア、意味わからない。言葉ができてない」
戸惑うレユネルを無視して、ノアドラは言葉を続ける。
「この街の建築物、何で出来てるか知ってるか?」
「……わかんない」
「正解はこの採掘場から出た鉱石が主な原料だ。街の外壁や屋根だったりはともかく、中の商店やホテルだったりは全部それを、材質変換機やら分子拡小器やらを使って伸ばしたり固めたりして街の資材に使う。そして、採掘場から運び出される鉱石は精密検査が行われない。……何故だ?」
走りながら、ノアドラは振り返った。
その鼻先すれすれを魔人の剣が通り過ぎて、壁に突き刺さった。……その剣の本数は、先程よりも二本ほど増えていた。
悲鳴と冷や汗を垂らしながらノアドラは足に込める力を高め、さらに速く走る。
そんなノアドラにレユネルは、
「……中身がわかってるのに、何十年も前からこの街は存在していて今まで何の異常も起きていなかったのに、そんな検査するわけない」
「何の異常もない!? ……そりゃ、勇者が滞在する理由はないよな!」
「……? 何、……!」
またノアドラの言葉に翻弄されかけていたレユネルだったが、途中で気づいた。
「この街の事だ。伊達にデカイだけじゃなく、魔物に対抗するための戦力を、おれたちみたいな勇者――不確定要素に頼り切りにはしていない」
おれたち――そう言われて、レユネルは「やはり自分もそうなのか」と、ノアドラに抱えられて揺れている己の胸の前で、手をぎゅっと小さく握りしめる。
「ノアさ――」
ノアドラが今どれ程のスピードで走っているのか知らないレユネルは、「もう大丈夫だから」とノアドラの腕の中から離れようとするが、
「……くっ!? おいレユネル、口閉じてろ!」
突如叫んだノアドラに、阻止される。
「え」
――ノアドラが叫んだその瞬間、見上げるレユネルの眼前に、崩落した洞窟の天井が迫っていた。
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