第15話「小さな彼の小さな最期」

 土の匂いがする。ジメジメと湿っていて、あまりこの場所に長居はしたくない。

 配線もなく、壁に設置された蛍光石だけが頼りの、浅い闇が包む採掘場の地下道。

 突如、剣戟音があった。

『これは何事だ』――と、餌を巣へ持ち帰る途中だったネズミは、本能に従って地面に餌を置いてその音がした方向を振り返った。

 ――――キィ、ン――――

 そして再び鳴る、鉄と鉄がぶつかり合う音。

 ――これは。

 彼は以前、この音を聞いたことがあった。

 餌がある――

 そして彼は餌を置いたまま、本能の向くままに音の発信源に向かって走り出した。

 彼の記憶が正しければ、音の鳴る場所に、彼が今口にしている餌よりももっと大きな獲物が転がっている筈だ。

 彼が前に一度この音を聞き、興味本位でその場所に向かってみると、彼自身の体よりも随分と大きな動物の死体が横たわっていたのを覚えている。

 その動物は彼がその場に到着した時には既に絶命しており、彼で言うところの前足と後ろ足の真ん中が離れていて、それ自体が何かと戦った痕跡があった。

 彼は目の前の死体に飛びつきその屍肉を貪ったが、転がっていた動物の死体はそれだけでなく、周囲にもいくつか見つけることが出来た。

 ただ、彼が飛びついた獲物は何の不自由もなく美味しく食べられた(尚彼の味覚は大抵のものならば美味と判断する)のだが、その獲物とは別の、『頭部の体毛がやけに長い死体』は途轍もなく不快な臭いがしてとても喰らう気にはなれなかった。

 さらにその時彼と共にいた他のネズミが、何を血迷ったのかその死体にかじりつき、その直後に苦しむようにのたうち回ってから死体と「同じ」になった。その事からも、彼はそれ以上その悪臭漂う死体に目を向けることはなかった。

 今回も、そんな食えない死体でなければいいな、などと考えながら、音の発生源と思しき場所に到着する。――が。


「……」


 ――ない、いない。

 肝心の現場には、何も残されてはいなかった。


「……? ……!」


 ……聞き間違い? などと彼は考えてしまうが、その直後に聞こえた剣音がそれは気のせいではないと証明してくれた。


「……」


 今度は随分と遠くにいるようで、その音は彼の耳に微かに聞こえる。

 だがここで、彼に新たな疑問が生じた。

 ――獲物はどこへ消えた?

 鉄の音がすればそれは動物の死体が出現する合図であり、前回それで学習済みの彼はそれを信じて疑わない。

 だがおかしい。音がしたのに獲物がいなかった。それは一体どういう事なのか。

 ――そして再び、鉄の音が鳴った。

 今度は遠くではなく、先程よりも近い場所にいる。

 更に鳴る鉄の音。段々と近づいているように聞こえる。

 丁度良い。

 彼は思考を切り替えた。

 獲物がこちらへと来るのならば、わざわざ足を運ぶ必要が無くなるというもの。

 ネズミが前歯を剥き出しにして構えていると、


「――?」


 何か眩しいものが見えて、彼の目が潰れた。

 痛みを伴わない失明だ。目が眩むほどの光の後、ネズミは、何をするまでもなく――


 ぐわしゃっっっ!!


 ――ネズミは、何故か背後から叩きつけられた鉱石によって、文字通りその命を押し潰された。


 音を立ててネズミの命が削り取られたのをよそに、剣戟の音はまだ続いていく。

 その音を聞きつけ、獲物か何かと勘違いした別のネズミがその光を目にした途端、何をする間も無くまたその命を散らされる。一秒後には数十メートル先で地下に棲息する別の生物の生命がネズミと同じように絶たれた。

『それ』の移動がばら撒く生物の「死」は、確実に、どんなに小さな存在であっても、絶対に殲滅している。

『それ』の行動理由はただ一つ。「『それ』が見たものを殺す」である。

 ……行動理由ではなく行動原理のような気もするがしかし、どんなものでも相対すれば確実に殺せてきた『それ』は、生まれて初めて殺せないモノに出逢った。

 そのモノを殺せなかったことに『それ』が抱いた感想はない。感情も、何もなかった。

 だが、殺せないならば、殺せるようになるまで戦うのみ。

 何しろここは『それ』の独壇場だ。モノはいずれ殺される運命にある。

 今までと同じように。これからもずっと。

 ――だが、戦闘開始から既に三〇分が経過している。いつもならば会敵して五分以内には戦闘が終了している筈だが、『それ』は未だに標的を殺せずにいた。

 標的を殺せず、彼は、彼の周囲に接近する他の生物反応を全て殺していく。

 まるで、他の命を踏みにじることで気を紛らわしているかのように。

 実際、彼自身に疲れというものには概念からして無いが、彼が獲物を追い続ける速度は一秒毎に加速していた。

 彼に獲物をいたぶる趣味は無い。だが、体に殺す為の手順を仕組まれている彼は、正真正銘殺すまで、殺生行為を途中でやめる事ができない。

 新たに『人類と仲良くしましょう』というコマンドを打ち込まれでもしない限り。

 だがそんな事はあり得ない。

 魔物に善悪の区別はつかないし、彼は万物万象全ての生命を憎む存在。

 獲物を殺さない理由を探す方が難しいというもの。


 ……なにせ、彼はそう創られているのだから、これは仕方ないことなのだ。


 そして、話は彼に追い詰められている(筈の)逃走者へと移る。




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