第17話「魔物について:歴史」

 勇者。それは今の人類にとって確実に益をもたらす職種であるとされている。

 人々の安全を脅かす巨大な悪意に「勇気を以て立ち向かう者」、それが勇者。

 対価と引き換えに人々の安全を守る警備会社のような職業ではあるが、その本質は魔物に対する調査と研究を繰り広げる科学者だ。

 その歴史は人類に最初の滅亡危機をもたらした三〇〇年前の大災害から続いており、今も尚、魔物研究のエキスパート集団として世界中に存在している。

 だが、魔物の研究者であるからといってノアドラほどアクティブに動く勇者もそうそういない――と、レユネルは考えている。

 何しろ勇者達の殆どは、自ら研究室にこもって外部より持ち込まれた魔物の死体(肉体の崩壊を起こさないように処置済み)を解体して実験したり、魔物に対して有効な武器を作ったりする、外の空気や美しい景色には微塵も興味が無い引きこもり気質な人間だ。

 そして、「魔物を戦って倒そう」なんて思考の持ち主はまず軍隊や傭兵を目指す。

 お伽話を信じているような余程の夢見者でもない限り、魔物を倒すのが勇者であるとは思わないのだ。

 では、そもそも「魔物」とは何か。……現代では、純悪物質「滅素」が変質する事で誕生する無細胞生物――と、定義されている。

 しかし三〇〇年程前――滅素出現以前は、魔王が生み出した一生物として、この世界上に在った。

 体内に魔王の魔力を循環させ、普通の魔物には到底変態不可能な形態を持って地上を闊歩、目に入る生物を貪り喰らっていたのだ。

 だが、人間を滅ぼしかけていた魔物も、自分達を滅ぼしかねない存在に対しては無力であった。

 何せそれらは魔物が人間に対して「そう」であったように、最初から全ての生物に対して絶対の強者であったのだから。

 津波のように押し寄せる滅素に、魔物も人類や他の生物同様に飲み込まれる。

 だが、魔物が人類に滅ぼされてしまったのとは違い、人類は魔物よりもさらに上の脅威であるはずの滅素に打ち勝ってしまった。

 それが何を意味するかといえば、魔物のいない世界で滅素をまるで病気のように克服した人類の世界出現――ではなく、魔物という種の復活、ひいては滅素の復活である。

 確かに滅素は一度滅ぼされたと人類は認識していた。だが、滅ぼされたはずの滅素の一部は、地中奥深くの土竜などの地中生物を求めて、偶然、人々の力から逃げ隠れられていたのだ。

 元素のまま自らの存続の危機を悟った彼らは、新たな世界環境に対応する為、五〇年の時をかけて進化した。

 かつて自らが滅ぼした存在である魔物の形を取り、或いはその死体に憑依することで。

 滅素は再び人類の敵として蘇った。

 それが二五〇年前、人類を二度目の危機に陥れた「偽魔顕現」である。

 故に、人類が今敵対しているのは三〇〇年前から続く魔王の配下ではない。

 魔物の形をしているだけの、全く別の生物だ。

 その実態は魔物というより滅素に近く、触れたものを滅ぼすという滅素の特性を失った代わりに、擬態という新たな生存領域を獲得したそれは、最早純粋な滅素であるとも呼べない。

 だが、新たな名をつけたところで何か人類を取り巻く状況が変化することもない。

 そもそも三〇〇年も前のことなど、ノアドラ達にとっては歴史でしかない。

 今を生きる彼らは、今彼らの生活を蝕む魔物と戦い、どう勝つかしかない。

 それでも尚、一つの種として生き残っている人類と比較して魔物にも歴史をつけるのだとしたら、「魔物」の歴史は三〇〇年前から始まっているのだろう。

 故に、魔物の生誕から現在までを敵対してきた人類の歴史書、毎年毎年刻まれる怨敵との記録書には、こう記されている。


 ――今日までの二五〇年間、人類と魔物の争いに決着は未だ無い。




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