第18話「大いなる決戦のための、下準備」

 魔人の猛追を天井崩落という事故で逃げ切った二人は、ノアドラの目的地だという洞窟内でも特に広く作られた空間で、ノアドラがいつの間にかディーラにしまい込んでいた瑞石を床に敷き詰めていた。


「――つーわけで、街が勇者を受け入れている理由はない。それに、存在自体を知らないくらい認知度が低いのはここだけだ」


「……え、ごめんなさい、何が?」


 作業をしながらも考え込んでいたレユネルは、ノアドラが何か自分に向けて解説しているのをすっぱりと聞き逃してしまっていた。

 ノアドラはレユネルの返答を聞いてあからさまに気分を落としながら、


「……つまりだな、サリカの街が勇者を雇うってこと自体が、この街の利益と矛盾してる」


「……勇者が必要ないのに勇者を受け入れてるって事?」


「そうだ。だっておかしいだろう? 勇者を雇うとなれば、任務を発行したり申請したりする専用の機械の設置だとかの設備費用がかかるし、無人のとことは違ってこの街は一区画に相当する部分丸々を勇者の為の施設に改装しなきゃならない分、さらに費用はかさむ。魔物なんてサリカにとっちゃ、自分のとこで駆逐出来る害獣と変わらないんだよ」


 当たり前のようにノアドラは指摘を重ねるが、重要な点はレユネルが突いた。


「……? でも、勇者って、私たち以外にいるの?」


 そう。レユネルは、この街に来てから(一応)自分とノアドラ以外の勇者を名乗る人物を目にしたことがない。この任務に関しても、ノアドラに連れ出されることで初めて依頼者であるという友人の勇者の存在を知ったのだ。


「そう。そこがもうひとつの問題だ」


 そしてそれを、ノアドラは肯定する。


「おれは昔のツテでこの街にやってきた。知り合いが『勇者にとって住み易い街だけど勇者はいない。おっと、オレがいるから「あまり」いない。だから安心してここで勇者の仕事をするといいぜ』……って言ってきてな。ちなみにこの任務もそいつが持ってきたんだ」


「……あや、しい……」


 ノアドラは「やっとわかってくれたか」とため息をついた。


「……そうだ。けど、ただ単におれを利用しようってわけじゃなさそうなんだよな……」


 面倒な任務を代わってもらう為に利用するだけならわざわざ報酬を全部渡してくることはしないだろう。ただの知り合いというだけでこうも今の彼にとって都合の良い仕事を斡旋してくれるとは、レユネルには思えない。

 というか、その言い方だと、まるで――


「……街自体が、勇者の受け入れをしてないように聞こえる」


 しかしノアドラは、拍子抜けを食らったかのような表情をした後、


「……ん? 何だ、そんなの当たり前だろ」


 赤い石を手にしながら、レユネルの方を振り返った。


「勇者にとって住み易いとは、勇者としてチヤホヤされず、放って置かれること。勇者として扱われないこの街で勇者の仕事をするというのは、任務は自分が持ってくるから。……正直助かってるんだ」


 今度はレユネルがぽかんと口を開けた後、我に返ってノアドラに聞いた。


「……じゃあ、何が問題なの?」


 そう。本人が良いなら別に問題はないのだ。契約内容に不満がある(今回は別件だろう)訳ではないだろうし、勇者としてきちんと認められていなくても――


「……あれ、それって大丈夫なの?」


 昨日同行することになったノアドラから一応目を通すように言われた勇者についての規則の中に、勇者が個人で行う取引についての項目も書かれていた。


 それによると「勇者は勇者の活動を公に認めた都市でしか任務活動はできない。また、それ以外の活動は全て厳罰処分となる」と記されていた。


 また、恐らくではあるがサリカは勇者達の正式なスポンサーではない。

 正式なトコロ以外からの任務依頼をこなすノアドラは、つまり――


「……イリーガル・アクショナー(違法行為者)……!?」


「……いや、会社にバレたらクビになるってだけの、街から正式に依頼された任務だから。ただの副業だよ副業」


 ……そう言って笑うノアの顔――その瞳には、光がなく、闇がありました。――レユネルは、その時のノアドラを後にこう語る。


 ディーラに収納されていた最後の瑞石を地面に置いて、ノアドラは立ち上がる。


「街の外壁には黎術を基礎にした自動照準の魔力大砲が二四時間稼働しているし、サリカ程大きな街には当たり前だけど軍隊が動いている。……表面上は完璧だ」


「……表面上、は?」


「この街が産出している鉱石は、サリカが造られたおよそ九十年前から続く「時間」が全て安全だと証明してる。そしてサリカの建築資材は、外から持ち込まれたものを一切使用していない」


 だが、一度安全だと思われたものは、何か危険でも見つからない限り再検査なんてされない。そしてそんな危険は見つかってはいない。魔物達が出現するこの街の地下は、辺境の都市ならばよく聞く、ダンジョンの一つ――という事になっているのだ。


「一方でこの街には勇者を支援するシステムが無い。……基本的な検査器もないから、例えば街の殆どに使われている代表的な建築石……衛依石が何で出来てるのか、それにすら気付かない」


「……どういうこと? その、えいせ……? が危険なの?」


「え、い、い、せ、き。危険……まぁ、危険な石という意味では瑞石も大差ないけどな。問題なのは、その石が作り出される工程にある」


「……? どういう、こと?」


「衛依石は」


 そこで言葉を区切るノアドラ。

 レユネルも、そのただならない様子を見て息を飲む。


「……衛依石は、かつて魔物が作り出していた鉱石だ」


 たっぷりと間を取った後、飲み込んだ息と共にそれを吐き出した。




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