第22話「最悪の再会と即断即決即逃」
「……古代『壊宗(かいそう)』都市サリカの負の遺産、『魔人』の滅却任務と採掘場の閉鎖及び破壊活動、ご苦労さんっと」
ノアドラの肩を叩いて笑みを浮かべる男性。
そんな彼のテンションに対しノアドラはあまり乗り気ではなかった。
「……。そんな事より金くれ」
今回、『魔人』との戦闘に費やした時間は軽く三時間を超える。その大半は採掘場内を魔人に破壊させながら逃げ回る事に費やされ、最後、街周辺を丸ごと大きく揺らした爆発の爆心地にて傷一つ負わない程の防御力を誇る魔術式を起動した。
故にノアドラは、今日の戦闘だけで莫大な量のエネルギーを消費した筈なのだ。
だが、立てている。それどころか、誰の支えも必要とせずにすたすたとこちらに向かって歩いてきて、金銭を要求する程余裕があるらしい。
……あれだけの練度を誇る魔術を行使しておいて、即死どころか意識も健在とは……。
男性は、ただひたすらに驚いていた。
人間の扱う魔術とは一体何だったのか、と。
だが、男性がそう思ってしまうのも無理はない。
魔術とは、体内に取り込まれた食物をエネルギーに変換する際、何割かを魔力として体内に貯蓄しておく。その溜め込んだ魔力を消費し、『世界の法則』に従って射出する『身体能力』の一部だ。
ただの壁を作るのではなく、対象をあらゆる攻撃から護るという「効果」に近い防御魔術は、可能と不可能の境界線を往く魔術としてこの世の最難関魔術の一つと言われたりする事もあるが、それでも剣や弓だったりを防ぐ盾としての性能しか持たない。
そして最難関であるが故、出力に見合わず術者の精神的な負担も尋常ではないのだ。
それを、ビル一つ余裕で消し飛ぶレベルの威力の爆弾を凌ぎ切る程の、しかも全身を包み込む高性能な防御魔術を披露しておいてこの程度。まさに驚嘆に値する。
「わあってるって。……ほら、送金しといたぞ」
それはさておき、端末を操作して、男性はその画面を見せる。泥だらけの手でコクーンを触る気にはなれないノアドラは、男性の差し出す画面に頷いた後、腰に手を当てて溜息をついた。
彼らの上空で鳥の鳴き声が聞こえる。
それを見上げながら、ノアドラはもう一度溜息をついて、男性に目を向ける。
「シトビラ。次の仕事は?」
ノアドラに端末を見せた後、色々とタップしていた男性――シトビラが、ノアドラの問いかけに答えた。
「ん? ……あ、いや無いよ。今回は内容が内容なだけに後始末も暫くかかりそうだし。何より今回は報酬の額も大きい。何日か遊んでも別に困りはしないだろう?」
「……わかった。適当に泥を落としてから、それで帰るか」
シトビラの答えに首肯すると、ノアドラは泥まみれのまま、ノアドラの背中にもたれかかっているレユネルを見てそう零した。
タオルケットで顔を拭いたとはいえ、身体のあちこちにはまだ泥が残っている。せめてそれを落としてからでないと、道行く人々に白い目で見られてしまうだろう。
「……はぁ」
平然として見せていても、やはり疲れていない訳ではない。
まだ十代だというのにこんなに疲れを感じてて良いのだろうか――なんて十代らしからぬ思考をしながら気だるげな様子で右手を虚空に差し出すと、
「―NA―」
と、短く呟いてその手を空に掲げた。
魔術式(コード)「NA」。自然式枠と呼ばれる魔術式の中の基礎魔術だ。
魔術を行使するために必要な魔術式はこの世にいくつもあるが、数ある魔術式の中でも「NA」は、五大元素と呼ばれる「火」「水」「風」「土」「風」を、指定した場所・時間・範囲・量によって展開する基礎的魔術だ。術者によって発音の仕方に違いがあったりするものの、基本的にはこの「NA」、つまりは「ナ」という単語を唱えるだけでイメージした枠の魔術が使えてしまうので、魔術の入門時や簡易的な魔術の概念を説明する時に用いられることが多い。
とはいえ術式の発言をすれば誰でも唱えられるのかといえばそうではなく、体内の魔力の誘導やイメージの完成度、魔術式としての完璧度が低ければその魔術式は即座に破綻し、効果を発揮しない。
だがノアドラは、剣や盾を使った白兵戦よりも魔術や銃を使った遠距離且つ変則的な戦いを得意とする勇者だ。
今さら基礎的魔術で失敗をするとも思えず、「火」と「水」の性質を合わせた暖かい温水が彼とレユネルの汚れを洗い流す筈――だった。
しかし、呪文を唱えてから、数秒が経ち、数十秒が経っても、一向に何も起こらない。
首をかしげるノアドラは、もう一度「NA」と唱えた。――すると。
「……っ? 冷た……?」
頭に違和感を感じたレユネルが自分の頭に手を伸ばすと、頭頂部に触れたレユネルの掌に水滴が二粒ほど確認できた。
「……ノア、これって」
それをノアドラに差し出すレユネル。
それを目にしたノアドラは、がくりと項垂れた。
「……く……ナ、a――」
そして三度発動される基礎魔術式。
ノアドラはそれを自身に浴びるシャワーのイメージで実行しようとしていたのだが、結局三度目も水滴がぽたぽたと彼とレユネルの頭に垂れただけで、それ以降は何も落ちてこない。
認めたくはなかったが、ハッキリと気づいてはいた――
「……魔力切れです……」
体力は残っている。だがやはり、ノアドラの体内に残っていた魔力は底を尽きてしまったようだ。
「……」
その彼のあからさまに疲れた様子を見て苦笑しながら、シトビラは彼らにお湯をかけてあげようとして――取りやめた。
「……あ、そうそう」
とある事を思い出したからだ。
シトビラの声にノアドラが反応し、続いてノアドラの背後に隠れているレユネルが顔を出す。
「今日、わざわざ僕がこんな所に来たのはね。ノアドラ、君に会いたいって客人を紹介しに来たんだ」
「客人……?」
シトビラの言葉に首を傾げるノアドラだが、その直後、なんの前触れもない悲劇が彼とレユネルを襲った。
大量の、明らかに雨やシャワーでは済まされない滝のような水が、彼らの頭上に降ってきた。
「わっぷ……ぷえっ!!」
その水によって、衣服についた泥は大方落とす事が出来た。……びしょ濡れにはなったが。
「……なっ、何すんだシトビラ!? ずぶ濡れになっちまったじゃねえか!」
「……ふぇ、へ、っくしゅ」
当然ノアドラは怒り、レユネルはくしゃみをする。
ノアドラも「へっくしゅ!」とくしゃみをした後、シトビラを睨め付ける――が。
「違う違う。僕じゃない。誓って言うよ、僕ではない」
「じゃあ誰が……」
「久しぶりですね、ノア先輩」
「――――」
誰が、と言いかけて、ノアドラはその声を聞き、その声の方向へと目を向け、その姿を発見し、言葉を失った。
呆然と見つめるノアドラの視線の先、白髪の少女がいた。
ノアドラは、彼女の姿を見て目を見開く。
「な……お前、が……」
そして、震える声で彼女の名を口にしようとして――だが躊躇い、踵を返してノアドラは一目散に逃げ出す。
「ノアっ!?」
彼が走り出すのに連れられてレユネルも走り出す。
「…………」
ノアドラに逃げられた彼女は、それをただ見つめていた。
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