清楚魔王とあんみつ勇者 第三章

後悔と再会

第21話「任務完了と不穏」

 地下の空間で起こった巨大な爆発。その影響は地下で収まりきるものではなかったらしく、その衝撃が採掘場の直上――サリカの街を揺らしていた。

 地震だなんだと街の人々が騒ぎ始め、警報までもが鳴り響く騒ぎの中、街の外、南側の平原に二人の人影があった。

 巨大な大砲のようなものを携えた学生服姿の少女と、少女が抱える二メートル程の荷物と同じくらいの背丈とそれに見合う豪快な筋肉を持つ男性が、じっと地面を見つめていた。

 少女はただ表情を落ち着かせてじっと見ているだけであったが、男性の方は愉快そうに笑ったかと思えば額に手を当て呆れるような顔をしたり、とにかく浮かべる表情が豊かであった。

 揺れが無くなった後、最後に口を大きく開けて笑っていた男性が顎に手を当てて静かに話し始めた。


「……成る程、水蒸気爆発ね。瑞石を大量にばらまいて水源を確保し、出口を塞いで密閉空間を作り上げる。そこに赤火石を火種として投下し瑞石全てに圧力をかけて、衝撃ではなく熱によって瑞石に負担をかけることで、熱に反応して瑞石は爆発を起こす。……水が気化した際の体積の膨張率は一七〇〇倍だっけ? それが瑞石の場合はさらに一〇〇倍だからええと……一七〇〇〇倍だ」


 男性が得意げにそれを話す。……と、横でじっと下を見つめていた少女が顔を上げ、作った半眼を男性に向けて口を開いた。


「一七〇〇〇〇倍です。……まさか、算数も出来ない方だったとは存じませんでした」

 ただひたすら、軽蔑するような視線。


「……あ、あー。そうだな、うん、一七〇〇〇〇倍だ。いやあ、すごい数だなー(棒読み)」


 その後鋭く刺さるような、或いは凍らせるような冷たい眼差しを浴びて、男性はコホン、と咳払いをした。


「ともかく、これでこちらの依頼は終了だ。もうすぐここから出てくるだろう」


 男性が指す先には、ただの地面。魔力の胎動も消滅も何も感じないただの地面だが、その男性の目は、地面の先にあるものが見えていた。

 少女はその男性が指した地面から少し距離を取りながら、口を開いた。


「……ノア先輩は、どんなミッションを?」


「採掘場での魔物退治ダヨ。討伐対象は数少ないレア魔物の魔人。まぁ、今回のは滅素に汚染された敵バージョンだけど。……それと採掘場の破壊、だね」


「……採掘場の破壊……?」


 男性が話すと、少女はそれに対して眉をひそめて聞き返した。


「魔人っていうのは、元々が大昔の人達に造られた存在だ。そして、その存在意義はまさに人類のためにこそある」


 男性の足元の地面にヒビが生まれた。


「……三〇〇年前に絶滅した畜類種の魔物ですね」


 それを見て、少女はさらにそこから後方に退避する。

「『家畜』と言えば聞こえは良いけど、鉱石を生み出すために当時最高位の錬金術師を騙して鉱石を喰らう魔物に飲み込ませ、『魔人』として新たに種族を誕生させたいわば『奴隷』。街が採掘場ごとぶっ潰したくなるのもわかるけどね――」

 そこまで言いかけて、男性もその場から飛び退いた。

 亀裂が入るだけに止まらず、彼の足場が崩れ始めたためだ。

 予備動作のない突然の回避行動でありながらも軽やかに後方に着地した男性は、服の裾をはたきながら亀裂が起きた場所を見守ろうとして――突然、足元から突き出てきたノアドラの憎しみが篭った拳を腹に受け、天高く吹っ飛んだ。

 男性に拳をお見舞いし、穴から這い出たノアドラは、満足げな表情で落下してくる男性に目を向ける。


「よう、奇遇だな!」


「……はは。覚悟はしてたけど、そこまで爽快な笑みを浮かべられると流石に腹立つなぁ――げっふぁ!?」


 そして、男性はノアドラの後から出てきたレユネルの怒りのパンチを左顎に食らって、再び天高く飛び、熟れた果実のような音を立てて、地面に墜落した。

 ぼろ雑巾のようにボロボロになった男性に、泥まみれのノアドラが詰め寄る。


「何よりもまず聞かせろ。――お前、標的が魔人だって知ってたな?」


「あ? ……あー。だって言ったらお前、絶対受けたがらないと思ったからな」


 そして、当の男性はあっさりとノアドラを騙していたことを認めた。

 その事に呆れを見せながらもノアドラは、


「何で『魔人』みたいな古代遺産が未だサリカにあるんだよ。最先端技術が集まってる街だろ、ここ」


「処理の方法とその手段の確保に手間取ってたんだろうよ……確かに、数十年前までは生きてた魔人が宝石を生み出す機械として使われていたみたいだが、今はそれの上位互換機器が出回ってるからね」


「……じゃあ尚更無いだろ、負の遺産をわざわざ持ち続ける理由なんて……」


「勇者云々は抜きにしても、人道的見地から禁止されてる物を使う訳にもいかないし、かといってそれを堂々と処理するわけにもいかない。秘密裏に処理するには自前の戦力じゃ足りないし、拘束を破って暴走している――って事でとっとこ早めに処分しちゃいたかったんだろうさ。そういうとこは比較的、どの街でも負の遺産として見ることが出来るだろう?」


 立ち上がり、体に付着した泥を手で払いながら、男性はノアドラに目を向けた。


「……その在庫処分をさせられたおれは専用業者でも何でもないけどな」


「勇者だろう? それも現在身分をできるだけ隠して逃避中の君ならちょうどぴったりだと思ってな」


 そう言って、泥まみれのノアドラを指差す男性。その身体は、泥遊びでもしてきたかのような、元の布地が何色だったのかすら見当がつかないほど「泥んこ」状態であった。

 彼らは地震を引き起こす程の爆発を防御魔術で耐えた後、穴を掘って地上まで出てきたのだ。

 ノアドラに続いて男性の顎にアッパーをかまし、穴から出てきたレユネルも、その服と顔に土を着けていた。


「……ともかく」


 服の表面についた土を剥がし、ディーラの中から取り出したタオルで顔を拭うノアドラ。

 しかし彼は、その男性とレユネルの他にもう一人、自分を見つめる存在がいる事に気付いていなかった。




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