第20話「意思なき殺意よ、財宝の墓場にて眠りたもう」

 ノアドラが叫び声を上げると同時、魔人はゆっくりと歩み始める。


「……っ、今!」


 ノアドラから少し離れた位置にいたレユネルが、叫ぶ。そちらに反応して魔人は床から精製した剣先を向けるが、それよりも早く彼の背後で変化が起きた。

 周辺に散らばる石ころが地面を転がり、彼の背後の入り口に集まって出口を塞いだのだ。

 しかし、振り返る動作はしない。そんな事をしなくても、彼にとっての感覚器たる目は全身にあるからだ。

 加えて、その現象はまるで鉱石を粘土のようにこねる彼の力のようではあったが、それは生物ではないので彼は無視したのだった。

 閉じ込められようと、魔人の目的は人を殺すのみ。ただそれだけなのだ。


「……人類への復讐だって、騒いでるとこ悪いけどさ。……こっちも、お前を殺す為に来てんだよな」


 そう言って彼は、懐からあるものを取り出す。

 ディーラに収納されていたそれは、辺りに散らばっている瑞石と同じくこの採掘場内で拾ったものだ。


「この採掘場に眠ってる鉱石とか合わせると、おっきな国一つ買えるくらいの金に換えられるらしい。――だから眠れ、この財宝の墓場でな」


 言葉と共に、ノアドラは手に握っていたそれを瑞石を敷き詰めた場所に叩きつけた。


「レユネル! 場所を動くなよッ!」


 ノアドラが手にしていたその石は、赤火石(せっかせき)。魔人の口にあるルビーよりも、赤く強く美しく、煌めいている。

 そして――瑞石と赤火石途端、赤火石の濡れているかのような光沢がより一層強まり、辺りは赤色の閃光に包まれる。


「――く――ノア――!」


 レユネルも光に呑まれそうになるが、彼女の周囲をぐるりと円形に、紫色の防御魔術が展開される。

 そしてレユネルは、こちらに視線を向けるノアドラの姿を見た。

 ……あとで、文句言ってやる。

 そんな事を考えながらノアドラに向けるレユネルの睨みは、続いて下からやってきた強大な水の奔流に遮られ、ノアドラに届くことはなかった。

 そして、防御魔術で難を逃れた二人とは違い、その衝撃を直に喰らった者が一人、いや一匹いた。


「――!」


 無慈悲なまでの爆発に巻き込まれる魔人は、何ら抵抗する事なく圧し潰されていた。

 個々が連鎖的に起こる爆発ではなく全てが一斉に起こった爆発だ。

 彼の中核を担っていたダイヤモンド以上の硬度を持つルビーが粉々に砕け散る。

 彼はただ、その彼を襲う脅威を払おうとするのではなく、あくまでも、先ほどまで追い詰めていた敵二人を探していた。

 ――彼の行動原理は殺人。かつて、この体と全く同じ形をしていた生き物が胸に抱いていた人間への敵意だけを引き継いでこの世に再生した、滅素と魔物の融合体。

 恨みだけを糧に生きてきた彼が情報として最後に目にしたものは、紫色の球体と、同じ球状ながら黄金の輝きを放つ金色の球体だった。


         ○   ◇


(……。…………?)


 石の爆発による衝撃を自身の周りに球状に展開した黄金で凌いだはずのノアドラが目を覚ましたのは、魔王の精神世界の中だった。


【ノアドラさん】


 彼女に喚ばれたらしい。むっとした表情の魔王が、ノアドラを睨んでいた。

「……はい」


 何か魔王の気に障ることがあったか。心当たりが思いつけなかったノアドラは、ただ混乱していた。


【「あなた」がどうして怒っているか、わかりますか?】


「……え、えと。いきなり言われても何が何だか」


 怒らせるようなことさえ、ノアドラは心当たりがない。


【レユネルさんの防御魔術は間に合っていた。……でも、ノアドラさん自身の防御は間に合っていませんでした】


「……え? そ、それじゃなんでおれは無事――ひぎっ!?」


 後退ろうとする足が、動かなくなる。見れば彼女の黄金によって両足が押さえつけられていた。


【「あなた」が黄金で防御したからです。ノアドラさんが展開しようとするよりも速く】


 魔王が不機嫌な理由。それは彼女が伝えた通り、ノアドラが自分の身を疎かにしたことだという。


「……あ、ありがと、……っんむ、ぁ……!」


【ちゅぷっ……。わかりますか?】


 ノアドラのことを愛していると言った魔王にとってみれば、愛しい存在が自分の命を軽率に扱うことなど、到底許容できるものではなかった。

 己が人の道から外れているとはいえ彼女にも守りたいものはある。だからこそ、彼女はノアドラの自分自身に対する扱いの酷さに怒っていた。


「わかったっ! 次からはちゃんと自分の身体も最優先にする!」


【それなら、いいです。……だけどいいですか。次は、この程度では収めませんからね】


「…………はい」


「何」を「どの程度」収めないのか。ノアドラにそれを聞く覚悟はなかった。




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