第23話「逃げる彼と彼女は勇者と勇者」

 ところで。

 ノアドラという少年は、「勇者」という職に就いている。

 だが、彼の持つ勇者という職業は、か弱き人々を救うためにモンスターと戦い、諸悪の根源である魔王を討つために存在する御伽噺のような、英雄の象徴――ではない。

 勇者とは、世界の害悪たる「魔物」とそれを生み出す首魁である「魔王」の滅菌を目指して創られた、「滅素研究機関ジェルダレアン」に所属する研究者、或いは調査員のことを指す。

 その存在は公表されており、一〇〇〇万人を超える数の人間が調査員として所属しているが、勇者という名前自体の認知度は限りなく低い。

 故に、一般的に勇者と聞かされても「はぁ?(笑)」という失笑でしか返されず、素直に「ジェルダレアン所属の調査員です」と名乗った方が恥もかかなくて済む――というのは、ノアドラがかつて慕っていた先輩勇者からのアドバイスだ。

 しかし、ノアドラも所属するこの組織は、認知度こそは低いものの、彼の想像を超えるほどに規模の大きい組織であるらしく、ほとんどの街に勇者を支援するための施設がある。

 宿泊施設であったり勇者専用の売店であったりと、そのサポートの対応幅は広いが、勇者の権限を使用してその施設を利用したりすれば、自分という勇者がその場所にいるという証拠を残してしまうことにもなる。

 例えば、ある勇者が別の勇者に協力を頼みたい時、条件の合う人物を探すことになるのだが、その時に利用されるのが、その勇者の居場所の情報である。

 研究員という肩書きの勇者であるとはいえ、それ以前に人である彼らは、当然初対面で揉めたり気が合わなかったりする事が多い。……が、任務は任務で、それさえこなしてしまえばもう巡り会うことは無いので、余程恨みを買ったりしない限りは、一期一会の関係で終わることが殆ど。自分の位置情報を気にするよりも、利用できるサービスの方を採る勇者達が多数を占めているのだ。

 ……だが、それはあくまでも、初対面で浅い関係に限った話である。


「……勇者関係で、一年くらい前に別れた仲間がいるんだが」


「ノア、……それ、これの、原因?」


 壁に張り付いて、ノアドラとレユネルの二人はじっと息を潜めている。

 ノアドラは外の様子を窺いながら、静かに口を開いた。


「……あぁそうだ。……その仲間がおれを追って、……追いかけられてんだけど」


「楽しくなかったの?」


「……いや、おれは多分あいつらとじゃなきゃあ、勇者なんてやってられない」


「……ふむふむ」


「おれさ、……っ!?」


 言いかけて、ノアドラは喋るのをやめ、低く身を伏せた。

 二人が隠れているのは、上層階の中にある、繁華街の路地裏。

 無論彼らは、好きでこんな場所にいる訳ではない。

 彼らは今、何者かに追われていた。

 ノアドラが口を噤んだのは追っ手がこちらを振り返ったからだ。

 見つかったか――!? とノアドラは焦るが、その視線は彼らから外される。気のせいか何かと思われたらしい。

 そのまま、追っ手の気配が遠ざかっていく。

 遠ざかっていく追っ手の姿をじっと見守りながら、ノアドラは溜息をついた。

 そして、先ほど語ろうとして語れなかった事を、零していく。


「……おれさ。勇者を――あいつらと一緒に戦う事が、出来なくなったんだ」


 そう言って、ノアドラは襟首をぐい、と引っ張り、胸元をレユネルに見せる。


「……はわ、わっ!? ……!?」


 勇者として動き回る為、無駄な筋肉は全て削ぎ落とされている。しかし細身でありながらも少年が身に付けるものではないと一目でわかる、刀や鋼のように鍛え上げられた肉体の――肌に浮かぶ汗は色気すら感じさせた――色白の胸板にレユネルが思わず顔を赤らめるが、その後さらにはだけた左胸を見て、息を呑んだ。

 ノアドラの左胸――丁度心臓と重なる位置に、金色の何かが見える。

 装飾品にしては悪趣味だ。何故ならそれは、ただ肌着の一部として肌に貼り付いているのではなく、ノアドラの胸元を抉るように彼の体に食い込んでいるのだから。

 痛みは無いのか、胸の黄金を指でなぞるノアドラの顔は落ち着いている。


「苦しくは無いんだ。……けど、『これ』は確実におれの体を蝕んでる。ほっといたら仲間が、世界が滅亡しそうだったから、勇者を辞めてパーティを抜けて来た」


 ノアドラは彼らに迷惑をかけまいと無言で脱退してきたのだが、実は一人、ノアドラの存在にあり得ないほど執着しているパーティメンバーがいたのだ。

 「彼女」が自分に向ける圧倒的な好意は今でも自意識過剰なのだと信じている。だが、金もなく知恵もルックスも大して良くはない(と本人から聞いた)ノアドラが、あれほど執着される理由がわからない。

 その「彼女」から今は逃げているのだが、無論、それは彼女のためであって、ノアドラの自己保身のためではない…………はずだが、ノアドラの体の震えは止まってはいなかった。





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