第4話「渦巻く悪寒と気付かぬ再会 園弐」

「やめろオイ」


「……えっ、今私、何かした?」


「……あっ、いえっ、何も? 猫がさっきから落ち着かないから、から」


 彼女と食欲のみ感覚を共有していなくても、なんとなく、声が猫に殺意を抱いた事はわかった。

 だからその制止のつもりで声を出したのだが、少年は隣に人がいる事を失念していて、真後ろに控える「声」にかけた少年の声は隣の女性にも届いており、少年は女性に不審な目で見られる結果となった。


「……そう? ……まあ、お高いペットフードを買ってもらったからそれで喜んじゃったのね」


 咄嗟に頭上の猫が「そう?」の後に抗議の声を上げたのも相まって、少年の誤魔化しはうまくいった。


「どう、どう」


 馬のような宥め方で、自分の頭皮に爪を立てた仔猫をあやす少年。

 額を人差し指で擦るだけの簡単なものだが、仔猫は存外そのマッサージが気持ちよかったらしく、目を閉じて少年の頭上で再び伏せた。

 小さな欠伸と共に仔猫が落ち着いたのを確認した少年は、立ち止まって懐から携帯端末を取り出す。先程終了した「地下水路で暴れる巨大魔物の討伐契約」の達成で得た報酬は全てパアになってしまった。なのでこれから当日報酬のバイト探しでもするか、でも今はもう陽も落ちかけた夕方だし……と思案するも、そんな思考はすぐにかき消されてしまう。


「ん……はぁ?」


 腰元のポケットが震えている。ポケットを叩くと、ズボンに取り付けられているアクセサリーの見た目をした装置から光の粒がほわほわと溢れ出し、次の瞬間、小型の通信アイテムが少年の手に握られていた。手のひらサイズの通信機械『コクーン』とそれを収納するための器である「アクセサリー」、虚空間収納機『ディーラ』だ。

 コクーンが示しているのは、緊急信号の受信を示す強い振動と赤色の点滅。それに、緊急信号の発信元のアドレス。

 それを目にした途端、少年の背筋を悪寒でできた大蛇が這いずり回った気がした。

 少年の脳裏に浮かぶのは、ある一人の少女の姿。

 まさか「彼女」に何かあったのか!?

 少年は直ぐにコクーンに登録された番号を呼び出すが、通話が五秒と待たずして自動対応サービスに切り替わったことから、おそらくは電源が入っていないか、電波の届かない場所にいるのかもしれない。


(……こういうイタズラは、アイツは絶対にしない!)


 気付けば、体が動いていた。


「……待ってろ……!」


「あっ、ちょっと……!」


 袋を抱えたまま、突然慌て始めた少年に首をかしげる女性を置いて、空腹すら忘れて――彼は夜の街を走り出した。


「……」


 会計も済んでいるし、元々少年と女性はただの通りすがり同士で、知り合いでも何でもない。少年が用事を思い出して急に別れたところで、少年側にも女性側にも何も問題はなかった。




「行っちゃった」




 悔し気に女性は呟く。その手には少年と同じくらいの量の猫缶を抱えながら。


「……これどうしよっかな。わたし、ねこ、飼ってないし」


 女性の口調が崩れた。見た目通りの大人びたものから、少年と同じくらいの瑞々しさを感じさせる口調へ。




 ……そう。家が近くと偽って少年の住処までついて行くつもりだった女性の目論見が瓦解したことを除けば、何も問題はないのだ。




「…………」


 あくまでも、「名前も知らない女性」と初対面だった少年にとっては、であるが。


「……ふウゥン。まア、良、イ、かっ、かかっ。……ふう。ノア先輩がこの街にいることはわかったし」


 少年に置いていかれた女性の声が、突如変質する。同じ女性のもので、しかしそれよりもいくつか下の年齢ではあっても、全く別の、特徴があまりはっきりしない先ほどの女性とは違う、凛と澄んだ少女の声に変わる。

 その少女が纏う衣服の袖には、一つだけ色味の違うボタン――『カーバディーラ』――ディーラとコクーンの機能を合体させた携帯機が貼り付けられていた。

 存在が無い世界「虚空間」に機能の大部分を収納し、使用者が身につけるのは衣服の袖ボタンサイズの端末だけ。ディーラよりも目立たず、さらに収納する部分に専用機器を接続すれば、ハッキングや盗聴など、何一つ証拠を残さずに行うことが可能であるという、『後ろめたい行動』に対して専ら適している機械だ。

 例えば、カーバディーラの信号配基列をコクーンのものに置き換え、発信元の端末番号をハッキング対象のコクーンに登録された連絡先から送信されたということにする――ということも、可能なのである。


「逃がしませんからね、ノア先輩。たとえ死んでも……」


 少女が発したその声は、空気に、壁に、床に――染み込むように、消えていった。




————————————————————


よりによって変身の方法は本人が教えてたりします。


最後までお読みくださり、ありがとうございます!


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