第35話「真皇プファー」

 久しぶり。ノアドラに対して、眼前にいる少女はそう言った。それも随分と親しげに。


(……? んっ?)


【――え】


 だが、ノアドラは首を傾げた。まるで、赤の他人に感動の再会のハグを求められたかのように。


(……ダレ、ダッケ?)


【……ノア、ド……ラ、さん】


 魔王が息を吞む動作、彼女が感じた心苦しさまでもがノアドラに伝播し、流石に気付いた。


【その……こ、は「あなた」の次の――】


「まさか……おまえは」


「…………」


 にぁ、と少女は笑みを深めて、ノアドラ――ではなく、彼の隣にいた少女に視線を向ける。


「わたしが言ってるのはぁ、あなただよ、『あなた』」


 言って、彼女は指を差す。しかし。


「……は?」


【?】


 他人には決して視る事が出来ないはずの、ノアドラの右斜め後方にてふわふわ浮遊する魔王でもなく、その少し手前にいる、ミオク。彼女を、少女は指差した。


「……えっ、えっと……?」


 指名されたミオクは目をパチクリと瞬きさせる。本気で心当たりが無いようだ。

 恥ずかしさで自分の時が止まった勇者と魔王の二人を置いて、少女はさらに口角を上げて笑んだ。


「わたし、ずっとずっと会いたかったんだよねー。……あれから黄金の調子はどう?」


「……っ!? ……貴女は……一体!」


 瞬間、ミオクの表情から戸惑いが落ちる。


「やっぱりか! ということは、おまえ!?」


 黄金――その言葉に聞き覚えがあるノアドラは元より、魔王は瞬く間に表情を変えた。

 ただ、少女は二人の表情とは対照的にとぼけた表情でミオクから視線を外す。


「あれ……? 覚えてない? あそっか、わたしあなたに気付かれないようにあげたのを忘れてた。ごめんごめん。――じゃ、君か」


 少女は次に視線だけをノアドラに向けて動かし、


【――!】


 その瞬間、魔王が動いた。


「は――んっ!?」


 理解できぬまま、ノアドラの右手の支配権が奪われる。


【――者の――――夢――ば、――――――に――――】


 そして、ノアドラは魔王の意思で背後へと跳んだ。

 受け身を取ることを前提に考えた回避ではない。ただ、肌を擦りむいて出血するよりも命に関わる致命傷を避ける為の行動。

 後遺症など露にも思わない、人生よりも生命を護るとでも言わんばかりの強引さが、そこにはあった。

 故にノアドラは、何でもない道路の上で二、三回派手に転がって額や膝から派手に出血してしまう。ただ、その出血範囲に右腕と右耳と右目は含まれていなかった。


「……っにすんだよ!?」


 側から見れば独りでに転がって独りでに怒っている。そんな奇特な行動にレユネルとミオクは困惑する――が、そのあと実際に目にした光景に、彼女らは否応なく納得させられた。

 ノアドラが立っていた場所に、少女の体から伸びた金色の触手が幾本も突き刺さっている。ノアドラはこれを避ける為に回避したのだ。

 そして――


「あれ、やっぱり避けられちゃうのか。攻撃が見えているというよりは攻撃の手段を知っているって感じだけど――ねぇ、おねぇちゃん?」


 首を傾けながら、かけらも喜楽の情を感じさせない笑顔をノアドラに――魔王に向ける少女。


「……ぐっ、……!」


 ノアドラは、悔しそうに少女を睨み返す。

 意識が散漫になっていたから回避が遅れたわけではない。魔物との戦闘で鍛えられている筈のノアドラの体が反応するよりも早く彼女の攻撃が来ていたのだ。魔王がノアドラを引っ張っていなければ、今頃ノアドラはズタズタに引き裂かれていたに違いない。

 そして、魔王に自分を救わせてしまった――それが何より、彼女を開放しなければならないノアドラにとって致命的に思えた。


「な……」


「……え、何? 何でノアが攻撃されてるの??」


 呆気にとられていたミオクとレユネル。しかし、今まで部屋に閉じこもっていた引きこもりとは違ってノアドラを探し求めて各地を彷徨ってきたミオクは、その美しすぎる特徴と顔立ちから、悪名高い彼女の名をこう叫んだ。


「まさか――「真皇(しんのう)」プファー!?」


 それを聞いて彼女を睨むノアドラの表情がより一層硬くなり、レユネルも、彼女に対して身構えた。




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