第36話「カラミティアクターズ」

 真皇プファー。それは、大犯罪者の名前だった。記憶を失ったレユネルでさえ、その悪名に旋律しているくらいには。

 だが彼女「達」は「真皇プファー」として知られている訳ではない。

「街崩れ」。自然災害、魔物発生などの理由による土砂崩れや地盤沈下によって唐突に起きる、大災害が有る。

 数十万、時には数百万人規模の大都市が一夜、或いは一時間で崩壊していく様は諸行無常どころの話ではなく、何者か――神の意思の介入すら感じられる程の理不尽だという。

 そして、「真皇プファー」ともう一人「逆矩トゥウィーニ」の二人の通り名は、「街崩し」。

 本来は人智の及ばぬ超自然的異常現象を人為的に引き起こしてしまう人間――それが、彼女達「災禍の制作者(カラミティアクターズ)」。

 実態が不明な能力を用いて街々を襲い、その何れをも一夜にして壊滅させてきた、正真正銘の化け物達だ。

 目的不明、防衛不能、理解不可能――そんな存在が、今彼らの目の前にいた。


「ここ何日か張ってたんだけど、もう我慢できない、というか、進展が無いから直接行動に移る事にしたんだよ」


「お前……なんで、『それ』を……!」


 ノアドラは三人目――彼を含めれば四人目となる黄金の後天的な取得者に対し、敵意を向けた。勇者として、何よりもこの世で一番嫌いな人間の行いを吐き捨てる。

 ただ、かつての同僚に対する嫌悪とは別に、彼の胸中には疑念が渦巻いていた。


(張っていた? いや、ミオクの黄金を探ればおれ達の位置なんて簡単にわかったはず。そのくせに、なんで「何日か」も待った?)


 怒りに身を任せるのはノアドラの趣味ではない。彼は、肌で感じる極小の違和感を思考として形にする。


(まさか、奴の目的はおれの中の黄金を回収することじゃ、……ない? 仮に「何か」が奴の目的だったとして、あの野郎の行おうとしている「何か」には時間が必要だった……? 「もう我慢できない」――まだ、奴の作戦は完了しては)


 彼が何かを掴みかけた時だった。


【…………】


「……あっ!?」


 今にも血が宙を舞いそうな緊張状態の中、不意にノアドラの視界が――意識が、魔王の夢に引きずり込まれた。こんなこともできたのか、と混乱するノアドラの正面に、彼があまり見たことのないスタイルの仁王立ちで魔王は語りかける。


【正確には「できた」のではなく、できるようになりました。……その、ノアドラさんのおかげで】


 もじもじと。


(……ああああああああああああああああああああああああ)


 顔を赤らめる魔王を前にして、ノアドラは全力で床に手をついた。

 彼女から流れ込んでくる感情の奔流にとても立ってなどいられない。

 ただ――


「……」


【……?】


 思えば魔王と目の前の少女は顔立ちがよく似ていたが、そんなことはどうでもいいとノアドラは思考を振り払った。


【……ああ、えっと。ノアドラさんが間違った推理をなさっていたので、止めるためにこうさせていただきました。まだあちらの世界でうまくお話しすることができなかったので……】


 まっすぐに自分を見つめてくるノアドラに照れて視線を逸らしながら、魔王は自分の目的を語る。その言葉の中で、ノアドラは首を傾げた。


「間違った推理?」


【はい。敵の作戦を砕くには、それほど難しい操作は必要ありません。ただ相手を倒す。必要なのはそれだけです】


「……相手は『街崩し』なんて言われてる怪物だぞ。あんな無邪気に見えても、何十万もの命を喰い荒らしてきた蛇よりも林檎な相手だ。そう簡単に――んむっ!?」


 またも魔王はノアドラの言葉を物理的に遮って、言う。


【んく、ちゅ……ぷは。それが、「あなた」とノアドラさんの場合は違うみたいです】


「ちゅる、くちゅ、……ぷあっ!? ……っは、何がちがうん、……っ!?」


 ノアドラの唇に指をあて、魔王は自らの意思を流し込む。彼女がノアドラに渡したものを飲み込み、魔王の意図を理解したノアドラはただもう一度、彼女に問いかけた。


「……いけるのか?」


 勝機はない。恐らく死ぬ。だから、魔王も緊急回避なんて魔術を使ったのではなかったのか。

 だが、その魔王の態度は、先程と一八〇度逆さまだった。

 仕組み試合でもこれからするかのように、勝気に満ちた声をしている。


【はい。もしも彼らが「あなた」の遺物を使って能力を使えているのだとしたら、勝機どころか一方的な虐殺ゲームも見えるくらいに】


「…………え」


 その言葉に、ノアドラの思考が停止し、夢幻から現実に引き戻される――が。


「わは。面白そうな会話をしているねえ。わたしもマーゼーテ!」


 会話の外に置かれたプファーが、殺戮の笑みを以てノアドラに迫る。

 ゴキリ、と音が鳴る。

 それは単に関節のクッションとなっている空気が潰れる音か、ゲーム開始の合図か。

 はたまた――黄金の夢が、現実に手を伸ばす瞬間なのか。

 金色の少女プファーの背中から黄金が出現し、一枚の羽根、或いは片翼を想起させる形に空間を埋め尽くしていく。彼女の黄金に呼応するかのようにノアドラの胸からも黄金が生え、しかしプファーとは異なり、彼の頭上で形作るのは――王のための白金冠。

 階層都市サリカ、上層階。昼の歓楽街にて巨大爆発発生。

 問答無用、冷酷無比のゴングが――今、鳴った。




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