第43話「優しさにあふれた拒絶と悲しみに濡れた決断」

 壁に当たる。めきめきとノアドラの身体が軋み、壁に亀裂が入る。……そして壁が砕ける。

 そのサイクルを数回繰り返し、繰り返す度に加速しながら、街を破壊しつつノアドラは飛ばされていく。


「……ぐ、う……」


 それは攻撃であり、ノアドラの中に在る黄金を引き寄せるための「効果」。


(……何とか……奴の前に引きずり出されるよりも前にっ!)


 魔術式を使う時間も、それを練るために使われる時間もゼロではない。ノアドラを引き寄せている敵。彼が最初に見誤った標的。そいつの前に引き出されてしまえば、おそらく敵の目的は達成されてノアドラは終わる。それまでに状況を打開しなければならない。……が。


【ノアドラさんっ!】


 引力に逆らおうとして壁を掴むも、彼が触れた途端に壁を上るための鉄棒でさえ、ノアドラと一緒に引力に掴まれ、その形を失ってしまう。

 物理的に踏み止まることは不可能。ノアドラを引き寄せるこの術式は彼が思った以上に良く練られ、構成されていて、多少抵抗した程度ではその効果を中断させることはできない。

 その上、ノアドラにはこの魔術式に対抗するための手段がなかった。

 魔術式の発動者以外の存在が術式の起こす現象に介入するためには、己が身体能力でもって術式の鎖を打ち破るか、術式そのものに干渉する、発動者を無害化する、もしくは術式の対象を排除するかしかない。

 身体能力で抗うことは術式に組み込まれた「対象が触れたものの硬度を破壊し、もろとも引きずり込む」効果によって不可能になっている。

 ノアドラが彼を引っ張っている術式に干渉することは不可能ではないかもしれない。が、視界の上下左右が激しく入れ替わり、ノアドラ自身がきりもみにされ継続的に障害物に衝突するせいでダメージも受け続けてしまうこの状況。

 その中で発動者の術式を探知することは不可能な上、


(おそらく、術式自体が奴のすぐ側にある)


 ノアドラの手が術式に届くころには彼は敵の眼前に引きずり出されているだろう。つまり、術式の干渉は実行しても無意味。

 術式の発動者を始末する方法も、ノアドラと敵の間に彼自身が接触するまでは強度を保ち続ける壁がいくつもあるせいで、直接攻撃も出来ない。

 残る術式の対象を排除する方法。ノアドラも、引っ張られているのはノアドラ本人ではなく彼の中に取り込んだ「プファーの黄金」であることには気づいている。ノアドラの中から黄金を弾き出せば彼が引っ張られることはなくなるが、それはつまり、


【ノアドラさん!「あなた」を、ノアドラさんから切り離し――】


(黙れ!!)


 ノアドラは、呼吸もなく、その選択を拒絶した。

 プファーから取り込んだ黄金はノアドラの体内にある黄金と融合している。つまり、影響下にある黄金を排除することは同時に彼女をも手放すということ。


(それは絶対にさせない! おまえはおれが護る!)


 思い、伝える言葉以上に染み出ている彼の心が、魔王には敏感に感じ取れて。


【……っ、のあ、ど……さ】


 彼女の生涯には決してなかった彼のやさしさに、魔王は思わず彼を抱きしめたくなる。


【……………………………………………………………………………………………………っ】


 本当に、毎日が初恋だ。彼の心には毎朝惚れさせられる。その心の初々しさ、他者を思う心やり、考えなくても人を救ってしまう罪深さ。これほどに存在が奇跡な彼とこれからを生きてゆけることは、本当に幸福で、それを想うだけでも胸の高鳴りを抑えられない。


(だから考えてくれ! この状況を、一緒に! 切り抜ける方法を、……?)


 故に彼女は。


「……っ!?」


 ノアドラを引っ張っている力が急激に弱まった。重力を忘れていた体が脆くならない壁にぶつかって悲鳴を上げる。

 急いで体を起こした視線の先。質量を思い出した彼とは違い、いまだ何かに引き寄せられている、煌めくおうご


「いくなおまえっ!?」


 状況の変化、「彼女」が何をしたのかを理解する。悶絶するほどの痛みを、顔に出すことすら忘れてノアドラは叫んだ。


(……まだ、おまえの、名前も教えてもらってない!)


 立ち上がり、黄金が空けた穴を必死に追いかける。彼の胸にはすでに黄金はなく、彼の精神はぽっかりと空洞になったかのように、寂しさと虚しさの風が吹き抜けていた。

 だが、それでもあきらめるわけにはいかない。

 魔王が奪われたからといって、彼が魔王をあきらめても良い理由にはならないから。

 黄金を必死に追いかけ、元の開けた場所に戻る。ノアドラがプファーを追いかけて去ったその場所に、その元凶は立っていた。


「トゥウィーニ!!」


 ノアドラが追いつくと同時、黄金を吸い尽くしたトゥウィーニは足元から黄金を噴出させて全身に纏う。


「…………魔力量が多く、雑に扱ってもなんとかできてしまうあなたとは違い、私はあなたが保有する魔力最大量の一割もない才能無しでしてね。術式を効率化させた上でただでさえ少ない手段をさらにそぎ落として洗練させるしかなかった。……だがおかげで、あなたからは無抵抗で黄金を頂戴できた! ……今の私に敵はない。それを理解できている筈ですが、その状態であえて、わざわざやってくるとは。……よほどの死にたがりか、もしくは今の私に『勝てる』なんて思い込んだ馬鹿のどちらです? ノアドラさん」


 取り込んだ黄金をドレスのように纏い、それでもなお余りある黄金を体から滴らせて、トゥウィーニは堂々とその姿をさらしていた。


「…………」


「……どうしました? まさか怖くて動けない、とでも?」


 くつくつ、と笑いをこらえるように口元に手を当てるトゥウィーニのその姿を目にして、ノアドラは一言。


「……えぇ? 誰……?」


「…………」


 空気が、凍り付いた。




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