清楚魔王とあんみつ勇者 第二章
階層都市の秘密
第11話「かつて資源の泉と呼ばれた場所」
翌日。ノアドラとレユネルの二人は、この日を生きるための銭稼ぎに出かけていた。
場所は階層都市サリカの地下層階――の、更に下。
見るからに堅く、見上げるほど大きな扉が設置されているそこは、とても散歩気分で通えるような場所ではない。
「資源の泉(ジェーマランド)」などと呼ばれているこの場所は、一言でいえば採掘場である。
そこで採れる石油や鉱石は燃料や武器、建築の材料など街の財産として使用されているが、特にその中でも、支柱や壁などの建築資材としてうってつけで、加工すればそれこそルビーやエメラルド、天然のダイヤモンドにすら匹敵する程の煌びやかな宝石に化ける鉱石「衛依石(えいせき)」は人々の目を集める。
衛依石自体はありふれたモノで、数年前までは採掘する事を罪として咎められる事はないものだったのだが、制止役がいなければついつい目の前の宝に手が伸びてしまうのは、まあ人間の性なのかもしれない。
衛依石だけを求めて採掘場に忍び込む輩が採掘場を荒らして行く所為で、サリカの地下採掘量が減り始めたため、入り口には関所が設けられるようになり、今となっては採掘場への無断侵入及び採掘場内の資材の盗みは重犯罪と同等の重さで扱われるようになった。
現在二人がいるのは、その門――採掘場の入り口。
今日、仲介役を通してサリカから依頼を受けた二人は、この採掘場で起きているとある問題の対処の為にこの地下最下層にまで足を運んでいるのだった。
「……けほっ」
辺りに立ち籠める土煙を吸って、ノアドラが咳き込む。
咳き込んだノアドラが左手を正面に翳し、握っている透明な鉱石を握り潰す――と、二人を包み込むように霧が発生し、宙を舞っていた粉塵に水滴が付着して土煙は落ち着いた。
「……瑞石(みずいし)が拾えるなんてな。流石は戦線の街サリカだ」
言って、ノアドラは周囲を見回す。彼らの足元には、ノアドラの手中で砕け散ったものと同じ透明な鉱石がごろごろと転がっていた。
瑞石。どの街でもよく手に入る鉱石で、石に多方面から圧力を与えれば中に蓄えられた水分子が霧となって周囲に散布される。石中の水自体は浄化されて溜め込まれたものなので飲む事が可能。その他に機能はなく、水分を多く含むために燃料としては使うことが出来ないが、夏場などでは人気の鉱石として一般にもよく知られていた。
――こんなものが簡単に手にできるのか。
もう一つ、地面に転がっていた石を砕きながら、ノアドラは思った。
「……どうりで関所なんてものが設けられる訳だよ」
盗みを防ぐ為に入り口に関所を設ける――なるほどそれは確かに、合理的な話ではある。が、それは既に何十年も前の話だ。人類貧困期と言われた八〇年〜六〇年前とは違って物の流通量が十分すぎる現代では、宝石からモヤシまで、不足しているものは何一つとして存在しない。
無論、凡ゆる物の充実によって物価は多少上下したが、それでも宝石類の価値は依然として保たれたままだ。
だというのに、この散らばる鉱石を盗もうと考える輩はいない。その事実は、「人々の価値観の変動」というものを明確に示していた。
飢えた獣であれど、その飢えが満たされれば他の動物を襲ったりはしない。
無論、人間は畜生ほど単純ではないので、人による犯罪の火種は未だこの世界に燻り続けているが、少なくともこの今の世界において『食糧難』という単語は駆逐されていた。
各々の都市の食料自給率や食料供給率は共に一〇〇パーセントであり、そのからくりは全て『生活配給システム』の現実化にある。
全世界で行われている取り組みであり「生活を配給する」の文字通り、人が人として最低限保証されるべき幸福を人類全員が平等に受け取ることができるシステムだ。
数十年前から成果を発揮してきた「日光」からタンパク質や食物繊維を生成するシステム「ヴィーテ」や、ヴィーテにて生成された物質を元に食べ物を生成する「食材生成機」であったり、それの技術を応用して開発された繊維製造機「アパラタス」など。
自分達だけが利益を独占したい者達にとって最も邪魔なものとして一時期システムの起動が中止になりかけたが、魔物が一時的に大量に発生した事件によって「幸福な人間生活」どころではなくなり、その影響でむしろ生活供給システムの配備は急速的に広がったのだ。
故に、数十年前までは泥棒や盗賊などの侵入騒ぎで賑わいを見せたというこの採掘場も、今はノアドラとレユネルを除いて誰もいなかった。
だが、この場所にいてもおかしくはない、関所に常駐している筈の門番の姿すら見えない。
門番の不在――それはつまり、この採掘場に起きている異変の重大さを如実に表していた。
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新章開始! 二人がやってきたのは、かつて宝石の楽園と呼ばれた場所だった!
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