第12話「宝石の楽園を破壊せよ」
「…………」
そして、レユネルが振り返る採掘場からの地下層階への通路は、我が身を大事にする所謂「普通」のセンスを持った人であれば、瓦礫の向こう側への立ち入りを諦めてしまうほど厳重に破壊されていた。
外側、内側の両方から丁寧に、隙間を残さず。とにかく人が採掘場への侵入を諦めてしまうような破壊の仕方で。
それは無論、ノアドラの仕業である。
理由は勿論、自分達の仕事場に余計な者を入れない為。余計な被害者を生まない為でもあったりしている。
そしてノアドラがこの日行う銭稼ぎの内容は、主に二つ。
まず一つ目――現在この資源の泉に訪れた異変、屈強な力を持つ(と聞いた)採掘場の門番すらも退去を命じられる程の異常、その正体である――魔物の討伐。
数百年前に突如出現した、人類にとっての天敵、生まれながらにしてヒトを滅ぼす運命にあるこの「絶対悪」。それは今回、採掘場の鉱石の中から発生した。地下で採掘をしていた作業員が被害に遭ったことでその存在が確認され、魔物を討伐するための存在であるノアドラがこうして依頼を受け、地下へと赴いていたのだ。
魔物の討伐に町の財産である採掘場の破壊の許可は含まれていないが、それは二つ目の依頼に関係するためにノアドラは施設を破壊することに躊躇いはなかった。
通路の崩落によって電灯などの光源が途絶えているが、水光石(すいこうせき)という水を浴びれば光る石が、蛍光灯のように入り口を明るく照らしている。
「……ね、ノア。ここまでする必要あったの?」
今日ノアドラについてきたレユネルが尋ねる。レユネルにノアドラの銭稼ぎに付き合うように言ってきたのはノアドラ自身で、レユネルに戦う能力はない。
しかし、ノアドラと共に街の依頼をこなせば単純に報酬額は二倍に増えると彼は依頼人から聞いていたので、報酬金増額のためにレユネルは呼び出されているのだった。
「むしろ、こうまでしないと入って来られる危険があるからな」
それ故に、ノアドラはレユネルの安全を常に確保しながら前に進む。
「魔物が出た情報は上にまで届いてたし、ここに来る人はいないって思うんだけど……それに、わたし達が帰るときは、どうするの?」
「もちろん、こじ開ける。ここの採掘場は場所が街の敷地の外にあるからな。最悪この採掘場が全壊しても、街が崩れる心配はない」
言ってノアドラは、懐から取り出した武器を両手に構えた。
任務を受ける時に門の認証キーは受け取っているが、ノアドラが通路を破壊したために電源が落ちて機能しなくなったのだ。なので、閉じてしまっている門を攻撃によりこじ開けることにした。
ノアドラが手にしているのは二丁の短機関銃、「ヴェスト368Q」と「マー・92・リニ」。二つともサリカの街の中層階、二階の武器ショップで販売しているものだが、今回の銭稼ぎを行うにあたって依頼者である街から支給されたものだ。
弾丸も支給されてはいるが、今回の相手は魔物であるので人間ではないのだし、とても通じるとは思えない。
だが、獲物に攻撃が通じるかどうかは別として、使えるものは使う主義のノアドラは、躊躇なく引き金を引く。
ドガガガッ、という金属同士がぶつかり合う音と、カランカラン、という短機関銃から排出された薬莢の落ちる音が数秒間、周囲に響いた。
ノアドラが機能の停止した門を破壊する音を聴きながら、レユネルは不意に、隣に立つ彼に目を向けた。
――一体なぜ、この人は自分をレユネルと名付け、庇ってくれたのだろう。
それは、レユネルにとってはもうすでに解決したはずの疑問でありながら、これまで一時も忘れることができずにいる、レユネルがずっと胸中に抱いている疑問だった。
レユネルがノアドラと過ごした期間は、あまり長くはない。恋人として過ごすには十分な時間かもしれないが、彼女にとっての人生が彼と出会った時からだとするのならば、あまりにも短い。
レユネルとしては偶々彼と巡り会っただけだというのに、ノアドラは自分を大切に、まるで恋人のように扱ってくれている。
そしてレユネルはそんな彼をとても愛して――いや、ノアドラの眼差しは、自分に向けられた感情ではない。
――ねえ、レユネリア。貴女にとってのノアは、どんなひとなの?
レユネルは自分の胸に手を押し当て、深呼吸をする。
レユネル。それは、彼女がノアドラに初めて会った時、彼に名付けられた名前。
そしてレユネリアは、記憶喪失のレユネルの体の、本当の持ち主。
自分の髪を持ち上げ、梳くように流す。
その毛先に宿る黄金は、もう随分と少なくなってしまった。
あと数回のキスで、レユネリアという彼女は自分の体を取り戻すのだろう。
そうなれば、レユネルはレユネリアの中の「ノアドラへの恋慕」という感情のみが独立して表出しただけの残滓として本人の記憶の中に組み込まれ、眠っているレユネリアが覚醒すれば、レユネルという人格はレユネリアの中に溶けてしまうのだろう。
いつか自分は消えてしまう存在。そのことに手を震わせながら、レユネルはボロボロになった門の扉を破壊して進むノアドラの後ろ姿を見ていた。
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