第13話「彼女と彼のはじまり」
……彼女が「レユネル」として名付けられる前、ただの記憶喪失少女だったのは半年ほど前までの事。
半年前のその日も、レユネルは毎日を生きる為に、泥水を啜るような方法で昼夜を問わず働き、ノアドラと出会ったのは次の仕事へと向かう途中だった。
「……待って、……レユネリア?」
思い返せば、随分な声のかけられ方だったと思う。ナンパにしては自身が無さげだし、人違いにしてはやけに確信を持てている。
目を向けてみれば、そこにはピンク頭が特徴的で髪の毛の量が多すぎる、あとは「体の線が細い」くらいにしか印象がない少年が立っていた。
……身に纏う衣服、その全てが泥や煤で汚れている浮浪少女のレユネルは、自分に声をかけてきたそいつを、他の誰かだろうと思い込むことにして、先を急いだ。
今日は、サリカ上層階二階、歓楽街西側の路地裏を流れる水路掃除をこなさなければ。
街を巡回している清掃機も入り込めない複雑な場所らしく、清掃アルバイトの募集があったのだ。
身分・年齢・名前・犯罪歴を問わずに雇ってくれる仕事は貴重だ。
何しろ自分の年齢どころか名すらわからないので、大抵の場所では雇ってくれないし雇ってくれたとしても後で金が貰えない。
故に、前科持ちと同じ扱いであろうと生き抜くには何でもやる必要があった。
その為にも、彼女は今日の待ち合わせに遅れる訳にはいかなかったのだ。
……が。
「……あ、ちょっ、待っ、……!?」
何日も同じ衣服を洗わずに着続けていたら、汚れたり臭ったりすること以前に繊維がほつれたりして脆くなる。
毎日が働き詰めで、日々の生活において「湯浴み」と「着替え」を後回しにし続けた結果――彼女が纏っていた衣服は、謎の声に引っ張られて下着諸共、紙のように破けていった。
「…………」
……まずは、何を言うべきだろうか。
叫び声を上げて誰かを呼び、目の前の痴漢から慰謝料をふんだくる?
それとも張り倒して金品を奪って逃げてしまおうか。
『何よりも生きること』を全としている少女は恋や情欲などといった感情には今のところ無縁だが、記憶が戻り次第そういうこともあるかもしれない。だから、「こういうこと」をする輩には徹底的に痛めつけなければ気が済まな――
「……っ、……!? ……へぅ……!!」
「――――」
――自分が破いてしまった少女の衣服を握りしめて、少年は顔を真っ赤にして固まっていた。
浅い呼吸を繰り返す少年の頰は熱でもあるのかと疑ってしまうほど綺麗な赤りんご色をしていて、白から赤へとさっと染まった少年の耳は赤くて可愛くてとても美味しそうだ。
少年の視線は衣服の間から覗く下着に釘付けになっており、「逃走」や「言い訳」なんて考えるまでもなく、完璧に凍り付いていた。
……また、その光景が――その少年の態度が、少女の胸の内の何かを震わせる。
肌の白い少年の指先は華奢な体つきからしても陶器のように美しく、その指先が震え染まる瞬間は凍えているようにも見える。
その姿はまるで、純情少年――いや、甘酸っぱいイチゴで埋め尽くされたスイーツのよう。
「これから自分がどうなるのか」と青ざめるのではなく、「とんでもないものを目にしてしまった」と恥ずかしがっている。
年齢はおそらく自分と同じくらい。
「……っ!?」
痴漢行為に遭っているのは自分だというのに不覚にも、少女は少年の羞恥に震える姿に見惚れてしまっていたのだ。
「おい! 邪魔だ、退いてくれ!」
「――!」
声がして、少女は正気に戻った。
考えなくても彼女達がいる場所は、決して人通りが少ない訳ではない。
「……っ!」
少女は裸のまま少年の手を掴むと、より人通りの少ない場所へと走り出していた。
建物と建物の間、少女の今日の仕事先だった路地裏と同じような場所まで少年を引き込むと、
「……ご、ごめんっ……! これ、代わりに……」
「…………っ!」
少年が差し出す「金色の」女性物の下着やシャツを奪い取り、身に着けていた。
上半身は別にシャツだろうが何だろうが、暑かろうが寒かろうが別に構わない。スカートというのもまぁいいだろう。ミニスカだがパンツを気にするほど短い訳ではない。
――ただ。
何故少年が自分にぴったりの衣服を持っていたのか、ましてこれほど派手な女性物の下着なんて何の趣味で所持していたのだろうかと少女は気にならない筈は無かったが、取り敢えずは置いておくことにした。
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