第32話「災禍の制作者マルイチ」
「いいわねいいわね、最高に『好い』わね!」
……闇夜に浮かぶ、たった二つの影。
歓楽街娯楽者用宿泊施設〈ピルピートピルス〉最上階、アルティメラ・スイートルーム。
そのベッドルームにて、狂った叫び声が上がった。
掌サイズの四角い端末を覗き込んで、「イイ、イイ」とただひたすらにブツブツと繰り返すのは体の小さな少女。
神覚拡張式薬物〈アヴィヴァルノ〉の過剰摂取による万能感に浸っているかのようにも見えるが、〈アヴィヴァルノ〉は成人からしか使用できない民間販売薬物。
未成年らしい、未成年にしか見えない少女が、そんな薬を吸っている筈がなかった。
「プファー。そんな顔をしていると、薬物常用者に見間違われる。もう少し品位を持て」
ベッドの側にある椅子に腰掛けていた男が、手にしていた本を閉じた。
その男は、少女の体を覆い隠すかのような巨体を持っている。胸元を大胆に露出させ、黒くぴっちりと張り付いたレザースーツを着ている彼だが、下半身は腰周りにあるスカート型装甲の下に踝まであるパンツを履いている。上半身に着ている服はゴムのように光沢のある素材であるのに対し、下はハリがあるものの光沢がない素材で出来ているらしく、彼が衆目の前を歩けば「黄金」とは違う意味で注目を集めてしまいそうな恰好だった。
「トゥウィーニに言われたくない! ……でも仕方ない!? あはは!!」
ため息をつくトゥウィーニに、笑い転げるプファーはそう返した。
自らがトゥウィーニと呼んだ巨漢に対し、プファーの恰好も中々奇抜というか、変わっていた。
彼女はトゥウィーニが適当に選んだ服を着ている。だが、その色は全て金色に輝いており、派手で目立っている。人目につかない、付いてもすぐに忘れられるような恰好を好むはずの、犯罪者である彼らがまず着るものとはとても思えない服装であった。
だが、これは仕方のない事なのだ。
その身にとある黄金を宿すこの少女は、何を着てもその材質が金色に染まってしまう。
ルビーもサファイアも、エメラルドだって、彼女が身につけてしまえば途端に金と化す。
なので、プファーに欲しいものがあったとしても触れる事は許されず、認められるのは側から眺めることのみ。
だが、それでも我慢の限界というものはある。
触れてみたいという欲求と、壊してはならないという理性のせめぎ合い。
むしろ、時間が経てば経つほどその欲求は堅く強くなる。
そして、彼女の中で僅かに、欲求の方が背を伸ばす。
プファーはベッドから飛び降りる。
「――そろそろ行こうかな? あと一歩ってところだし」
夢は儚く、だからこそ美しい。しかし人の夢そのものが最大限に美しいのではなく、壊れるその瞬間こそが最も美しさを感じるし、限度を超えた美しさを放つもの。たとえ壊してでも触れてみたい――結局はそれが、彼女の信じる愛なのだ。
「では、私も行こう」
トゥウィーニも、椅子から立ち上がった。
入り口に向かう彼らだが、彼らがドアノブに手をかけよりも早く、その扉が開いた。
施錠されている筈のその扉が。
「今すぐ床にひれ伏し給え! 君達は既に捕捉されているのだぞ!」
姿を現したのは、槍と鎧を纏った一目でそうだとわかる騎士達。
普段は砦や街の警備に従事している筈の彼らの役割はこの状況下では明確化されていた。
「プファーにトゥウィーニ! 君達の蛮行は既に記録されている! 地下採掘場及び地下水路での爆破計画はいたずらで済まされるとでも思ったのか!?」
それを聞いて、二人は目を細めた。
ひれ伏せ、と言う割には槍に仕込まれた電磁発射式自動装填槍銃の安全装置を解除している辺り、まず無傷で済むとは思っていないのだろう。
(……いや、その状態で我々が大人しく従うと寝ぼけているのかもしれない……か)
そう、内心密かに微笑んだトゥウィーニは、右手を僅かに握り込んだ。
途端――
「なっ、何だ!?」
最上級スイートルームらしい、豪奢に部屋を照らす灯りが突如消え、室内は闇に包まれた。
天井に飾られていたシャンデリアの砕け散る音が聞こえ、騎士達から更なる戸惑いの声が上がる。だが、部屋の中にいてその声を上げなかった者は、一呼吸する間に敵に肉薄していた。
「魔術式(コード)・雷聖槍(バァーン)――」
僅かに顔を上げたプファーの顎の下に槍を突きつける、騎士の男。彼は騎士の男達がこの部屋に突入してきた時、男達の一番後方にいた筈だった。
――何が騎士部隊か。視界が塞がれる程度で慌てふためくなど、騎士とは呼べぬ。
この場にいる騎士達の中で、彼は突入してきた部隊の実質的な隊長であった。
そして、この場所にいる騎士達は彼以外、新しく赴任してきた者達。
これまで五度の魔物との戦闘経験を持ちながら、初めて役回りとして対人戦闘に参加する者達だ。
魔物より人は弱い、だが油断する訳にはいかない――そう口にする彼らを最初は見守るつもりで、背後からついて行くだけのつもりだった。
だが、部屋が暗闇となり、騎士達の呼吸が乱れる気配を察知した彼は即座に対応を変更し、自らが仕留めることを迷わなかった。
想定外の事態が起こること――敵が自分達の強襲に反撃してきたこと――を騎士達に対して責めるつもりはない。
それがどれだけ脅しとして強いものであろうと、効かない時は効かないので、彼は今回の甘々な警告の仕方には目を瞑るつもりでいた。
いざとなれば自分が対処すれば良いし、新兵にはその辺りを追々わかってもらえれば良いと思っていたのだ。
だから彼は、魔術と共に突き出した腕を捻じ曲げられているのに気づき、悲鳴を上げた。
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