第31話「悪意の編纂と神罰の連星」

「……まさか」


 ミオクも、そう思ったらしい……のだが。


「黄金は植えつけられて直ぐに疵が体表に出る。やられたとしたらそこだな……」


「……で、どうするの? この子の黄金は」


「……どうするも何も、取り敢えず吸うしかないだろ。ていうか魔王がうるさいから早く吸われてくれ」


 ノアドラが思わずうんざりした表情を浮かべるほど、彼らの後方で浮遊する魔王ははしゃいでいて。


【もし「あなた」なら、首元……? いえ、後ろから抱き着いてもらってうなじにかぷりと……でもでもでもっ、手の甲にさっとしてもらうのも――――っ!】


 ……本当に、心の底からうんざりしていた。

 そんな彼にミオクは、キリッとした表情でもって、


「……わかりました。それではノア先輩、寝室に行きましょう」


 寝室――と聞いて、ノアドラの心拍数が上がる。しかしそれに乗るわけにはいかない。それよりも、やるべき事は山積みしているのだ。


「待って。吸うだけならここでも問題ない。というかあなたは何をしようとしてるの」


 ノアドラの貞操を守るため、レユネルも自分のしようとしたことを忘れてノアドラの寝室の前に立ち塞がる。

 そんな彼女に対し少しも臆する事なくミオクは、


「昂ぶる私の衝動を鎮めに」


【――――――――!】


 と、あまりの言い草に反応を返さず無視していた筈のノアドラでさえ無視できないような声量で、魔王が叫んだ。


「……っ、と、取り敢えず寝室には絶対に行かないから……ほら、ミオク」


 言ってノアドラは、手招きするかのようにミオクを抱き寄せる。

 いつもレユネルがノアドラにしてもらっている体勢なのが不満だったが、この際ミオクはノアドラに触れられるのならとそれらを考えない事にした。


「のあせんぱい、そんな、急に来られても……っ!」


「……ん……っ。はい、終わり」


 だが、ノアドラはミオクの口に軽く口付けをして、一秒もしないうちに離した。


「みじか……うっ、ぐあっ」


 ミオクはそれを不服と言わんばかりにノアドラを睨むが、直ぐにやめて部屋の端に行き、そこで蹲った。


「う。う。う。……うぐぃああああ」


 黄金が吸収された事で、ようやく戻ってきた理性が彼女を戒めているのだ。

 そんなミオクをよそに、レユネルがノアドラの側に立った。


「……ノア、これからどうするの?」


 無論『何を』については、ミオクに黄金を植え付けた犯人について、だ。


「探すに決まってんだろ。これは人が身につけて良いもんじゃない」


 ノアドラの答えに迷いはなく、その瞳を見てレユネルは安心する。

 そして、


「黄金を扱い、他人に植え付ける力を以ている……これは、おれ達の仲間の仕業だ。『あの場』に居合わせた、魔王を討伐するために参加していた勇者のうちの誰かだ」


 ノアドラは、顔も見ていないにもかかわらず、犯人が誰で、どんな目的でミオクに黄金を植え付けたのかを、悟っていた。

 すべては黄金という鍵が教えてくれる情報。

 あの時、魔王がどのような動きをするのか事前に察知し、自らは決して前線に出ようとせず、その機を窺い、魔王の最期に彼女を掻っ攫おうとした――


(……トゥウィーニ)


 その名を、ノアドラは知っていた。

 世界最悪の犯罪者として、あの時に自分の命を狙ってきた仇敵として。……そして、自分の運命をこれほどまでに捻じ曲げた、最悪の敵として。

 ノアドラは拳を握り締める。この手で、今度こそ奴を潰すために。

 ただ――そんなノアドラの覚悟とは関係なく。


「……キスしていい?」


「な……お前、段々ペースが早まってないか……!?」


 後退るノアドラに、にじり寄るレユネル。因みにレユネルの黄金は前回吸ってから時間も経っていないため、今回キスをする必要はない。

 記憶を失くしたままの彼女は、戦闘に役立てない代わりに、少しでも彼の中にいる自分の割合が少しでも多くなるようにと、ノアドラの首に腕を回した。




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