第33話「災禍の制作者マルニ」

 彼の体は、新米騎士達の纏っているような鋼の鎧に身を保護されているのではなく、「鉱晶繊維」と呼ばれる特殊物質を使用した対物・対衝、魔術や毒にまで対応する完璧スーツを身に纏っていた。

 スーツが纏っている部分であればどんな攻撃にも耐え得る性能を持つその装備は、何ということはなく、プファーが横に薙いだ右手の指先に引き裂かれていた。

 相手をたかが一般人と侮ったつもりはない。地下水路や今は立ち入り禁止になっている採掘場も、一般人では決して立ち入れない領域。

 その場所に侵入して且つ爆弾なぞ設置していっている時点で、只人と侮るつもりはなかったのだ。

 たとえ敵がどんな老若男女であろうとも、情の訴えなど関係なく敵を殺すつもりでいた。

 ……そう、「捕らえる」ではなく「殺す」つもりでいたのだ。


「突入してくるってんなら、殺すつもりで行かなくちゃ。……あれ? 捕まえるつもりで来てたんだよね、そうだよね?」


 だが、目の前の少女はそれをママゴトだと嘲笑った。

 警戒するに値しない、お前こそ甘いと。


「……ぐ……き、さ……!」


 腕を捻り潰され、鋼鉄を超える硬さの鎧は紙のように破かれ。……それでも、男はプファーを睨みつける。

 ふああ、と欠伸すら噛み殺さず目尻に涙を浮かべる少女は、もう男に視線を向けてはいなかった。ただしそれは、少女が男に対して興味を失っていても無力化した男を放置しているわけではなかった。


「黄金の果実(スイート・ラ・ゴールデン)――食肉樹」


 プファーが呪文のように何かを唱えた後、彼女の足元に黄金でできたスライムが湧き、木のように上へ上へと伸びていく。ベッドに立つプファーの身長と同じくらいにまで伸びると、先端を無数に枝分かれさせ、枝分かれした先端には金色の花が咲く。……次の瞬間。


「なん、――ぐぼっ」


 言い返す間も無く、男は全身を花から突出してきた金色に貫かれる。


「シャベルニルド隊長ッ!」


 無数の孔が空くことになった男が死に漸く彼の名前が叫ばれるが、その騎士達が叫んだ時には既に他の騎士達も手遅れの状態だった。

 彼の行動をただ見ていただけの新兵達もその声に気づいて盾と槍を構えるが、彼の体を突き破って向かってきた黄金に、次々と突き殺されていく。


「……う……くっ……わあああああ!」


 シャベルニルドの次に敵から遠い場所にいた新兵の一人が、腕を黄金に貫かれながらも踵を返して逃走を図ろうとして、それに気付く間も無く意識を途絶えさせた。

 開いたドアの外、廊下に向かって倒れる新兵の死体。

 だが、実際に廊下の外に出たのは彼から噴き出た血のみで、肩から下は丁度部屋と廊下の境目、ギリギリ部屋の中に留まっている。

 そして、彼の首はといえば、天井から垂れ下がる蔓のような鞭のような、蛇のようにも見えるトゥウィーニの得物「雷蛇刀」に果実のようにもぎ取られていた。

 得物を操作して男の首を投げ捨て、トゥウィーニはやれやれと首を横に振る。


「……これも、『都市協定』とやらの実害か。面倒な事だ。通貨や法(ルール)が均一化されて利用しやすくなったのはいいが、貿易手段や超長距離通信技術の確立のせいで、こうしてバレやすくもなる。今まで殆どの街が自給率一〇〇パーセントを維持出来ていたんだから、わざわざそれをする理由もないのにな」


 嘆息するトゥウィーニに、死体を散々穴だらけにして気が済んだのか、シャベルニルドの死体だった肉の破片をカーペットの上に投げ捨てるプファー。

 元々白色だったそのカーペットが血で真っ赤に染まるもそんなものには目もくれず、押し広げていた黄金を体の中へと呼び戻した。


「それ、私たちが都市を潰して来たからじゃないかな。名前がバレてるのも、多分そのせい」


 真面目に考え込む様子のトゥウィーニに、プファーが指を立てながら指摘する。

 トゥウィーニはその指摘で漸く気づいたらしく、顔を上げた。


「……そうか。私達が原因か。ならば仕方ないな」


「それより早く離れなきゃ」


「確かにそうだ」


 プファーが部屋の中を振り返る。シャベルニルドの電撃の槍の先端がコードに触れたせいでコードが焼き切れ、床に落下したシャンデリア。支配人がこの場に入って来たのなら、とても「ハードなプレイをしていた」で許してくれるような被害に止まっていないのは確実だ。

 そして、叫び声や血飛沫が上がり、照明が落ちる音もした。極め付けは、逃げようとした男の血が廊下に流れてしまったことだ。

 此処がそういう目的で使用される事もある場所であるからとはいえ、流石に他の客達にバレていないとは思えない。

 だが、いくら自分達が犯罪者でこのホテルに泊まっている客も少ないからとはいえ、他に客が宿泊しているこの状況で魔術や武器を持ち込むのはいくらなんでもやり過ぎている。

 ――ということは、つまり――


「……プファー。窓から逃げよう」


「ん? おっけえ」


 中を通って出るのはマズイ。よくよく考えれば、三日間も清掃員が部屋に入ろうともしてこなかったのは異常だ――そう考えたトゥウィーニは、いつでも脱出できるようクローゼットに纏めておいたアタッシュケースを手に、自らの案に即座に了承したプファーと共に最上階アルティメラ・スイートルームのベランダから直接飛び降りた。

 しかし、ベランダを乗り越えた直後に、何かやり残した事があるのか忘れ物か――トゥウィーニが、背後に在る〈ピルピートピルス〉に振り返る。


「おっと。忘れていた」


 ずっと騎士達の突入時から握ったままだった右手を開き、――この街最大最高のホテル〈ピルピートピルス〉が、爆炎と黒煙に包まれた。

 紅蓮に包まれるホテルを尻目に笑みを作るトゥウィーニ。通り名、「逆矩(さかがね)トゥウィーニ」。あらゆる道に反する叛人類。

 背中から噴き出した黄金の翼を広げ、落下するトゥウィーニを腕から伸ばした黄金で掴むプファー。通り名、「真皇プファー」。トゥウィーニの指示ならどんな大規模犯罪も躊躇いなく犯す、善悪のストッパーが壊れている少女。

 今まで直接アクションを起こす事のなかったこの二人が、行動を開始した。


『警戒。サリカ 階、歓楽街にて大規模爆発発生。死者二〇〇名超、重軽傷者四〇〇名余り。犯人は現在も逃走中。犯人は騎士部隊を相手取る能力を保有。各階、警戒されたし』


 ――これよりサリカは、戦場と化す。




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