第27話「ミオク・フェスティバル」

「ミオクといいます。ノア先輩の後輩です。……一応、あなたの後輩という事にもなっています。ちっ」


「なんで舌打ちしたの? 出て行ってくれて構わないよ?」


 正面から向き合って、顔を付き合わせるミオクという少女とレユネル。

 なぜか出会ってからずっと剣呑な雰囲気を保ち続けている彼女らの間に割り込むように、ノアドラは飲み物を置いた。


「……なんでお前らは、片方は記憶失くしてんのに変わらず喧嘩やってるんだ……」


 そう言って、ため息をつくノアドラ。今日はいつもよりも多くため息をついている気がするが、その分幸せは逃げて行ってしまっているのだろうか。帰ってきてくれないだろうか――と考えながら、ノアドラはそれぞれに麦茶を差し出した。

 ノアドラから麦茶を受け取って、レユネルは目の前に座った女を睨んだ。

 ミオク・フェスティバル。職業勇者。ノアドラの後輩で自分の後輩でもあるらしいが、先程から微塵も敬意を感じられない。余程失礼な奴だなと決めつけて、年下であろうと年上であろうと彼女に対してのマウントを獲る為に、レユネルはいつも通りのアレを今日も行う事にした。

 ――ただし、微妙に趣向を変えてではあるが。

 隣に座るノアドラに向き直り、レユネルは胸元をはだけさせる。


「ノア……吸って? 今日も体が怠くて……」


 吸う。その場所が、さもその胸元であるかのように強調しながら。


「う……ここでか? ミオクが見てるんだぞ……」


 ぴくり、とミオクの眉が動いた。


「ダメ……今すぐここじゃないと、すぐに吸ってくれないとおかしくなりそう……」


「……わかったから、あんまりくっつく――」


 ガラスにヒビが入った音がノアドラの耳にハッキリと聞こえた。


「……ノア先輩? 何を……?」


「まっ、待てミオク! これは違う! ただの医療行為だ!」


 ここまでそれが嘘に聞こえるセリフもあったものだろうかとノアドラも自分で話していて気づくが、もう遅い。

 純粋に問いかけるフリをしてぎゅっ、と拳を握りしめるミオク。

 ただそれだけの行為で、麦茶が注がれたコップが砕け散った。――気がした。

 お互いに立ち上がり、見つめ合う二人。そこに色気など微塵もなく、純粋な闘気だけが満ちていて、ノアドラは彼女の怒りに完全に気圧されていた。


「――っ!」


 掛け声もなく、ノアドラは走り出す。

 それを追ってミオクも走り出した。

 二人が部屋から出て行った後、一人取り残されたレユネルは部屋の隅で固まっていた猫を抱きかかえて、満足げな様子でノアドラが注いだ麦茶に口をつけた。




 その少年が少女達の前から姿を消したのは、魔王を討伐した日の翌朝のことだった。

 置き手紙もなく、一言の挨拶もなく。妙にキチンと整えて置かれていた彼の私物だけが部屋に取り残されて、彼だけがいなくなっていた。

「何かがあった」……ずっと彼と行動を共にしてきた少女達は、少年の身に起きた異変をすぐさま察知し、仲間のために逃げた少年の行方を追った。しかし、桃色髪で長髪という誰もが一度は記憶するはずの特徴を携えた彼は、彼女達と同じホテルで就寝したのを最後に、誰も目撃していなかったのだ。


『ありゃあまあ。嬢ちゃんたちの他に愛しい人でも見つけたかね? そいつと駆け落ちしたって可能性は?』


 露天商の爺が言う可能性も、彼をごく普通の人間として扱った場合、否定はできなかった。だけど、少年の本質を知っている少女達はその可能性を一蹴した。

 自分勝手なくせにさみしがりで、そばに誰かがいないと生きていけないことを自覚しているあの少年が、誰かと幸せになろうとするはずがない。

 以前彼はこんなことを言っていた。


「誰かのそばにいたいと願っていいのは、心の独り立ちができるやつだけだ。そばにいるだけじゃなくて、誰かに支えてもらわないと掴まり立ちも出来ないおれが、幸せなんて欲しがったらダメだろ」


 後輩の少女にはその言葉がどうしても少年のSOSにしか聞こえなかった。

 指摘してみる。


「……助けてほしかったら助けてくれって、言う。おれは大丈夫だから」


 論点がずれていて、はぐらかされてしまった。

 仕方ないので少女は、少年の身体に訊いてみることに。


「ちょっっっと待て! 明日、大事な作戦なんだけどっ!?」


「こっちもちょっとで済みますから。ちょっと、先輩の貞操を借りるだけです」


「貸し出し不可ですっ!」


「では館内で使用しますから」


「誰か助けてーっっっ!!」


「…………」


「いや黙って観てないで助けてくれませんか!?」


「ノア、お菓子食べていい? 確か昨日コンビニで買ってたよね」


「そっちはもうちょっと関わってくれない!? 幼馴染の危機なんだけど!」


「私が先輩の危機を救います」


「……あ、わたしもお菓子たべるー」


「こっちがおすすめ。そっちのスプラッシュナットウは口の中で臭みが弾けるだけだからやめといたほうがいい」


「おまえはとりあえず離れっ……ちょ、ほんとに助けてくんない!?」


「……えー、ほんとかな」


「昨日ノアで試したから確実」


「ならやめとこ」


「朝のあの臭さはおまえのせいかよっっっ!?」


「『好き』あり」


「えっ、……あ、あああああああああああ!?」


 時にはそうやって、閉じてしまいそうになる少年の心の殻を強引にぶち開けたり。

 それなりに少年とは心の絆(ついでに身体の距離)を縮めてきたはずだが、それでも少年の心を変えるには至らなかった。

 誰かを救いたいと思っているくせに、自分を救おうとは微塵も考えちゃいない。勝手に傷ついて、誰にも看取られずに死んでいく。そんな未来を自分の幸福だと語る、大馬鹿者。

 そんな様子では、救われた者が納得しない。……というか、救われた人が胸を張って生きていくことができない。「自分は助けてくれたおかげでここにいる」のと「自分は助けられたせいでこんなところにいる」とでは、全く異なる道を歩むのは明白だ。

 誰に、何を誇れる行いをするか、ではない。自分に納得し、ありのままの己を肯定すること。それこそ、人が生きていくに必要なものだと少女は考えている。

 だって。

「誰か」に何かを誇らなければならないのなら、ヒトが一人分の人生を生きていくには、不自由がすぎるからだ。




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