第26話「脳裏を掠める、淡い記憶」

 二年前。サリカの遥か北に位置する都市、ペリスタデディア。

 馬で行けば五日はかかり、自動車ならば一日かかるという距離にあるこの街は、限られた土地の中に縦に面積を積み重ねるという特殊な造りをしているサリカとは違って、標高二〇〇〇メートル級の山二つと直径一〇キロの湖が四、五個すっぽりと入ってしまうほどの「横に広く縦にも大きくついでに地下も色々」な土地を持つ。これほどの広大な土地をぐるりと囲む壁はなく、日々魔物や盗賊などの侵入を許してはいるが、それらが街の中心部に到達することは決して無い。というのも、ペリスタデディアの壁として機能するのは街に所属している騎士団の人間であり、さらに都市の中への侵入は街の上空に張り巡らされた「外部からの無断侵入を感知する機能を持つモノ」によって明確に、そして容易に知られてしまうからだ。

 日中は誰でも目にすることが出来るという「それ」を観ようとノアドラは顔を上げるが、生憎とこの日の天気は一日を通して空がどんよりと濁った「くもり」だった。

 夜には雨が降るだろうと言われていたものの、午後五時を超えても尚、街に雨が降る様子はない。

 しかし湿度は高いので、服の中で蒸れて肌がじっとりと濡れる。

「見れないなら見れないでまあ別にいっか」と顔を下げ、湿気を逃がすために胸元をパタパタと仰ぎながら、ノアドラは自分が前にしている任務掲示板に目をやった。

 街の北西部にある広場の端に設置された、見上げるほど大きな掲示板だ。勇者はこの場所で好きな任務(クエスト)を選び、申請してそれが承認されると任務が開始となる。これまでの街とは違って受付嬢が存在せず、迅速に任務に出立できることもこの街の任務形式の特徴だ。そしてボタンも何もない真黒なその掲示板は、ノアドラが視線を向けるだけで彼の視界に何百という数の任務を貼り付けてきた。

 任務の内容はと言えば、街の騎士団に加わり警護を規定時間行うものから侵入した魔物の討伐や捕獲、調査など、任務の種類自体は十にも満たないが、一種類それぞれの数は非常に膨大だ。最高は一種類につき四〇〇、最低でも二〇〇個と、それら一つ一つに目を通していてはそれだけで日が暮れる。何よりこの場にいる他の勇者達も同時に掲示板に目を通しているのだ。もたもたしていては目当ての任務を取られてしまう。

 適当にフィルターをかけ、高給でできるだけ難易度の高い魔物の討伐任務を洗い出し、その中から適当な任務を選び取る。あとは立体映像の申請ボタンに触れるだけ――というところで、横から別の書類(データ)が差し込まれた。


「――ノア先輩。次はあの任務です」


 ノアドラの視界に表示する上から新たに表示されたそれは、合計千個以上はある任務の中でも、誰も手を出さない、出そうとしない……四人以上のパーティが大前提の最高難易度の任務。どう見ても自分個人が手の出せる領域ではない。

 しかしノアドラは、その差出人に対して首を縦に降った。


「いや……ああうん、わかった」


 白髪の少女ミオク。ノアドラよりもほんの少し身長が短い彼女は、ノアドラの返事を確認すると満足げな表情で頷いて承認ボタンを押す。

『申請ボタン』ではなく『承認ボタン』だったところを見ると、彼女のノアドラに対する問答は判断を訊くというよりも確認を取るという意味だったらしいが、それを見てもノアドラに任務に対する反発心は生まれなかった。


「おーい、ミオクー、ノアドラー!」


 広場の向こう側、掲示板の前に集まる勇者達の邪魔にならない場所でノアドラ達が任務の受付を済ませるのを待つ者達がいる。

 手を振り、二人を呼ぶその人影は、明るい笑みを浮かべている。

 反発心が生まれない理由――それは、彼とミオクには心強い仲間が居たからだ。

 それも、単に利用し合うだけの思い入れのない関係ではない。どんな時でも手を差し伸べてくれて、こちらの差し出す手を信じて取ってくれる――そんな、誰よりも信頼できる仲間。

 喧嘩は勿論、パーティが解散しかねないような危機も幾度となくあった。

 しかしそれでも、誰もが「パーティを解散させたい」と言うことはなかったのだ。

 揉め事を起こしても、心の底から憎む気持ちにはなれず、いつも最後には仲直りできていた。

 そしていつしか、ノアドラは彼らの事を何よりも大切に考えるようになっていた。

 いつも仲良しとはいかない、けれど心の底から笑い合える――そんな、家族のような存在。

 ……だが、これから数ヶ月後、この関係はパーティリーダーの失踪によって突然の解散を迎える。

 数ヶ月後の、魔王討伐戦への参加の後に。




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