第25話「大変身と確かなものを見抜く心」

【……変身してください、ノアドラさん。彼女が目にしたことのない誰かへ。……そうすれば、この危機を回避できます】


「……っ!」


 お互いが繋がっているこころ――精神を通して、彼も魔王の意図を瞬時に理解する。そして、行動は素早かった。

 ノアドラは彼女から体ごと顔を背け、胸元へと手を伸ばす。

 そして、自ら傷口を抉るように、その胸の黄金部分に右手を差し入れた。

 ぐにゅり――――――――黄金が粘土のように形を変え、ずぶずぶと差し込まれる右手を飲み込んでいく。そして、すぐに変化は訪れた。


「……ノア先輩。そうやって顔を背けても無駄です。私は先輩の顔を見間違えたりしません」


 身長は変わらない。が、それ以外の全てが変わっていく。


「……お」


 少年の瑞々しさを保っていた皮膚は乾き、肌に浮かぶシミと皺で身体は老人のように痩せ細っていく。


「お? ……?」


 歯を剥き、加齢臭こそ無いものの、髪も頭皮が見えてしまうほどに薄く、痩せているからか、二つの目玉は飛び出ているかのように見えてしまう。


「ノア先輩。何をしているんですか?」


 しかし、此処が暗がりであるが故か、そのノアドラの変化は少女にとってただ身悶えしているようにしか見えなかったらしい。

 手を伸ばした少女の指先が、ノアドラの肩に触れる。

 ……ゆっくりと、ノアドラは振り返った。


「…………ハァ、ロゥ」


「……もう。ノアせんぱ――っ!?」


 自分が手を伸ばした人物――人違いではあったが――のその異相に、ずっと彼を見つめていた少女は慄き、後退った。

 何か、自分が今までに体験したことのない「恐ろしさ」でも見てしまったかのように。

 その少女の反応で自分の変装の効果の程を実感したノアドラは、古び腐ったような、「笑み」のカケラもない「笑顔」を浮かべた。

 周囲に腐臭が漂い始める。吐き気を催してしまう程のそれはノアドラを視た少女の錯覚が作り出した「存在しない臭い」なのだが、ノアドラが前にする少女は確かに、顔を顰めている。


「……おお、お若い娘さん、誰かと勘違いしてはおらんかね。ワシの名はレクスダーテ。人の捨てたゴミを漁り、泥水を啜って生きるこの老骨が誰かと間違えられるとは思えんが……もしかして、それほどワシ、イケメンに見えたかの?」


 誤魔化すため――ノアドラは、名を変え声を変え――体格や皮膚の状態すら影のうちにごまかして、どの街でもよく見かける浮浪者へと変貌を遂げたのだ。


「……えっ、あれ、……? ノア先輩、じゃない……? ……だって、ノア先輩の声が聞こえたのに……」


 指の隙間から戸惑いの声を洩らす少女。ノアドラの目論見通り、少女はノアドラの変装を見破れずにいた。

 叫んだ――つまり、見つかったのはノアドラだけ。物陰に隠れていたレユネルまでは、発見されてはいなかった。

 ゆっくりと、老人らしい緩慢な動きで立ち上がりながら、


「ノアドラというのは知らんが、ワシではダメかね? どれ、てくにしゃんの技術を教えてあげよう。ふえふえふえ」


 フェッフェッフェと笑いたかったのを、緊張したノアドラは「ふえ」の連呼のようなおかしな笑い方にしてしまった。

 だが別にこれで構わないだろう。元から、変なやつとして彼女に見られたかったのだから。

 だがしかし、その笑い方がまずかったのだろうか。引き気味に後ずさっていた少女が突然その手を掴み取ると、こう言ってきた。


「――いえ、私がノアドラ先輩を見間違える筈がありません」


 嗄れた笑みを浮かべるノアドラの目を覗き込んで、人が変わったような態度で彼女はそれを言った。


「……おやおや、困った子だねえ。本気にしてしまうじゃないか。……!? ……ぐっ、ゲホっ!?」


 彼女の手がノアドラの胸に触れる――と同時、ノアドラは激しく咳き込み、吐血した。

 原因は不明だが、黄金の機能がノアドラの身体の侵蝕を開始したのだ。

 全身に広がっていた黄金の変装が波打ち、収縮していく。つまり、変装が解けていこうとしているのだ。

 だが、それを止めようとする前に、意思を上回る激痛がノアドラを襲う。

 脚から力が抜け、倒れようとする。変装も完全に解けてしまった。

 老人から少年の姿に戻ってしまったノアドラを、少女は優しく受け止める。


「……やっぱりその傷、ノアドラ先輩に間違いないですね」


 ノアドラの両手首を交差させるように掴んで彼の頭上に置き、掌から作り出した光輪を路地裏の壁と接着させながら、ノアドラの腕に嵌めた。


「……こんなもん、すぐに外して――っ!?」


 腕に力を込め、破壊しようとするも光輪に力を押さえられる。

 想定外に拘束する力が強い。まさか、あれから成長しているとでもいうのか。


「……ミ、オク……!」


 ノアドラはその少女の名前を呼ぶ。


「……はい、ノア先輩」


 ……彼女の名を叫んでみたものの、逃れられる気がしないノアドラだった。




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