清楚魔王とあんみつ勇者 第一章

隠れ潜む勇者

第1話「命のやりとりと、命の痛みと」

 黒。

 濡れたような漆黒色の鋏が、薄暗い空間の中で形を持った。

 暗闇を照らす蛍光灯の光に反射して、見るのもおぞましい魔物の形相が浮かび上がる。

 楕円形の胴体に、昆虫類の節足を思わせる四本の足。

 足の先は二股に分かれており、足の先端が着地する度にジョキン、と地面を切り裂いた。

 そして――三つの大きな目玉と大きく裂けた顎門。仮に彼が温厚な性格であったとしても、見た目だけで忌避感を抱き、嫌悪する人間が殆どだろう。とはいえ、魔物であるのだから理性なんてものは無いのだが。

 そして、蜘蛛の足を間引いて構造を簡易化したような形をしているその魔物は、何かと戦っているらしく、彼が巣としている地下水路の狭い道の中で敵と頻繁に衝突を繰り返していた。

 四本足でしっかりと体幹を取り、敵の攻撃を、四本足――ではなく、口の中から生やした四本足よりは小型であるものの数が多い『爪脚』を突き出して迎え撃つ。


「らあっ!」


 無数に発射された突撃を、敵が叫び声と共に迎え撃つ。だが、魔物の彼と違って敵の腕の数は四本。しかもその内の二本しか攻撃には使わず、残りの二本で敵は自分の体を支えている。

 四本足で歩き攻撃する時は口の中の獲物を使う魔物にとって二本の足だけで完璧に自分を支え行動する動物は初めて見るものだったが、そんな事よりも魔物にとって重要な事実が彼の目の前には転がっていた。

 敵は自分のように攻撃の手数を持っている訳ではない。

 しかし、体重を支えていない方の二本足の先には、奇妙なものが取り付いている。

 見た所、彼のように何かを切り裂くための爪や鋏にも見えない。

 いや。この薄暗い最中、蛍光灯の僅かな光を反射して眩く金色に光るそれは、爪に見えなくもない。が、あんなに伸びた爪であるならば、すぐに折れていなければおかしい。

 そして敵は、その爪のようなものを使って自分の繰り出す爪脚の攻撃の尽くを叩き落としている。それが、彼が目の前の敵と激戦を繰り広げている理由だった。

 今まで彼がこの爪脚の攻撃で仕留められなかった敵などいない。だが目の前の敵は現に生き残っている。

 しぶとい。

 殺さなければ。

 実際に彼がそう考えた訳ではない。そう考える思考回路や脳がそもそも彼には備わっていないのだから、この敵に対して「戦力的に負けである」という判断を下せないでいたのだ。

 そしてその思考回路の欠如こそが彼にとっての致命的な一瞬となってしまうのを、彼は知らない。


「……っ!?」


 魔物の頭上に振り下ろされた一撃、それを回避する為に彼が取った行動は「右に避ける」というもの。

 だが、本来生物が備えているべき基本的機能、緊急時危険判断システム『学習』ですら魔物には縁が無い。

 故に彼は、『攻撃』を自分が避けた結果、その後に起こる事象を予測することは出来なかった。


「――っし!」


 着地した魔物の足が、地面に張り巡らされていたツルのようなもの――電気系統ケーブルを切断する。それによって地下水路内を照らしていた蛍光灯の明かりが消えた。

 敵は好機とばかりに声を張り上げるが、彼はそもそも光源に頼って敵を捉えてはいない。

 元々光など無い場所で産まれた彼は、更なる敵の追撃にも対応できて――


 ――――?


 ――足が、動かない。

 敵は既にこちらに飛び掛かっている。避けるか防ぐかしなければ、その攻撃を受けてしまう。

 ……だが魔物は、自分自身の足が何故動かないのか、理解できない。

 まさか新たな攻撃か――!? と反射的に注意を割いてしまった時点で、勝負は着いてしまっていた。


「――っ! だあああああ!!」


「――――」


 雄叫びに振り返る魔物。その真正面に刀を振り下ろす敵。煌めく黄金の刀が、魔物の視界を塗り潰す。

 そして、魔物の視界が、意識がブラックアウトする。

 音を立てて崩れ落ちる魔物。彼は、爪のような何か――金色の刀によってただ頭から尻に至るまで、二つに両断され、ただ、活動を停止させた。







 その魔物が沈黙してから、およそ二分。


「……んっ、……やば、体液が臭いな……」


 刀を振り下ろしたまま肩で息をしていた少年が、ようやく魔物の死体から刀を引き抜いた。

 そして、何を思ったのか己が着ている服をめくり、その刀身を握って剣先を己の心臓に突き刺す。

 少年の肌から血が吹き出る――かと思いきや、何事もなくその刀は少年の身体の中へと呑み込まれていく。

 少年が胸の傷を堪えているのではない。少年の心臓の位置を庇うようにして彼の胸に広がる黄金色の物体が、自らが産み出した黄金色の刀を呑み込んでいるのだ。

 黄金が黄金を、刀の柄まで呑み込むと、少年が身を震わせた。


「うひゃ。……汗かいたなぁー」


 額に噴き出た汗が彼の体を伝って服の中へと入り込み、彼の背中をじっとりと濡らしたのだ。

 それ以外に、刀を呑み込んだ少年に、何ら苦しそうな気配はしない。

 そして――少年の眼前にあるのは、少年が先程まで戦っていたばかりの、蜘蛛と蟹の折衷案の様な形をした魔物の死骸。


「……なるべく施設には傷をつけないでって言われてたんだけど……まぁまぁ、配線取り替えれば済む話だし、ダイジョウブだよな」


 少年の視線の先には、深々と地面に突き刺さった魔物の足がある。

 魔物が少年の攻撃を避けた際、鋭過ぎる魔物の足先が災いしてケーブルどころか石に亀裂を入れて地面に埋まってしまい、抜けなかったのだ。

 ……この分の修理費、差し引かれるのか。

 いくら彼が「勇者」であるとはいえ、この「街」では特別扱いしてもらえるとは思えない。

 魔物の討伐報酬と地下水路の修理費を見比べて、手元にはさほど残らない事を悟った少年は、がっくりと肩を落として魔物の死体を恨めしげに蹴り上げた。

 しかし。


「……っぐ!? ……ぐ、う……!」


 痛みがあった。

 魔物を蹴り上げた脚にではなく、胸に広がる黄金色の痕に痛みを覚えて、少年はうずくまる。泣き叫ぶほどではないけれど、呻く程度には響く痛みだ。

 だがこれは、少年にとって想定外の痛みではない。あの「黄金の剣」を使えばこうなることはわかりきっていた。つまりは代償だ。

 それほどの痛みを迎えなければ、才能の無かった少年は戦えない。だけど、だからこそ使わない「わけにはいかない」のだ。

 少年は、絶命したために身体構造を保てなくなった魔物の体が霧散する数分後まで、胸に広がる黄金の痕を抉らんばかりに爪を立てて苦しみ、うずくまっていた。


「……あ、あぁ……っ」


 やがて魔物の体が霧散すると同時、胸を中心にして体中に根を張っていた痛みも引いていく。魔物の死体が完全に消え去ったのを確認すると、彼は立ち上がってその場を立ち去った。




————————————————————


斃された魔物は体が腐ることと同じ原理でその体を霧散させる。しかし、ごくまれに強すぎる力を持つ魔物の肉体の一部はこの世に残ることもある。


最後までお読みくださり、ありがとうございます!


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