第40話「全ては我が内に封ずる魂の赴くままに」

 二人が戦っている最中、戦闘に参加できないレユネルは不意に空を見上げた。

 音がしたのだ。流れる風の中、その中に僅かに聞こえる、羽ばたく音が。


「あ」


 どこかの通気口から侵入してしまったのだろうか。小鳥が歓楽街の上空を旋回していた。


「……どうやって外に出るんだろ」


 そういえば、自分も街の外に出たのは魔人戦の時一度きりだ。あの後すぐにミオクと合流して家に戻ったし、空を楽しむ暇なんてある訳がなかった。

 ……今度、街の外に出てみたい。ノアと一緒に。

 そんな事を考えながら、レユネルが視線を元に戻す――と。


「……わーあ」


 ミオクとトゥウィーニが、お互いにギリギリの所で外れる攻撃を音も立てずに撃ち込み合っていた。

 二人とも、回避技術を念頭に技を磨いているのだろう。風が鳴る程の豪速でも刺すような神速でもなく、避ければ当たらない程度の攻撃で相手を牽制し、自分には絶対に回避させる。それが相互関係の相乗効果を生み出したのかどうかはわからないが、第三者視点から見ると、まるで演舞をしているかのような型にはまった戦いになっていた。

 その演舞の最中に、二人は言葉を交わす。


「黄金の味はいかがでしたかっ!」


 トゥウィーニは拳で地面を砕き、石礫をミオクに飛ばす。


「あなたの仕業!?」


 人体に直撃すれば骨にヒビが入るかもしれないその攻撃を手の甲で受け止め、薙ぎ払うことでさらに細かく砕くと同時に飛ばし返して、他の石を相殺しながらミオクは応える。

 トゥウィーニは腰元の装甲から発生させたバリアでミオクが返してきた砂礫を防ぎつつ、ミオクに殴り掛かる――と見せかけて、彼の身の丈ほどもある長槍で斬り払う。

 回避するために距離を取ったミオクに穂先を突き付けて、トゥウィーニはミオクの指摘を肯定した。そして、その行動の意図も口にする。


「ええ! ……かつての作戦時間中、あなた方のことも注意深く観察しておりました。そして、当時から私は知っていた。あなた方が抱える歪みの治し方を。……そして昨日、あなたが彼に素直になるための、ほんのささやかなお手伝いをして差し上げました。本来であれば、頭を下げられることはありえても、こうして刃を向けられる謂れなどないのですがね!!」


 まっすぐに駆け出し、しかし姿勢を深く沈めることで槍の突きを回避する。地面を手で押し退けて体を跳ね上げ、槍を横から砕く。


「余計な事、をっ!」


 槍を砕かれたトゥウィーニは振り下ろす右拳でミオクを地面に叩きつけようとするが、蹴り抜かれたミオクの剛脚が、彼の腕を弾く。……トゥウィーニの動きが止まった。


「……なんですって?」


 ぎろり、とトゥウィーニはミオクを睨む。睨みながらトゥウィーニは左手に握ったナイフを突き出すも、ミオクに再び距離を空けられて躱されてしまう。


「私が素直になったところで、ノアドラの心は閉じていくだけ! そんなものに意味はない!」


 叫んで、ミオクは再び殴り掛かる。トゥウィーニはその激突を、両腕を胸の前で交差させて受け止め、すぐさま膝蹴りで反撃。


「……余計な事? いいえ、あなたはあの少年に対して心を開けずにいた。彼が心を閉じているのではない、あなたの心が、彼を前にして拒絶しているというだけのこと!」


 彼の蹴り上げを片手で受け止めたミオクが、二回目の右拳を彼の右脇腹に叩きこんだ。


「どんな方法でも私達の間に入ってくるな!」


 しかし、その攻撃はトゥウィーニの肘に相殺される。


「おかしな人だ! あなた方ができないから、私が支援してあげようというのに!」


 彼がミオクの腕を掴み、ミオクは腕を強く引いた。


「そういうのがいちばんムカつくんですよ! 心は上辺だけじゃ意味がない! 好きな人に『愛してる』と言わせるのではなくて、私の気持ちを伝えることが大事なんです! 私が、やりたいことを邪魔するなっ!」


 彼女の腕を握り潰さんとばかりに握りしめていたトゥウィーニは自分よりも体躯の小さな敵の力に体勢を崩される。ミオクがそのまま固めた左拳の一撃を鳩尾に叩き込もうとして――体をひねったトゥウィーニのバリアに触れ、彼はバリアごと殴り飛ばされた。


「ぐっ!?」


 その僅かな苦悶の表情と同時に、ずっと斬り合い、殺し合っていた二人の戦いに変化があった。……しかし、それもわずかなもの。トゥウィーニを突き飛ばしたミオクは声を荒げるものの受けた傷はなく、トゥウィーニの方も装甲に擦り傷ができただけ。まともにダメージを喰らっていない。

 これではいつまでも二人は戦い続けるだろう。先に体力の尽きた方が負けになるが、仮にも勇者を名乗るような彼らがそう簡単に底をつくような量の体力の筈がないし――とまで考えた所で、レユネルはある異変に気付いていた。

 ……あれ? 相手の方、いつのまに武器を出したんだろう。

 気付けば、トゥウィーニが彼の武器を手にミオクに向けて振るっていた。

 トゥウィーニの攻撃よりワンテンポ遅れて鞭の先端がミオクに襲いかかる。だが、ミオクはそれすらも回避して見せ、踏み込んだ彼女の一撃がトゥウィーニの胴を捉えていた。

 ――そう。最初互角かと思われたミオクとトゥウィーニの勝負は、ミオクが一方的にトゥウィーニを掌の上で転がしていただけで、最初から相手になどなってはいなかった。


「……バカな、そんな! 私の身体は黄金によって強化されている!  それがこうも……っ!」


 トゥウィーニの顔に、明らかな焦りが浮かんでいる。ミオクに対して、苦戦している表情だ。

 トゥウィーニが鞭を振り上げる――と、鞭は振り抜かれる軌道に沿って歓楽街の床に斬痕を刻む。が、その一直線の攻撃を避けながらのミオクの右ストレートパンチがトゥウィーニの鼻をへし折った。

 鼻を押さえながら、トゥウィーニはさらに取り乱す。


「なんでだ! どうして! 黄金を取り込んで身体能力が下がっているはずの君が私の攻撃を掻い潜ってこうも出来る!? 何か武器を使用しているのか!?」


「いえ。何か間違いが起きているのでしたら、それはそちらの計算違いでしょう。普段鍛えていないから、ドーピングに頼ってもこの程度しか出せないんですよ。それに、私達勇者が暴力を振るうのは魔物相手のみ。いかなる理由があろうとも、私達は人間に対して魔術を行使しませんから」


 と、事も無げに言ってのけるミオクに、トゥウィーニは持っていた武器を取り落す。


「――申し訳ありませんが。色々な思惑があるようですし、叩き潰させてもらいますね」


「……」


 それまで、我が精神を最強と信じて疑わなかった男は、最後にこう零した。




「……素晴らしい。それでこそ『操り甲斐』がある」




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