第29話「眩いほどの闇に煌めく、悪の暁星」
「……、さて。計画はいかなるものか……」
薄暗い暗闇と眩い光の空間の狭間で、声があった。
目を閉じてしまいかねない程の光量を持って空間が照らし出されているが、部屋の中心部分に置かれた境目を挟んで反対側は、一歩先であっても見通す事の出来ない暗黒空間だ。
本来であれば暗闇を照らす光が暗闇の部屋を照らし出している筈だが、二つの部屋の間に仕切りが何もないその状態で、光と闇は均衡を保っていた。
重要なのはその境目。この世は全て如何なる場所、人が把握出来ない時間であっても、おおよそ光と闇のどちらかで埋め尽くされているというのに、その一メートル程度の幅がある境目には光も闇も、立ち入る事を許されてはいない。
世界中どこにでもある筈の光と闇、そのどちらも入っては来れないその場所で、二人の人影が向かい合っていた。
一人は二メートル近い巨躯にそれに見合う筋骨隆々の肉体を持ち、褐色に焼けた肌にワックスで整えられた黒の短髪青年。
そして身に纏うべきもの、腰布一枚すら巻いてはいない、全裸だった。
仁王立ちの腰に手を当てて胸を張るその姿、顔には羞恥というものが一切見えない。
そのあまりに堂々とした姿は『全裸を好む者』と語られてもおかしくはないが、彼の股間部を謎の光が覆っているので、事案になる様な事はなかった(問題解決には至っていない)……筈だった。
彼の御前に『少女』が『体育座り』をしていて、彼を見上げていなければ。
〈これによりこの青年を『全裸変態』或いは『全裸巨漢』あとは『変態』が付いていれば何でも良いとする〉
その変態が向かい合うのは、彼よりも随分と体躯の小さな少女だ。
だが、彼女は普通の人間と同じ容姿をしているわけではなかった。金髪に金色の眼、服に至るまでが金箔を纏っているかのように染め上げられているという豪奢ぶり。ただその彼女の肌、手先や足先に至るまでもが金色に染め上げられていて、青年が相対しているのは銅像ならぬ金像……のような少女だった。
体育座りをしていた少女の金指が、ピクリと動く。
「……ダメ、だった」
酷く落ち着いた――聞きようによっては落ち込んでいるようにも取れる、鈴のような高音で少女は息を漏らした。
「ダメだった、とは?」
少女の前に立つ全裸巨漢が腰に当てていた手を顎に当て、首を鳴らす。
少女はそれに落ち込んだまま応えたように見えた……のだが。
「……定点に仕掛けた爆弾が、濁流に呑み込まれて消えてた」
少女の瞳には、はっきりとした憎悪の闇が宿っていた。
憎々しげに、眼前の映像を睨み付ける。
ちなみに、この少女の眼前にはモニターも通信機器も何もない。
ただ、彼女の目は透き通っていた。
人によってはそれを「遠い場所を見ている」と表現するのだが、彼女は文字通りの「遠い場所」を見ていた。
「……いい加減観察をやめ給え。もう三日も精神集中に没頭したままだ」
だが、青年の言葉によってある場所を睨みつけていた少女の瞳に光が戻る。少女は、彼女の身を案じる青年の提案――もとい、『命令』には逆らうつもりは無かった。
「……そこまで経っていたか。やれやれ、ままならないなあ」
無意識に青年の提案に沿うように自分の思考を変えながら、少女は立ち上がる。――顔や手足を覆っていた黄金が収縮し、色白な彼女本来の素肌が黄金の下から現れた。
そして、少女の集中が切れたことで、彼女達の周囲にも変化が訪れた。
闇と光の二種類で煮詰められていた空間は、その境界となっていた境目が少女が立ち上がったことによって消失し、完璧に分けられていたその二つが今、混ざり始めた。
光は闇によって影を取り戻していき、闇は光によってもまた、影を取り戻す。
二人がいる場所が完全に元に戻ると、どういう原理か、それまで全裸だった男性も服を着ていた。
あからさまな変化を遂げた空間とは別に、その始まりとなった黄金は、最後に彼女の胸元で渦巻いた後、完全に彼女の体内に溶け込んで消えた。
ぺたぺたと胸を触って胸に違和感がない事を確認すると、少女は近くにあったソファに腰を下ろし、ソファの上にあったクッションに顔を埋める。
「――くく、くくく」
そして、少女は自らの額に手を当て、くつくつと笑う。大口を開けて笑う事を避けようとしているのか、堪えきれていない笑いを指の隙間から漏らしながら、不意に、空いている方の細指でクッションに爪を立てた。
「……あの糞餓鬼。何度も、何度も何度も何度も何度も邪魔を……!」
それは、狂気に染まった笑み。
目論んだ通りに事が成功して、感極まった結果出てしまった喜びではない。
当初予定していた計画が闖入者の存在によって狂い、それまで芸術的に成し上げられてきた経歴に初めて傷がつけられた時の、激怒の笑みだ。
泣くように笑った後、クッションをズタズタに引き裂いた後。少女はそのゴミを床に投げ捨て、立ち上がる。その時には既に、彼女の顔の笑みは憤怒の表情へと歪んでいた。
「……どの道、この街にも飽き飽きしてたところだ。それを二度も邪魔されて――」
立ち上がる彼女の前に、青年が立ち塞がった。
「プファー」
そして、憤っていた彼女の瞳から、獣性が消え失せる。
「言ったはずだ。三日が経っていると。――つまり、もう彼らは動き出している。いつまで過去の映像を見ているつもりだ」
青年の言葉を聞いて、「プファー」と呼ばれた少女の瞳に怯えが映り込んだ。
「……動き出してるったって、どうするの?」
そして、先程とは打って変わって縮こまってしまったプファーを身長差で見下ろしながら、青年は話を続けた。
「先ずは動きをつかむ事が最優先だ。幸い爆弾は爆発していないし、その事を彼らに気取られた様子はない。だから――」
「……それならもうしてる。標的に近付こうとしてる女がいたから、分けてやった」
青年の言葉を遮って、少女が口を開く。それに対して青年は気を悪くするどころか、満面の笑みを浮かべた。
「よしよし、流石はプファーだ。私の見込みに間違いはなかった。お前ならきっと、世界一の大金持ちになれる」
先程の厳しい顔や態度から一転、今度はこの青年が態度を変えて少女に笑みを向けた。
言って、青年はプファーを迎え入れるように腕を広げる。
大金持ち、とはとどのつまり彼の見解では「大犯罪者」の事に他ならないが、プファーはそれを青年の役に立てるものと思い込んで素直に喜んでいた。
「……う、ん」
青年が見せた笑顔に、プファーも頷く。
青年の抱擁を、プファーは頰を赤らめて受け入れた。
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