・Memory07(ゆうひ視点)



「今更それを聞くの?ここで?」

「その言葉、そっくりそのまま返したい気分だよ」

「まぁ、ゆうひ。言うようになったじゃない」

「それは……陽一に鍛えられまくったからね」



 げっそりする僕を見て、夕月はくすくすと笑った。



「第一印象は顔が綺麗な子、だったわ」

「……あまり嬉しくないけど、どうも」

「好きになったのは、美術の時間で外でスケッチをしなきゃいけなかった時に、地面に座るのが嫌で立ったまま絵を描こうとしていたら……アナタがハンカチを差し出して来たのよ。まるで王子様みたいだと思ったわ」



 彼女の話に、ふと昔の記憶が蘇る。


 昔、家族で出かけた時に母がベンチに座る時、父がハンカチを敷いてあげていたのだ。あれから僕は、女性が座る時はそうしてあげるものだと思い込んでいた。



「それから、気づけばアナタの事を目で追うようになって。話しかける為にあの手この手と酷い事をたくさんしたわ」

「それは駄目だと思う」

「ゆうひが私の為にわざわざ買って来た物を食べるだなんて、なんて贅沢なの!って思っていたわ」

「ごめん。どの辺が贅沢なのか分からない」

「机を寄せる為に教科書を隠したり」

「それも駄目だと思う。って!ああっ!それで教科書が無くなってたのか……。おかしいと思ったんだよ。隣がキミな時点で絶対に教科書忘れないように細心の注意を払って何度もチェックしてたのに無いし!!僕がどれほど絶望した事か……」



 僕は恐ろしい悲惨な過去を思い出して頭を抱えた。そして追い打ちをかけるように更なる恐怖を知らされる。



「因みに席替えの時にアナタの隣になるように裏工作もしたわ」

「最早恐怖しか無いんだけど……。だいたい、そこまでのめり込む程好きになる要素あった?」

「馬鹿ね。どんなに良い人でも立派でも、好きになろうと思ってもそうそうなれるものじゃないわ。どこかの誰かが言っていた言葉だけど、耳にした事は無い?……恋は落ちるものらしいわよ」



 艶やかに笑う彼女は、妖艶という響きがとても似つかわしいと思った。



(改めてとんでもない人に捕まったな……)



 そう、現実逃避を含めて遠くを眺める。



「でも、全部間違いだったの。私ばっかりが嬉しいだけじゃ駄目だった。大好きなら、その相手を尊重して、相手の幸せを願うべきだったって気づかされたわ。アナタの中にまひるが入って出会った時に、昼中がねアナタを庇ったのよ」



 夕月は、自分の行いを振り返っては苦しそうに顔を歪めた。



「あの時初めて自分が行っている行動がイジメなのだと知ったの。初めは受け入れ難かったわ。受け入れるのがとても恐ろしかった。好きな人をいたぶって今日も会話が出来て嬉しいなんて思っている狂った自分に気づきたく無かった。けれど、ゆうひの中に居るまひるは何も知らないから、何事も無かったかのように接してくれて、嬉しくて、嬉しくて……私がずっと望んでいたのはこういう穏やかな時間だったんだって気づけたのよ。私も私に関わる人を大切にしたいと思ったの」

「……そう。そっか。……話してくれて、ありがとう」

「本当に、ごめんなさい」

「もういいよ。大丈夫だよ」



 泣き出してしまった彼女に、ポケットからハンカチを取り出して彼女へ差し出せば、彼女はその手に縋りつくように謝罪を口にする。僕は、ゆっくりとその頭に手を乗せた。綺麗に整った髪型を乱さないように細心の注意を払う。


 僕は夕月と付き合うようになる過程の中で、随分と過去の出来事と距離を置けるようになっていた。けれど、今、この瞬間まるで浄化されるように過去と決別出来たように思う。心が軽くスッキリとしていてとても晴れやかな気分だ。


「許すよ。キミを」


 幼く幼稚で、ある意味無邪気で純粋だったキミを。


 まひるさんがとんでもない事をしでかした僕を許してくれたみたいに。



「まひるさんが陽一と結婚しても嬉しいばかりだけど、キミが他の男と結婚するのは嫌だと思うよ。僕は」

「……!」



 らしくない言葉を口にしたせいか、どうにも耳まで熱い。夕月が今どんな表情をしているのか恥ずかし過ぎて確認出来なかった。


 彼女がどうにも僕からの好意に自信が無いようだったので、遠回しではあるけれど僕なりに頑張ったと思う。これが僕なりの精一杯だから、伝わってくれたらいいと思う。



「やぁ〜。そりゃあね、同性愛者でも無ければ性同一性障がいでも無いって言うのも頷けたよね!本当に女の子だったわけだし!」

「でしょ?その時はまだ元の体に戻るつもりでいたんだから!だから陽一の勘違いがおかしくておかしくて!でも、陽一だって、私が男でも好きになってたって言ってくれたじゃん!」



 陽一とまひるさんは披露宴で当時の話を笑いながら語った。僕と夕月からしてみれば聞き飽きた彼女たちの持ちネタだ。周りがどこまで信じようが、冗談だと捉えようが、おそらく二人にとってはどうでもいい事なのだろう。真実はまひるさんと陽一、僕と夕月だけが知って理解してさえいればいいのだから。



 幸せそうに笑う二人をぼんやりと眺めながら、本当にお似合いだと微笑ましく思った。


 僕らは生きている限りこれからも何度もあの日々の不可思議な出来事を繰り返し思い出しては語るのだろう。


 

 まひるさん、キミの存在のおかげで僕は母さんと未だに良好な関係を築けているよ。


 まひるさん、キミの存在のおかげで僕は冗談の言い合える友人が出来たよ。


 まひるさん、キミの存在のおかげで僕は想像もしていなかった人と恋人になったよ。


 まひるさん、キミの存在のおかげで、僕は心から安心できるキミと言う親友が出来たよ。


 まひるさん、キミという存在のおかげで、僕は夢を持って仕事が出来ているよ。


 まひるさん、キミという存在のおかげで、僕は毎日が楽しくて充実した日々を送っているよ。



 あの頃欲しくてたまらなくて、でも手に入れられなくて諦めきっていた全ての物が、それ以上の最高な形で今、この手の中にある。


 僕はキミと出会えて本当に良かった。入れ替わったのがキミで良かった。


 キミがこの先、一秒でも多く笑顔で時を過ごせる事を心の底から願うよ。


 僕の人生を大きく変えてくれたキミという存在に心から感謝と敬意をここに。




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