・Memory05(ゆうひ視点)
「……毎回採血とか本当嫌だね」
僕は刺された腕に意識が向く。三回も刺された。血管が細くてなかなか見つからなかったからだ。その上、刺した針でぐりぐり血管を探られるのは地味に痛いし怖い。
「ホント、やになっちゃうよね〜」
まひるさんは共感者を得られたからなのか、どこか嬉しそうに笑って見せる。
病院受診を終え、僕達は近くの公園の藤棚のある休憩所へ戻って来ていた。今後について話を詰めておく為だ。
「……主治医、キミを心配してたよ。……恐らく、普段のまひるさんのテンションと全く違うからだと思うけど……」
上手くやれる気が一切しない。僕はすでに手に負えないと感じていて、頭を抱えたくなった。
「まぁ、仕方ないよね!無理に私を演じなくてもいいよ」
「……いいの?」
まさかの彼女の言葉に、僕は思わず彼女をマジマジと見た。彼女は相変わらずあっけらかんとしていて、余裕を感じる。
目が合って気まずくなった僕は慌てて視線を逸らした。
「だって、私も自信ないし。ゆうひくん役やるの」
そう言って声高々にあははと笑った。
それはそうだ。お互い役者を目指してるわけでも無い。互いを演じ続けられるわけが無いのだ。
彼女の言葉に、どこか肩の荷が降りた。
「とりあえず、情報交換しよう!」
「……うん」
まひるさんは、病状の対応や食事制限についても事細かに教えてくれた。今は食事の代わりに病院から出されている栄養ドリンクを飲んでいるらしい。
高校卒業後、学校には行っておらず、仕事は定職に付かずに体調が良い時だけアルバイトをしているそうだ。実家暮らしで家に居る時間が長いらしく、家事や炊事は率先して行ってるらしい。
家族構成は父親と母親、そしてお兄さんは県外在住。家族関係はうちとは違って良好そうだった。
「次はあなたの事を教えて」
彼女はどこか期待に満ちた様子で僕を見ている。まるで子供がクイズの答えを待ち構えてるみたいだと思った。
話す内容が明るいものじゃなく、思わず言い淀む。
(それでも彼女……まひるさんは見ず知らずの僕に知ってほしくもない話を打ち明けてくれたんだよな……。今後のために)
一呼吸置いて、意を決すると、僕は話始めた。
家族関係が冷え切っている事、父親が不倫して離婚した事。
自分が今、医大生である事。……友達が一人も居ない事。
一通り必要な情報は伝えたように思う。まひるさんは、ただただ黙って僕の拙い話ぶりに耳を傾けてくれた。
こんなに話をしたのは何年ぶりだろう。自分の話に興味を持って聞いてもらえるって新鮮で、どこか心地がいい。まぁ、今後に必要な情報だったから、こんなに真剣に聞いてもらえたんだろうけど。
「……そっか。お互い色々あったね」
「まひるさんの方が大変そうだけどね」
「おっとぉ?それは私を見下しているのかなぁ?」
おちゃらけた雰囲気で彼女はわざとらしくそう言う。
おそらくここは茶番に付き合うべきなんだろうけれど、僕は思わず謝罪を口にした。
「そんなつもりじゃない!……ごめん。労りの言葉の、つもりで……」
ちらっとまひるさんの表情を覗えば、彼女はどこか驚いたように目を見開いてきょとんとしていた。瞬きを大きく二回する。
「ぶふっ!あははっ!分かってるよ〜。冗談だよ!」
そう、こういう冗談に乗れないから僕には友達ができないんだ。
面倒で面白くないから。
僕達は連絡先を交換して、それぞれ向かうべき場所へと向かう事になった。
まひるさんはなぜ僕が飛び降りようとしていたのか、問い質す事は無かった。
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