・Memory04(まひる視点)



「待たせたわね」



 そう言って登場したのは全身をブランド物でコーディネートした城ヶ崎だった。ブランド物と言えど、自己主張し過ぎない落ち着いた色合いが大人っぽさを演出していた。少しばかり城ヶ崎らしくないように思う。彼女はどちらかと言えば派手目な衣装を好んで着ている印象があった。身に付けるアクセサリーも大きめで目立つ物が多い。


 そっと辺りを見渡すけど、今日は取り巻きたちはいないようだ。


 昨夜、城ヶ崎からメッセージが届き、この喫茶店でランチをすることになった。


 最近できたばかりのこの喫茶店は、レトロチックで心が沸き立つ。窓はステンドグラスが使われていて、日が当たって色とりどりに輝いていた。


 メニューもレトロなお店に合わせて昔ながらのオムライスやクリームソーダもあって、その時代を経験したことも無いのに懐かしく思う。


 そこでふと腑に落ちた。この場所に適した服装を選んで来たのではないか、と。

 服装だけじゃなく、場の雰囲気も楽しめる女の子なのだと知ると尚さら城ヶ崎への好感度があがった。



「この喫茶店は衣装をレンタル出来るのよ。着付けもしてくれて、写真まで撮ってくれるの」

「へぇ〜素敵だ!」



 料金プランはそれなりにお高めだ。けど体験したい人が多いのも頷ける。現に席に座っているほとんどの人が袴や振り袖を身に着けて食事をしていた。


 まるで本当に大正時代へタイムスリップしたかのようだ。



「ねぇ、お願いがあるの。聞いてくれない?」

「……それは……内容に寄る、かな」

「そうよね。……その、予算は私が出すから、書生姿で私とのツーショット写真をお願い出来ないかと思って……」



(どうする!?どうしよう!ゆうひくん!!……いや、彼だったら絶対断る場面だ。分かってる。分かっては、いる……けど……)



 「着ます……!」



(はい!好奇心に負けました!!)



 この好奇心には一生勝てる気がしない。



(だって、どう考えても面白そう!!)



「やったわ!ありがとう。……嬉しい」



 目の前の城ケ崎は両手の平を打ち鳴らして声を上げて喜んだ後に噛み締めるようにはにかんだ。



(何その表情!!反則級にかわいいんですけど!!!)



 こうして、城ケ崎が選んでくれた書生姿に変身し、城ケ崎もまた袴姿へと衣装を変えて登場した。



「とっても素敵よ!ああ、本当に素敵だわ。どうしょう……」


(どうしよう、とは……?)



 どうもしないでほしい。なんて切実に思う。城ケ崎から頭からつま先までうっとり堪能されてかなり居心地が悪かった。変な汗がじっとりと肌に滲む。


 意識をそらそうと、こちらも城ケ崎の袴姿をチェックすることにした。グレーの袴に、深い緑の振袖を着ていた。白い大き目の花がちりばめられている。


 彼女ならもっと派手目な柄や明るい色を選びそうだったのに意外だ。なんならゴシック系とかも余裕で着こなしてくれると思っていた。


 落ち着いた色合いもあって、普段よりも大人っぽく見える。元々言葉遣いもとげとげしさはあるけどキレイだし、所作とか立ち居振る舞いは洗練されていて美しい。それが衣装の効果もあって尚更引き立っていた。



「城ケ崎も可愛い……。ううん。とってもキレイだ」

「……っ!」



 相変わらずゆうひくんの褒め言葉に慣れないのか、顔を赤らめてつんっとそっぽを向かれた。



(ツンデレ最高!ありがとうございます!!)



 もはやどちらが変態なのか良く分からない。

 店員さんに声をかけて写真を撮る場所へと移動し、城ケ崎ご希望のツーショット写真を納めてもらった。


 写真の完成を待ちながら、メニューを注文する。待ってる間にいつものように女子トークに花を咲かせた。どうにも彼女とは趣味が似ているからか話が合う。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、食後のデザートへ移った頃、彼女はふぅと少し重たげな溜め息を吐き出した。



「ずっと思っていたのだけれど……アナタ、誰なの?」



 カランカランと城ヶ崎は飲んでいるクリームソーダをかき混ぜる。その手を止めると、そっと視線を私へと投げかけた。


 私の回答を待っているのだろう。


 さすが恋する乙女は鋭い。


 私は曖昧に苦笑いを返した。



「なんで、そう思うの?」

「高校の時と雰囲気がまるで違うわ。別人よ」

「大学デビュー、とか」

「だとしても、私たちと会っても貫けるもの?それに、以前のゆうひなら……書生姿になってほしいなんて願い瞬殺されていたわ。まぁ、有無言わさず着なければならないように誘導するから問題は無いのだけど」



(問題大有り!!)



 ここまで来てはっと目を見張った。彼女は私がゆうひくんじゃ無い可能性を感じて、あえてゆうひくんが嫌がるだろうお願いを口にし様子見をしていたのかもしれない。ごくりと喉が鳴るのが自分でも分かった。彼女をごまかし切れるだろうか。


 無い頭を捻りに捻って思考するけれど、じっと鋭い眼差しを向けられ続ければさすがにめげそうになる。



「……例えば別人だとして、その先はどうするの?」

「私の知ってるゆうひを返して欲しい」



 彼女の言葉に驚いて目が見開くのが分かった。


 ああ、彼女はそうか。元からゆうひくんの事が好きなのだ。だからきっと、大学までゆうひくんを追いかけた。


 だってゆうひくんは城ヶ崎が同じ大学を受けていたことを知らなかった。


 本当はゆうひくん本人とこんなふうに出かけたかったに違いない。



「返してほしいって気持ちがあるのに、高校時代……僕をイジメたのはなんで?」



 興味本位でこんなことを聞いてはいけないと思いながらも、どうしても気になってしまう。



「……ごめんなさい。本当に申し訳ない事をしたと思ってる。あの当時、私は読んでいた少女漫画の影響をとても強く受けていて、そういうものだと思っていたの……」

「え!待って。何それ興味ある!!今度その少女漫画貸してほしい!」

「え、えぇ……。それは構わないわ。……そう、少女漫画に興味があるの」



 城ケ崎からのじとっとした視線を受けて、再びやらかしてしまった事実に苦笑いした。ひんやりと冷たい嫌な汗が背筋を滑るのが分かる程だ。



「ちょっと最近、少女漫画に興味があって……。ほら、良く映画化とかドラマ化とかしてるじゃん?」

「……まぁ、そうよね。最近は男性の方も少女漫画を好んで読まれる方が増えているそうですし」



(うまくごまかせたかな!?)



 ふーっと、一仕事を終えたような心地で、額に滲む汗を手の甲で拭った。



「なるほどね……。それで、少女漫画の影響でイジメのような事態になってしまった、と……」

「ええ。少女漫画では高飛車なヒロインの弱さのギャップでヒーローが沼落ちしておりましたわ。ただ、私、弱さを見せるのがあまり得意じゃ無かったみたいで……高飛車がエスカレートして傲慢に……」



 城ケ崎の弱みを見せきれず傲慢さが加速する姿が驚くほど鮮明に想像が出来てしまった。彼女のデレた姿だって、取りようによっては怒らせたと勘違いしてしまいそうだからだ。



「私は、今のアナタと話してやっと気づいたの。私はアナタに高飛車な態度を取りたいわけでも、傲慢で在りたいわけでも無い。ただ、アナタと話をしてみたかった。本当はこんな風に会話をしたかっただけだったの」



 彼女はマスカラでかためた長いまつ毛を伏せて、眉根を寄せるとそう話出した。



「でも、いざとなると上手く話せなくてそっけない態度やそれこそ染み付いてしまった傲慢な態度ばかり……だから正直、アナタとこうやって話せるようになって初めはとても浮かれたわ」



 彼女が人間関係不器用なのは見ていたら分かる。


 好きな子をついついからかって反応を楽しんでしまう小学生男子みたいだな、と思ったのはここだけの秘密だ。


 ゆうひくんはきっと知らない。この城ヶ崎の気持ちを。それを知ったら、ゆうひくんは彼女をどう思うだろう。



「でも……。ずっと見てきたからこそ分かるの。少なくとも今のアナタは私の知ってる夜風ゆうひじゃない」

「……」



 どう言葉を返していいか分からなかった。



(私だって……)



 なんとかしてあげたいよ。


 返してあげたいよ。


 でも、私に選択権なんて無いんだよ。


 けれど、今だって健康な体で生きていきたいと望んでしまう自分も存在する。




 もし、自分の意思で選べたのなら、私はすんなり返してあげられただろうか?




 なんとも言えなくて、うつむく事しか出来なかった。



「……おかしな事ばかり言ってごめんなさい。アナタと話をしているのが楽しいのも本当よ」

「……ありがとう」



 自分が女の姿で城ヶ崎と出会っていたなら友達になれていただろうか。そんなことを少しだけ想像してみる。


 そうしたならきっと、ゆうひくんを傷つける形じゃなくてもっと別のアプローチを一緒に考えてあげられていたと思う。


 あれから私は一切ゆうひくんと連絡を取っていなかった。


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