・Memory03(まひる視点)



「だ、だってさ!私も今日告白しようと意気込んで来たわけさ!そしたらさ!先を越されたわけさ!しかもさ!なんか急展開なわけさ!分かるかな?もうパニックだよね!!」

「え!?そうなの!?え!ちょっと待って何ソレ!俺人生初の告白逃した感じ!?早まった!?」



 パニックで伝えたらまさかのパニックで返ってきた。



「それはさっきまでのかっこ良さが台無しになるけどいいの?」

「駄目です。でも告白されてみたかった!!人生一度でいいから告白されてみたかった!!」



 目の前で自分以上にパニックに陥っている人を目の当たりにしたおかげか、少しだけ落ち着いたように思う。いつもの陽一らしい思考回路になんだか安心感すら覚えた。


 片手で顔を押さえて絶望に打ちひしがれている愛しい人を眺めていたら、失礼ながら笑いがこみ上げてきた。



「ぶふっ……」

「悪いけど、笑うシーンじゃないんだなコレが」

「……うん。ぶっ……ごめっ……あはは!」



 手の隙間から恨めしそうに陽一が覗いて来る。



「はーぁ。おっかしい」

「笑えない」

「拗ねたの?」

「かなり」

「そう。……ごめんね。大好きだよ、陽一」



 背伸びをして、やっと届く彼の頬に口づけをしてみた。



「なっ!?」



 目元を覆っていた手が、今度はキスを贈った頬へと移動する。動揺をあらわにする彼に、困ったように笑って見せた。



「ズルい」

「ごめんね」

「卑怯だ」

「ごめん」

「俺は拗ねてたんだからな!」

「陽一の機嫌が直りますように」



 陽一と繋いでいる手を両手で包むように胸の前へ持って行きお祈りをすれば、陽一がどこか悔しそうな顔になった。



「祈るな。機嫌直さなきゃいけなくなるだろーが。はぁ。なんなのお前。珍しく取り乱したかと思えば……。でも、まぁ……悪く、なかった。そっか……お前も同じ気持ちでいてくれたんだ?」

「……うん」

「いつから?」



 そう問われて、記憶をたどってみる。



「陽一に友達宣言された時は胸の痛みは感じたけど、元に戻るつもりでいたし……。あ!陽一がバイト先に可愛い子が入って来た話した時にヤキモチ妬いたからその時だ!」

「……ヤキモチ妬いたわけ?」



 驚いた顔をした陽一にそう聞かれて、ふと我に返る。



(もしかしなくてもかなり恥ずかしい事を口走った気がする!!)



「……焼いて食べましたけど何か?」

「焼き餅の話はしてねーんだわ。つーか、どんな返しだソレ!」

「うるさいなぁ!妬いたよ!焦ったよ!だって中身は女なのに体は男なんだもん!なかなか元に戻らないんだもん!戻ったとしてもどうやってアプローチしろと!?こんな冗談みたいな入れ替わりを信じてもらうとか絶望過ぎない!?頭おかしい人だよ!」



 言いたい事早口で叫び散らしたら息が上がった。どーどーと陽一が宥める。



「言いたい事は良く分かった。確かに、その通りだ」

「ちょっと、なにニヤけてるの」

「ニヤけもするだろ!人生初のヤキモチだぞ!クソ可愛いわ!!ありがとう!」

「……どういたしまして」


 なんだか面白くなくて口先を尖らせればつままれた。



「そうつまんない顔をすんなよ!俺だってヤキモチ妬いたさ!城ケ崎とゆうひに」

「……ゆうひくんはともかく、城ケ崎はなんでよ」



 良く理解出来なくて首をかしげる。

 陽一は渋い顔をしつつも話してくれた。



「さっきも話したけど、ゆうひの体に居たお前にも惚れてたって言ったろ?だから、その……城ケ崎と付き合ったりすんのかなぁとか、さ。ヤキモキしたわけ!自分で俺に惚れるなとか抜かしておきながら!」

「なる、ほど……。ねぇ、私があのままゆうひくんとして生きる事になってたら、さ……告白してくれてた?」

「……いや、分かんねー。惚れんなとか言った手前秘密にしたまま過ごしてたかもな」



 それを聞いたらやっぱり元の体に戻れて良かったと改めて思った。

 一瞬だけ考えてしまったのだ。男のままでも好きになってくれたなら、あのまま健康な体で陽一と食べ歩く未来を。



(これで、良かったんだ……)



 知らないうちに失ってしまった物は確かにあるものの、得た物の方が大きかった。ゆうひくんがここまで繋いでくれた。新しい人生がここにちゃんとある。それがなんだか嬉しくて、少し誇らしかった。



「ねぇ……」

「どうした?」

「いや、その、最初の話に戻るんだけど……」

「うん?」



 そのためにも、私も陽一の気持ちに向き合わなければいけない。ちゃんと未来を見据えてくれている彼のためにも。



「私と、陽一って……結婚、予定なの?」

「だってまひる、俺のこと大好きなんだろ?俺もまひるのこと大好きだし。視野に入れておきたい」



 大好きと言う言葉に、ぐっと恥ずかしさを耐え忍ぶ。



「……陽一さ、ちゃんと私の事分かってる?ほら!その……持病、あるし」

「それが何か?」

「陽一医大生なわけで」

「それが何か?」



 まるで何も気にしませんけど、と言いたげな彼の返答にこちらの方がおかしいのかもと動揺してしまう。



「ほら!両親がびっくりしちゃうっていうか……。反対、とか、さぁ……」



 自分で口にしながら言葉に詰まった。世間の目が嫌なくらい道を塞いでいく。



(分かってたはずなんだけどなぁ……)



 自分たちの気持ちなんておかまいなしに、世間の目は、特に身内の目は厳しい。



「俺の人生だ。俺が一緒に生きる相手は俺が決める。親に文句は言わせねぇし、うるさいようなら距離を置く。縁を切られても大丈夫なように準備するし、親にも自分にかかった費用を返していくし、まひるが不安にならないように努力する。まぁ、説得するのは俺の仕事だからお前はのんきに構えてな」

「……なんでそこまで……」



 いつだって助けてくれるのは陽一で、自分は何を陽一に返してこれただろう。彼が私を選ぶメリットが一つも思い当たらない。彼の両親に胸を張って自慢できることが何一つ見出せない。


 俯く私の頭を、どこかためらいがちに大きな手が不器用に撫でてくれた。



「俺がまひると一緒に居たいんだよ。それに、病人の気持ちが理解できる医者になりたい」

「……陽一」



 彼の言葉があまりにも温かくて、優しくて、目じりがじりじりと熱くなっていくのが分かった。



「俺をそういう医者にしてくれないか?」

「……私で良ければ、喜んで」



 こうして、前途多難のように思われた私と陽一の新たな関係が始まる事となった。


 実際、結婚する事になって陽一の両親に会ったら何でもない事のように受け入れられて拍子抜けしたのはこれからもっとずっと先の未来の話だ。



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