・Memory02(ゆうひ視点)
あれから、まひるさんの両親が僕の病室を訪れ、お礼と謝罪とお見舞いまで頂いてしまった。二人ともやつれていて、見るからに弱り切っていた。
(謝罪を受けるべきはまひるさんで、感謝されるべきはまひるさんで、凄い事をしたのだってまひるさんなのに……)
僕は一生懸命事情を説明するけれど、二人とも顔を見合わせてみるみる青ざめていった。そして何度も何度も頭を下げ謝罪をされてしまった。
(普通に考えて入れ替わってたなんて誰が信じるって言うんだ……。どう考えたって異常者だ)
そう分かってはいても黙ってはいられなかった。彼女の勇敢さを、両親にだけは知って欲しいと思ったのだ。そうして僕の過ちを、罪を、罰して欲しかった。けれど、どうやら僕は橋から落ちた事で精神がおかしくなったと判断されたようだ。
罪悪感で押しつぶされそうになりながら、僕は逃げるようにして退院をした。退院前にまひるさんの顔を見たいと思ったけれど、面会謝絶だと看護師さんに言われ言葉を失ったのは言うまでもない。それだけ大事だった。テレビや新聞に取り上げられた程だ。
取材で彼女が僕を救ってくれたんだと説明しても取材者は僕が混乱しているだけだと解釈して首を傾げるのみで都合の良いように記事のタイトルは付けられた。納得なんかいくはずがない。そのせいで、まひるさんは迷惑少女のような扱いを受け、ありもしない事まで拡散され炎上していた。
(僕があんな馬鹿な事をしたせいで……)
警察から貰った感謝状はその日のうちに処分した。だって、僕の体ではあっても行動したのはまひるさんだ。ヒーローになるべきなのは紛れもなく彼女で、僕が彼女の人生をこんなにも引っ掻き回してめちゃくちゃにした張本人なのだ。それなのに……彼女が悪く言われている現状がどうしようもなく苛立たしかった。
ただでさえ彼女は今も苦しんでいて、痛い思いをたくさんして、これからだって制限のある中、不安な未来を抱えて生きていかなければいけないというのに。世間の何が彼女を知っていると言うんだ。でも、だけど、そうさせてしまったのは、その原因を生み出してしまったのは、紛れもなく僕自身だ。
(あの時、ちゃんと消えていれば……)
同じことばかり堂々巡りになって頭の中を繰り返していた。
何百回考えただろう。考えたって起きてしまった事実を覆す事は不可能に近い。僕は重い腰を上げた。
(まだ僕にはやれる事がある)
逃げてる場合じゃない。考えるのは彼女に出来得る事を全部やり尽くしてからだ。
僕は自分の頬を力いっぱいひっぱたいた。気合いを入れて、リュックを手に取り走り出す。向かう先は大学だ。
大学の敷地に足を踏み入れたのはいつ以来だろう。正門までは何度か来た事がある。けれどいつもそれ以上先には進めなくて足早に逃げ出していた事を思い出した。
でも今日は、そう言うわけにはいかない。
僕は一つ深呼吸をして呼吸を落ち着かせると、意を決して建物へと向かった。
講義のある教室へ向かい、適当な席に着く。後ろの席はほとんど埋まっていたけど、それでもなるべく後ろの席を選んだ。
先生が入って来て、出席を取り始める。僕は静かに耳を澄ませた。
「昼中」
「はい」
声のした方に視線を向ける。見覚えのある体格。探していた"友達"を見つけた。
「夜風」
「……あ、はい!」
気付けば自分の番になっていて、慌てて返事をすればなぜだかどっと笑い声が溢れて、身が竦んだ。また夜風か、と口々に言っては笑われている。
(また?どういう事だろう?……笑われる意味が分からない。ただ返事しただけなのに?)
笑うところがあっただろうかと不安になった。周りの視線が気になって、嫌な汗がじっとりと肌にまとわりつく。
(もうやだ。帰りたい……)
ふと、僕の声に反応した昼中くんが後ろを振り返って驚いた顔をしているのが目に入った。何か物申したげな険しい表情を向けられて怯む。けれど、講義が始まり昼中くんは慌てて視線を前へと戻した。
(怖っ……。でも、ちゃんと伝えなきゃ)
僕はもう一度決意を新たにして拳を固く握りしめた。
講義が終わると僕は急いで荷物を片付け昼中くんの元へ向かおうとした、ら、彼もどうやら同じ事を考えていたらしい。こちらへとズンズン歩み寄って来た。
「何お前、寝坊か?」
「え?」
「いつも隣に来んのになんで今日は後ろの席に居んだよ」
なるほど、普段と違う行動に驚いていたのかと合点がいく。
「ごめん……。あのっ、昼中くん、に話があるんだけど……」
僕は拳をキツく握り締めて、やっとの思いでそう伝えた。
「昼中くんって……これまたえらく余所余所しい。頭でも打った?」
(あれ?まひるさん昼中くんって呼んでなかったっけ?)
いつの間にか二人の友人関係も前進していたようだ。
しまった、と思う気持ちは直ぐに薄れて、これは逆に好機だと思った。
「話ってアレだろ?この間俺が救急車呼んだヤツ。よ!ヒーロー!」
「……っ」
僕は昼中くんの冷やかしに苛立ち、つい彼を睨んでしまった。
「そこ、睨むところか?おぉ怖っ!」
「……ご、ごめん」
ふと我に返り、八つ当たりしてしまった事に罰が悪くなる。そっと視線を足元に向ければ、ぽんと肩を叩かれた。
「じゃあ昼飯の時に詳しくな」
「あ、うん。ありがと」
そうしてなんとか無事に彼と話が出来る事となった。
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