・Memory03(ゆうひ視点)




「で?昼飯まだなのにこんな人気の無い中庭に連れ出したわけを聞こうか」



 空腹だからかどこか不機嫌に腕組みをしている昼飯くんに思わず怯える。



「……まさか!……告白、とかじゃねぇーよな?」



 どこか上擦った声で尋ねられて、僕は真顔で瞬きを繰り返した。



(何を言ってるんだこの人……)



「その真顔やめろや!!だいたい、わざわざこんな告白の名所に呼び出すお前が悪いんだろ!?ドキドキしただろーが!!」



 あまりに激しく怒鳴られて、肩が跳ね上がった。



(ここ、そんな場所だったんだ……)



 大学に一切来なかった僕には、いや、大学に来たとしても、全く無縁の名所だ。



「……ごめんなさい」

「俺はいじめっ子か何かなわけ?なんなんだよ今日は。まだ調子悪ぃの?」



 心配そうに顔を覗き込まれて後退った。


 彼は体格も良ければ、顔つきもどこか強面で正直苦手なタイプだ。



「その……救急車、呼んでくれたんだよね?ありがとう」



 僕の言葉に昼中くんは不思議なモノでも見るかのように小首を傾げた。



「お前が救急車呼んでくれって言ったんだろ」

「え?」

「あの日、忘れ物したからいつもと違う道通りながら取りに帰ろうとしたらさ、お前が誰か助けてって叫んでて……駆け付けたら救急車呼んでって。俺には絶対飛び込むなよ!って言って自ら飛び込んだんじゃん、お前。超ヒーロー!」



(あの後そういう事があったのか……)



「どう見たって俺の方が運動神経良さそうなのにさ。まぁ、女の子意識不明だったおかげで暴れたりしなかったのが幸いだったよな。通常だと泳ぎに自信あるヤツでも溺れてる人間が焦って暴れて助けに行ったヤツまでお陀仏とか良くあるんだぜ?」



 その手の話は良く耳にする。


 僕が意識不明で、昼中くんが駆け付けてくれて、まひるさんが飛び込んでくれたから今、僕は生きているのか。


 改めて泣きそうになった。



「川瀬に女の子救助して上がって来て早々、気失うモンだからビックリしたんだぜ?しかも女の子の上に倒れ込むし。めちゃめちゃ頭打ってたぞ。あ!それで記憶障害とか?」



 一人閃いて昼中くんは勝手に納得したようだ。


 僕は、その頭を打ったタイミングで入れ替わりが起きたのだと悟った。そのタイミングでまひるさんが僕の上に倒れ込まなければ、頭を打ってさえいなければ、入れ替わらずに済んでいたかもしれない。



「だいたいさぁ、どうしたら女の子が飛び降りするわけ?お前何言ったんだよ」

「その飛び込んだのが僕で、助けてくれたのが女の子なんだよ」

「はぁ?……。……いやいや。何言ってんの?」



 昼中くんが理解出来ないと言いたげに顔を顰めた。その表情が怖くて、また肩が跳ね上がる。


 僕は拳に力を入れて息を吸い込んだ。



「あのっ……、突然こんな話をしたら頭おかしいって思われると思うけど……聞いてほしい」

「え、何。ぶっ飛んだ話でもする気か?」



 昼中くんは目を見開いて、ぱちぱちと瞬きをした。


 僕はゆっくりと頷く。こんな馬鹿げた話、そうそう無い。僕自身、今だって信じ難いのだから。


 昼中くんは静かに僕の話に耳を傾けてくれた。途中驚きに目を瞬いたり、腕組みをして考え込んだりしていた。



「まるで夢物語だな」

「……だよね」



 僕だってそう思う。


 突然そんな話をして、はいそうですか。って誰がなるだろう。



「つまり、俺が今まで話してたのがお前の体に入ってた"朝雛まひる"って女子で、今のお前は"夜風ゆうひ"本人だと。で、お前は今まで"朝雛まひる"の体で生活をしていたわけだ?」



 昼中くんが状況を整理する為ににそう問いかけてきて、僕は頷いた。



「……はぁ。突拍子もねぇな」



(ですよね……)



「まぁ、信じるよ」

「え!本当、に?」



 まさかこうもすんなり信じてくれるだなんて思いもせず、昼中くんの顔を見上げる。



「はぁ?なんだよ!嘘なのか!?」

「いえ!本当です!!」



 片眉を上げて凄まれて、僕は身震いしそうな程怯えた。慌てて即座に返答する。



「……そりゃあ、信じ難いぜ?でも、お前、いつもと雰囲気も話し方もテンションもまるで違うし。"昼中くん"とか呼んじゃってるし?……それに……」



 何か言いかけて、昼中くんは口を閉じた。


 何か思い悩むように一つ溜め息を吐き出す。



「じゃあ飛び込んだのはお前で、俺の友人が今苦しんでんのは、お前のせいだな?」



 その表情には軽蔑の色が滲んでいた。


 大切な友人を現在進行形で苦しめている事実に怒っているのだろう。当たり前だ。


 僕は俯いて、下唇を噛み締めた。



「歯ぁ、食いしばれ。一発ぶん殴ってやる」



 言われるがままに、ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばる。


 額に激しい激痛が襲った。それがデコピンである事に驚きが隠せない。てっきり殴られると思っていたからだ。



「痛っ……!!」

「彼女はもっと痛い思いしてんだろ!」



 僕は額を手の平で押さえながら涙目で頷いた。



「……なんで、殴らないの?」

「あ?殴られたいなら殴るけど?」



 パキパキと指の骨を鳴らす昼中くん。


 いっそボコボコに殴られた方が気が楽に思えた。それで何か許されるわけじゃないと分かっていても……。



「殴らねぇよ。つーか、殴る権利はその女の子にしかねぇだろ」



 驚いて昼中くんを見た。



「……うん。僕、ちゃんとまひるさんに会って、謝罪して、殴られる」

「おう。ボッコボコにしてもらえ」

「それで、さ。その後に……昼中くんもまひるさんに会ってくれないかな?まひるさん、キミに会ったら喜ぶと思うんだ。元気になろうって希望になると思うんだ。頼む」



 僕は深く頭を下げる。


 今、絶望の淵に立たされているまひるさんを救えるのは僕じゃない。昼中くんだ。



「頭、上げろよ。事情知ったからには会うに決まってんだろ。俺の友人だぜ?」



 その言葉に安堵して、僕は涙が出そうなのに嬉しくなった。きっと変な顔で笑ってるに違いない。



「ありがとう」




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