・Memory03(ゆうひ視点)
そして次なる難関は、小腸造影だった。
検査はしんどいもの、と認識がしっかりなされた今、恐怖しかない。しかも、小腸造影は眠らせてもらえないらしい。
僕は既に帰りたい気持ちになっていた。
採血ですら何度も刺されて中々血管を仕留めてもらえない。血管が無いとすら言われる始末。病人に不向きだとすら思った。
うだうだしてる間にも看護師が来て検査着を着用される。血圧が低いから、と車椅子でガタゴト検査室まで運ばれた。
(ああ、やっぱりか……)
目の前に差し出されたのは紙コップに入った真っ白い液体。バリウムと言うものらしい。三百は入っていそうな量だった。
「それ飲んだらこの機械に移動するから」
と、言われたはいいけれど、一口飲んだだけで鳥肌が立って入っていかない。目眩がしそうだ。
「頑張って!これ飲まないと検査始められないから」
(うるさいな。そんな事百も承知だよ!!でも飲めないんだよ!!)
おえおえ言いながらチビリチビリ飲み進める。三十分過ぎた頃、ようやく百近くなんとか飲めた。
「とりあえず百は飲めたみたいだからいいかな。機械の方に移動しようか」
なんだそれ!!と叫びたい気持ちと、助かった!!と安堵する気持ちが沸き起こりつつも、指示された通り靴を脱いで靴下で機械に立った。
小腸造影は三時間もかかり、途中右向きに横たわったまま十五分置きに放置されたり、十五分程廊下を歩かされたりした。
どうやら腸の動きがゆっくりな為、下まで中々たどり着かないようだった。
普通だとどれくらいで終わるものか質問すれば、早い人だと三十分くらいで終わるらしい。そう考えると三時間は結構な時間だと思う。
結局バリウムは百しか飲めなかったけれど、何とか見てもらえた。
結果、大腸と小腸にところどころ狭窄が出来ているとの事だった。
狭窄がいまいち分からずネット検索をすれば、腸が狭くなっているとの事だ。
詰まって腸閉塞を起こすとマズイから手術をした方がいいんじゃないかと勧められた。腸閉塞を起こすと痙攣を伴う腹痛や嘔吐を起こすらしい。
僕は医者のその言葉に愕然とした。
(手術って……腹を切るわけだろ?)
検査ですらこんなに疲弊していると言うのに、手術?
医者が居なくなった後、病室で一人悶々とした。
怖いと思った。こんなにたくさん苦しくて痛い思いをしたのに、それ以上の苦しみが迫ってきている事実がどうしようもなく恐ろしくてたまらなかった。
震える手で通話ボタンを押す。
けれど、まひるさんは電話に出てくれなかった。
♪
僕は栄養状態が正常値に入った段階で手術の日が決まった。
その間も絶食で、口にしていい物は脂肪分ゼロの飴玉とガムくらいだった。
一日に何度もトイレに呼ばれ、夜も容赦無くトイレに通わされ、睡眠不足と食欲に負けて手術を受け入れる事にした。
手術前日は手術室の看護師や麻酔科の先生が説明にやって来てくれた。
そして手術前夜に目薬サイズの下剤を渡され、決意して飲む。前回の大腸カメラの下剤が頭を過ぎったけれど、目薬サイズならまだマシなように思う。嫌々だったけれど、案外甘ったるくて飲みやすく拍子抜けした。その後、コップいっぱいの水を飲み込む。
(これでついに……明日か……)
相変わらず、まひるさんは返信も返さなければ電話にも出なかった。あんな酷い事を口にしたのだから自業自得だ。
その日の夜も変わらずトイレに呼ばれ、寝不足のまま僕は手術当日を迎えた。
朝を迎えた僕は、心臓が今まで感じた事の無いくらいにバクバクと騒ぎまくっていた。初めての手術に緊張と恐怖を抱いていた。
(逃げ出せるものなら逃げ出したい)
深い溜め息を吐き出す。
どうやら僕は一番最初らしく、八時には手術着に着替えて、腕から点滴をされた。この点滴がなかなか取れず、三回も痛い思いをした。雪のように真っ白だった肌は点滴や採血の後で紫や青色の痣があちこち出来ていた。なかなかに悲惨だ。
そうして看護師に呼ばれるがまま、僕は手術室へと歩み出した。
手術室で昨日会った手術室の看護師と麻酔科の先生と対面する。
挨拶を交わして、名前と生年月日、血液型を口にした。本人確認を終えると、看護師や麻酔科の先生同様に手術用の帽子を被って髪の毛を隠した。
案内された手術室は、人一人が横になるだけの寝台が置かれていた。寝返りは打てそうに無い狭さだ。
促されるまま横になれば、とても温かかった。
横向きになるよう言われ、そのままエビのように丸まる。
背中から硬膜外麻酔の細い管を通す為だ。管を入れる前の麻酔の注射が痛かった。思わずギュッと両手、両足に力が入る。
その後、ゴリッとした嫌な感覚と共に、麻酔の管が無事に背中に通ったようだった。
今度は仰向けになり、右腕に血圧計、左の人差し指に酸素を測る機械が付けられた。
「じゃあ、眠くなる薬を点滴から入れていくね」
そう看護師が点滴から眠くなる薬を入れていく。次第にジリジリ、ジワジワした機械音が大きくなると同時に意識が遠のいていった。場違いにも僕は、この意識が落ちる瞬間が、割と好きだった。
(このまま、目覚めないで欲しい)
相変わらずの願いも虚しく、僕は術後声をかけられて目が覚めた。
「朝雛さん!朝雛さん!手術無事終わったよ」
同時に体に焼け付くような激痛と、歯がガチガチと鳴る寒気を感じる。鼻からチューブが入っていて、唾液を飲み込む度に違和感を感じる。寝起きの気分は過去一番最悪だ。
僕はそのままICUへと運ばれた。どうにもこの病院では術後一旦ICUで一泊するようだった。
ICUに到着して、寒気を訴える僕に看護師が慌てて電気毛布を持って来てくれた。体がポカポカして安心する。
「朝雛さん、痛い?」
外科の先生が心配そうな顔をして僕を見た。僕は静に頷けば、僕の頭付近にある何かのボタンを押して、先生は居なくなった。後から知ったが、それは硬膜外麻酔を少し多目に投与出来る機械らしい。
しばらくして両親がICUに呼ばれてやって来た。二人とも深刻そうで、母親なんかは涙目だった。途端に罪悪感に襲われる。
大切な娘の体をこんな風にしてしまった事。そんな顔をさせてしまった事実に。
(僕は本物の阿呆だ……)
自分だけの問題じゃ無かったのに。まひるさんが大切にしていただろう体をこんなにもボロボロにして、好き勝手暴飲暴食をして……。呆れ果ててものも言えない。
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