・Memory05(ゆうひ視点)



「……ありがとう」



 掠れた声でそう告げられて、僕は目を丸くした。


 お礼を言われるだなんて思いもしなかったからだ。



「まひる、さん?……あの、もっと、怒っていいよ。怒鳴りつけていいよ。罵倒したって……、殴ったって!だって僕はそれだけの事をキミにしてしまった……」

「怒ってるよ!恨めしくも思ったよ!でも、ゆうひくんを追い詰めてしまったのは私も同じだよ」

「そんな、こと……」

「ゆうひくんが不安な時に連絡を一方的に絶ったんだもん。私にだって責任はある」

「でも!だからと言って僕がした事は全部自業自得で到底許されるような事なんかじゃない……!取り返しのつかない事をしたんだ……」



 まひるさんは自分が辛いはずなのに、こんな時でも僕の視点に立ってくれようとする。自分が招いた結果だと自分自身を責めて納得させようとしている。そんな風に思えてしまった。



「ゆうひくんは、逃げ出さずにこうして会いに来てくれた。謝ってくれた。それに……」



 まひるさんは涙声でそう話を続ける。


 手で涙を拭った彼女は窓の外へと視線を向けた。僕もそれに習うように外へと視線を向ける。窓の外は、あの日と同じような夕焼け空が広がっていた。



「あの日、ゆうひくんが私の姿で、私の声で、弱音をたくさん吐いてくれて、なんか救われたんだよね。あぁ、私は本当はこんな風に大きな声で弱音を吐きたかったのかもしれないって。誰かに泣いて縋って、理解して欲しかったんだって」



 まひるさんがゆっくりと僕を見た。



「ゆうひくんが代わりに弱音吐いてくれて良かった」



 そんな風に言ってもらえるなんて夢にも思わなかった。あの時の僕は全てが耐え難くて、投げ出すつもりで、誰の事も考えられなくて、ただただ身勝手に感情をぶち撒けただけだ。


 視界が涙でぼやけた。



「まひるさんは本当……凄いや」

「ふふっ。こう、何度も痛い目見てるとね図太くもなるんですよー」



 まひるさんは場を和ませるように冗談交じりにそう言ってみせる。


 僕は震える唇にぐっと力を込めて引き結んだ。同時に握り込んだ拳にも力を入れる。



「……まひるさん」

「なーに?」



 もう一つとても気がかりだった事を、勇気を振り絞って言葉にした。



「……知ってるとは思うんだけど……その、僕の行動のせいで炎上したみたいで……本当にごめんなさい。その、家族とか身内とか……何か言われたり……した、よね……?」

「あー……。家族や身内はむしろかなり心配してくれてるよ。そこまで追い詰められてたんだ。って。ネットとかに関しては放っておけばそのうち忘れ去られて話題にも上がらなくなるよ。大丈夫じゃない?」



 まひるさんは、まるで何も気にしていないかのようにあっけらかんとそう答えた。

 気にしていないはずはない。けど、きっと、僕にこれ以上負い目を感じさせないように振る舞ってくれているに違いない。



「……まひるさんは本当……凄いや」

「あはは!それね、さっきも同じ事聞いた」

「びっくりし過ぎて……なんか上手い事言葉に出来そうに無い」

「まぁ、なるようになるでしょ。騒いだところで悪化するだけで現実が変わるわけじゃないし。ね?……それに、ゆうひくんの人生を私にくれるんでしょ?」



 まひるさんはいたずらっ子のように笑って見せた。


 僕は一つ大きく頷いた後、小さく何度も頷いて見せた。



「ちょ〜っと待ったー!!」

「えっ!!陽一!?」



 突然病室に入り込んで来た昼中くんは、どこか慌てている。



「何そのプロポーズみたいな流れ!!俺も居ますけど!?」

「なっ、なんで陽一がここに!?えっ!?どういう事!?」



 昼中くんが自分自身を親指で指さして存在をアピールする中、まひるさんは状況が理解出来ずに僕と昼中くんを交互に見た。


 僕は片手で顔を押さえる。



(打ち合わせと違う!!)



 小さく溜め息を吐き出して、僕は昼中くんを掌で指し示した。



「僕が頼んだんだ。まひるさん、昼中くんと友達になったって嬉しそうに報告してくれてたから会いたいかなと思って。それに、昼中くんも救急車呼んでくれたり助けてくれたみたいだし……」



 まひるさんは大きな瞳をクリクリさせて瞬きを二回繰り返す。



「えっ、それってつまり……」

「まひるさんと僕の入れ替わりの件は伝えてある」



 まひるさんが昼中くんを見た。


 昼中くんは腕組みしてドヤ顔を決めている。



「まさか俺の友人が女の子だったなんてな」

「……信じられるの?」

「現に初めて会ったのに俺の事"陽一"って呼んだじゃん。それが真実だろ?」



 親指を立ててニカッと陽だまりみたいに笑う昼中くんに、まひるさんはせっかく泣きやんだのにまた泣いてしまった。


 数日後、まひるさんは無事に退院をした。僕と昼中くんは、花束を持って彼女の家まで訪ねてお祝いをした。彼女の明るい笑顔を見る事が出来て、僕は心から安堵した。


 テレビでまひるさんの報道をしなくなってから、世間は他の事件や事故に興味が移ったようで、少しずつまひるさんを悪く言う人達が消えていった。それが何より良かったと本当に思う。




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