・Memory02(まひる視点)
ゆうひくんからは学校には無理して行かなくてもいいって言われてはいたけど、せっかくだから行ってみる事にした。
(だって、こんな経験めったにできないし!)
大学生活って響きだけで勉強嫌いでも憧れてしまう。謎に満ちたわくわく感を胸に、大きめの歩幅でズンズンと医大への道のりを突き進んだ。
昨夜はお互い無事にそれぞれ家へ到着した事、家族との時間をそれなりに過ごせた事を報告しあった。ゆうひくんは私がお母さんと一緒に食事をした事にとても驚いていた。
(昨日、大学での過ごし方を一通り聞けて良かった……!)
いざ、大学の敷地へ足を踏み入れると中学や高校との違いを実感させられる。
中学や高校なら決まったクラスに行って一日をほとんどその教室で過ごすわけで、席順まで丁寧に決まっている。けれど大学は自分で受ける講義を決めて、その講義が行われる時間に講義室へと向かう形だ。
本日受ける予定の講義の時間に、無事に間に合った。ホワイトボードが見えやすい前の中間の席へと座る。隣には既に男の子が一人で座っていて、不意に目が合った。
「あ、おはよう!」
とっさにあいさつが口からこぼれた。
彼は少し驚いたように目を見開いて、一つ瞬きをするとあいさつを返してくれた。
「……おう。おはよう」
柔らかい笑顔のおまけ付きだ。
男の子らしい少しいかつそうな顔つきに、筋肉質な体型に小麦肌。ティシャツとジーパンのラフなスタイル。
その笑顔がとても優しくてギャップの強さを感じさせた。
(ゆうひくんは色白で中性的な顔をしてるもんなぁ……)
女子人気で言えばおそらく中性的で王子様スタイルなゆうひくんの方が見た目的にモテそうな雰囲気がある。
一人、脳内で少女漫画的展開を繰り広げて楽しんでいると、先生がやって来た。
出席確認で名前が呼ばれていく。
「昼中」
「はい」
先生に名前を呼ばれて、隣の男の子が返事をした。
(ひるなかくん、かぁ……)
ぼんやりとそう彼の名前を繰り返す。
「夜風。……夜風は今日も休みか……」
「え?……あ!はい!夜風います!!」
慌てて手まで伸ばして全力で存在を主張すれば、どっと室内が笑いであふれた。
隣からもクスクスと抑え気味の笑い声が聞こえて来る。視線を向ければ昼中くんがお腹を押さえて笑っていた。
「お前面白いな!」
見る見る顔に熱が集まっていくのが分かる。
「静かに。夜風はぼんやりするな!」
「すみませんっ」
「次……」
(しょっぱなからやらかしたよ!!ごめん!!ゆうひくん!!)
全力で心の中で謝罪をする事しか出来なかった。
そうして人生初めての講義は何も脳内に残る事無く終わってしまった。
ホワイトボードの文字をノートに書き写すだけで精一杯で、当てられても何一つ分からない。
そりゃそうだ。中身の人間が違うのだから。
入学当初から授業を受けていた所で理解できたかどうかも正直かなり怪しい。
深くため息を吐き出せば、隣から肩を叩かれた。
「なぁに辛気臭ぇ顔してんだよ」
昼中くんだ。
(確か彼は当てられても堂々とスラスラ答えられてたっけ?)
「うおっ!?なんだなんだ!?」
気が付けば彼の手を両手で握りしめていた。
「助けて!!」
「……切羽詰まってんな〜。で、何?」
昼中くんは最初こそは驚いた顔を見せたけど、直ぐに苦笑をこぼして話を聞いてくれた。
「全っ然ついていけない!」
「……そりゃお前……。自分がどんだけ休んだか分かってて言ってんの?」
そりゃあ、そう言われても仕方ない。
「……今までの講義のノートをお貸し頂けないでしょうか」
おずおずと聞けば、昼中くんは少し考えて提案してくれた。
「昼飯一緒に食おうぜ!これから次の講義あるし……」
「ありがとう!!」
こうして私は昼中くんのおかげで無事ボッチ飯を回避する事となった。
♪
「トンカツ……ずーっと食べてみたかったんだよね〜!美味しいっ!!」
「……トンカツ食べた事無いってどういう事だよ」
(だって、今まではトンカツってそんな興味無かったんだもん。食べたらダメってなったら食べたくなるよね〜)
なんて、言葉にはできないけど、一人心の中でつぶやく。
揚げたてサックサクの衣にジューシーな豚肉をソースにからめて食べる。最高に美味しい。白ご飯がもりもり進む。
「お前のその美味そうな顔見てると俺もトンカツにすれば良かったって気になるな……」
「一切れあげるよ!」
「マジで?サンキュー!お返しに俺のスタミナ焼肉をやろう」
「やったー!ラッキー!」
ご飯をこんな風に気を遣わずシェアして食べられる幸せを静かに噛みしめた。
(やっぱり、健康な体っていいなぁ)
「でさぁ、ノートの件だけど。写真撮れば早くね?」
「確かに!!さすが天才!!」
自分に無かった発想に思わず拍手を贈れば、彼はわざとらしく腕を組んで自慢げなドヤ顔を披露してくれた。
「飯食い終わったら俺の入ってるサークルの部室に行こうぜ」
「サークル……」
「……お前、そういやなんかサークル入ってんの?」
気になったみたいで、そう聞いてくる昼中くんに首を左右に振る。
「私……僕は何も」
ゆうひくんはなんのサークルにも所属していない。
サークルに入れば友達もすんなりできそうな気がするけど、そうでもないのかな。
「昼中くんは何のサークル入ってるの?」
「俺は外国語学部。色んな国の言葉勉強して、みんなで海外旅行とかするんだって。面白そうじゃん?一人よりみんなで旅行した方が数倍楽しいし」
そう語る昼中くんはイキイキとしていてどこかキラキラ輝いて見えた。
「へぇ〜。そんなサークルもあるんだね!面白そう」
「興味あるなら入れば?」
「……うーん……相談してみるね」
(ゆうひくん、なんて言うかな……)
正直、かなり興味がある。でも、この体はゆうひくんのものだ。いつ入れ替わりが起こるか分からない以上、勝手な行動はできない。
「まぁ、語学の勉強だけならともかく、旅行もってなると親の許可必要なヤツもいるか。旅行は強制じゃないし、来ないヤツも結構いるぜ?」
サークルへの勧誘をしてくれる昼中くんは、ふと何か思い出したように手を叩いた。
「そうだ!今度サークルでバーベキューするんだ!お前も来いよ!」
「……え。メンバーでも無いのに?」
アウェイ感ハンパないなと心の中で思う。
「大丈夫、大丈夫!俺もいるし、部長には俺から伝えるし!なんならバーベキュー代三千円も俺が出すからさ」
「それはさすがに出さなくていいよ。って言うか、なんでそんなに誘ってくれるの?」
凄く気になった。だって今日出会ったばかりだ。少しだけ何か裏があるのかとか考えてしまう。それを打ち消したくて、サラリと踏み込んでみた。
「ん〜?お前がいたらもっと楽しいだろうなって思ったんだ」
「……へ?」
思わず口から音がもれた。
食べかけのトンカツが、ぼとりと白ご飯の上に落っこちた。
テーブルを汚さなかった事を褒めてもらいたい。
「……変な事言わすなよな!ばぁか」
照れたのか、そっぽを向いた彼が肘で私を小突く。
(なんだソレ……!……なんだソレ!!)
男の人相手に不覚にも可愛いじゃないかと思ってしまった。
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