・Memory02(ゆうひ視点)


 まひるさんとして上手くやり過ごせない僕は、まひるさんが普段やっていると言っていた家事炊事をしないまま部屋へと引きこもっていた。しない、というよりはやり方がいまいち分からず出来ないに等しい。というのは言い訳だとは思っている。


 そのせいで、まひるさんの両親はまひるさんが具合が悪いのだと判断したようだった。とても心配してくる姿に申し訳ないと罪悪感を感じつつもどうしようもない。

 自分がまひるさん本人じゃないせいか、酷く居心地が悪く感じた。



「まひる!具合が悪いならせめてエレンタール飲まないと」



 ドアをノックされ、そう母親が口にする。

 そう、このまひるさんが毎日飲んでいるという栄養剤。これがまた酷い味だ。ガンガンに冷やしておけばグイッと飲めなくもない。けれど、そうすると今度はお腹にくる。


 その上ご飯やおやつが味気無い。ガッツリとした脂質が摂りたくてたまらない。ポテトチップスにコーラが飲みたくてたまらない。

 体調が悪いと思われてから尚さら食事はお粥へと変化して、食べたい物から遠ざかっていった。


 早く元の体に戻ってほしい。そう思う自分と、病気って名目で一日中部屋にこもっていても叱られず、むしろ大切に扱われる事への安堵感にちょっとした羨ましさもあったりした。病気というハンデがあってマイナススタートな分、普通の人と同じ事が出来るだけで凄い成功でもしたかのように褒められたり認められたりするのはなんだかズルイようにも感じた。それに、例え何も出来なくても"病気だから"で全てを仕方ないと諦めてくれる。親も親族も世間サマも。そういう逃げ道が存在する事をこの時初めて知った。


 とは言え、逃げたくなくて抗う病人が存在している事も理解している。つもりだ。

 僕だったならこの病気を盾に免罪符にでもして引きこもるだろう。そう、あくまで僕個人の意見の話しだ。


 しばらく引きこもりに徹していれば、母親が声をかけて来た。



「まひるー?今日は体調はどう?調子良ければ気分転換にでも散歩に行こう」



 どうやら、まひるさんの母親は、今日パートが休みらしい。日中家に居られると別に特に何もする事は無いけれどなんだか不自由に思う。仕方なく時間潰しを兼ねて散歩に出る事にした。



「今日は天気がとってもいいから帽子被って行った方が良いよ。日焼け止めも忘れずに」



 テキパキと帽子をクローゼットから取り出すと頭に被せてくれる。日焼け止めを手の平に出されて、塗る以外の選択肢は無かった。


 母親の様子を伺い見れば、どこか上機嫌で鼻歌まで聞こえる。その様子になんだか悪い気はしない。


 出かけた先は近くの公園だった。ウォーキング出来る道が短距離、中距離、長距離と、その人の体力に合わせて準備されていた。


 森林浴をしながら歩くのは想像より気分が良かった。そして気付かされる、思いの外この体に体力が無い事を。


 そりゃあ、まあ、日がな一日寝転んで過ごしているわけだから筋力が低下するのも当たり前だ。このままじゃマズイ事は一目瞭然だった。


 まひるさんが僕の今後の生活を思って動いてくれている以上、僕もせめてまひるさんが日常に支障をきたさない程度には筋力を維持する必要があると思い始めた。



「まひるが外を出歩けて良かった。帰りにご飯でも食べて帰る?それとも家がいい?」

「食べて帰りたいです!」



 スルリと出てきてしまった敬語に慌てて口を片手で覆う。けれど時すでに遅し。

 不思議そうに母親が僕を見て瞬きをすると吹き出した。



「なんで敬語なのよ!あははっ」



 おかしそうに笑う母親に合わせて、苦笑いを返す。ホッと静かに胸をなでおろした。そりゃそうだ。そんな簡単に別人だなんて思うはずが無い。

 どっと嫌な汗をかいた。けれどその汗は初夏と言えど容赦ない日差しで直ぐに乾いてしまった。

 母親が連れて行ってくれた先は定食屋さんだった。

 食べたくてたまらなかった肉々しい油物たちも並んでいて、ついついそちらへと視線がいってしまう。



(唐揚げ、天ぷら、焼肉定食……)



「まひるは煮魚定食が良いんじゃない?」



 不意に言われた体に優しそうなメニューに急激に気分が落ち込む。



「……どうしたの?いつもこれ食べてるじゃない」

「……」



 なんでなんだろう。普通なら誰もが食べたい物を選ぶだろう場面に、どうして食べたい物を我慢してメニューを選ばなきゃいけないんだろう。そしてその選択肢の限られた感じが妙に苛立たしい。



(食事制限のある病気ってこういう所で痛手だよな……)



 静かに溜め息を吐き出す。

 どちらにせよ、ここ最近はずっとお粥だったわけで、いきなりガツンとした油物はこの体じゃ危険なのは明白だ。

 渋々母親が選んだメニューを頼む事にした。


 まひるさんは今までどれだけの事を我慢したり諦めたりして来たんだろう。不意にふと煮魚を食べながらそんな事を思った。


 彼女はどうにも僕と違って病気を盾にのうのうと引きこもりに徹するタイプには思えない。だから大学にも行ってみたいだなんて言ったのだと思う。そうして僕には出来なかった事を次々と達成していた。


 僕は自分が益々ちっぽけな存在に思えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る