・Memory02(まひる視点)



「旅行に行こうぜ!」



 突然の陽一の誘いに、私は静かに瞬きを二回した。一瞬脳内がフリーズしかけたのが分かる。



「りょこう……」

「そうそう!せっかくの夏休みだしさ!食い倒れツアー!」

「何それ面白そう!行く!!」



 陽一の誘いに秒で応えた。

 陽一とはビックリするくらい気が合う。どこに行っても楽しくてたまらない。



「行き先はどこがいいかなぁ~。くいだおれって言えば大阪だろ!?でも沖縄の海も捨て難い!海に行くなら男だけっつーのも味気無いし城ヶ崎グループでも誘うか?」

「え?」



 まさかの陽一の発言に戸惑ってしまう。



「陽一、城ヶ崎たち苦手だったんじゃないの?」

「んー。まぁな。でもなんとなく掴めて来たぜ!アレだろ?ツンデレ的な!」

「話が分かるじゃん!!」



 思わずガッツポーズをしてしまった。慌てて口を両手で塞ぐ。



「何お前、ツンデレ好きなの?」

「キライではない。少女漫画的展開やマンガネタについ盛り上がっちゃうだけだよ」



 隠してもしょうがないのでさらりとさらけ出す事にした。予想通り陽一はふーん?と突っ込まずにスルーしてくれた。


 それはそうと、城ヶ崎たちも一緒となると、取り巻きたちが城ヶ崎と二人きりにして来るのは目に見えている。


 それだと陽一とほとんど過ごせないわけで、正直あまり面白くない。



「海じゃなくていいよ。くいだおれツアーでしょ?」

「お前分かってないな〜!夏って言ったら海だろ?」

「そうだけどさぁ……日焼けするじゃん」

「女子か!!」



 ナイスなツッコミが入った。



(いやいや、女子なんだよ!!中身は)



 そこまで脳内でツッコんで、ふと我に返る。



(でも、そうか……。元に戻らないなら、このまま夜風ゆうひとして生きていくのなら……私の恋愛対象って男になるのかな?性同一性障がいって事になるのかな?)



 最初こそ、元の体に戻るつもりでいた。けれど、戻る兆しが見えない今、このまま生きていくと仮定して動く必要がある。


 私はあの日、陽一の言葉を否定して笑っていたけど、まさかその通りになるとは思わなかった。


 現実味をおびていく現状に、素直に喜べない自分が存在している事に少し驚いた。


 ずっと望んでいた健康体が手に入るかもしれないのに。



「まぁ、人数増えると予定合わせんのも面倒だし。二人で行くか」



 陽一の"二人で"という言葉にドキッと胸が騒いだ。


 よくよく考えてみれば、陽一と二人で旅行となると、同室で眠ったり、もしかしたら一緒に温泉に入るなんてハプニングが起こりかねないわけだ。


 もちろん男であるゆうひくんの体である以上、異性を好きな陽一と友人としての関係を越える何かが起こる事は無い。そう分かりきってはいても、悶々としてしまう。


 想像しただけで変な汗をかいてしまった。両手で顔を覆って空を仰ぐ。



「無理!!」

「なんでだよ!さっき行くって言ってただろ!つーか言い方!普通に傷つくわ!!」

「やっぱり、旅行はまた次の機会で!」 

「はぁ?この数分で何があったんだよ」



 陽一がおかしなモノでも見るようにこちらを見つめる。彼の気持ちは痛い程分かる。不信感しかないと言っても間違いじゃない。


 けれどもここで、実は中身女なんだよね~なんて誰が言えるだろう。例え言ったとしても冗談として流されるか、やっぱり性同一性障がいだったんじゃないかと言われて終わるに違いない。


 しばらく黙っていた私は、散々思考したあげく重い口を開いた。



「……予算の問題です」

「あ〜、バイト初めたばっかだっけ?食べ歩きもしてるしなぁ……。分かった。じゃあ、貯蓄しとけよ!大学生で遊べる内は遊ぼうぜ!」



 私は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。


 陽一と旅行には行きたい。けど、入れ替わり問題が付きまとう。


 思わず深い溜め息が出た。



「なぁ〜んだよ。暗い顔して」

「いや……」



 なんでもない、と言いかけて不意に出来心で聞きたくなってしまった。



「あのさ……」

「なんだよ?」

「例えばさ。例えばだけど、陽一って女の子好きじゃん?」

「好きだな」



 私の問いかけに間も置かずに秒で答える陽一。



「それってさぁ、病気持ちでも恋愛対象に入るもんなの?」



 陽一は私の質問に何かひらめいたように左手の平に右手の拳を落とした。



「何お前、今度は病弱な女子にモテてんの!?」

「ぶー。違いますー」



 私は人差し指でバツマークを作る。



「じゃあ何か?俺に病弱美少女を紹介でもしてくれんの?」



 ダメ元で、と言わんばかりに恐る恐るそう聞かれて、私はあからさまにため息を吐き出して見せた。



「残念」

「無念……。じゃあ、なんなんだよ」

「いや、なんとなく気になって。人様の意見を参考にしてみようかと」



 陽一はつまらなそうな顔をすると、腕を組んで真面目な顔をする。



「ん〜まぁ。正直さ、人間いつ誰がどのタイミングで病気になるか分かんねぇわけじゃん?そう考えると、別に病気持ってようが、持ってなかろうが関係無くね?今は俺だって健康優良児だけどさ、彼女が出来て病気になって、じゃあサヨナラなんて言われたらショックのあまり自殺するわ」



 思わず陽一の腕を掴めば、勢いよく振りほどかれた。



「ちょっと待てい!!まだフラれてねーわ!つーか付き合ってもいねーわ!相手すらいねーわ!……なんだろう。言ってて虚しくなってきたぞオイ」

「ど、どんまい?」

「控えめに言うのやめろや!……はぁ。つまりだな、相性の問題だと俺は思うけど?」



 陽一の言葉には驚かされた。



(そういう風に考えてくれる人もいるんだ……)



 それがなんだかどうしようも無く嬉しくて、涙が出そうだった。



「でもさ!行動制限もかかるし、食事制限あったら食事だって限られて来るじゃん?予算だって、ムダに医療費に持ってかれるし」

「お金は俺が稼げばいいだけだろ?」

「何それカッコイイ!!」

「もっと賞賛してくれてもいいんだぜ?」



 ふふん、とどこか上機嫌な顔をする陽一。彼のこういう堂々とした一面はとても良いところだと思う。



「それに食事に関して言えば、俺は特にこれと言った拘りがないし」

「え!それはもったいない!!もっと色んな物を食べておくべきだよ!!食べられるうちに!!」

「……お前さ、本当……食うの好きな。後、俺が将来食えなくなる前提で話すのやめろ」



 ジト目でそう言われると、なんだか悔しくて反発心が、むくむくと湧く。にっこりと貼り付けた笑みで返す事にした。



「食いしん坊だと言いたいのかな?陽一くん」

「どう見たってその通りだろうが。否定する要素があったか?一文字以内で答えろ」

「否定させる気が無いよね?」

「頑張れば出来るだろ!」

「否」

「優秀!やれば出来るじゃないか」



 わしゃわしゃと犬でも撫でるかの勢いで髪を乱された。酷い。ボサボサだ。



「やめてよ!髪が痛むでしょ!」

「ぶふっ!綺麗な顔が台無しだな。やっぱイケメンでも髪型って大事なんだな」

「ねぇ、人の髪型こんなにしておいて勝手に学ぶのやめてくれる?授業料取るよ」

「悪かった!そうむくれんなよなー」



 不器用そうな手の平で、ぱっぱと髪型を戻してくれる。ふくれっ面をしていれば、ほっぺたをつままれた。



「いはいんだけど」

「なんて?聞き取れない」

「はれのへい!」

「ぶふっ!なんだって?」



 我慢しきれなくなったのか、手を放してくっくとお腹を押さえて笑いこむ陽一の背中をべしっと叩く。



「いてぇ!」

「わた……僕だって痛かったし!」

「あ~はいはい。すみませんでしたー」

「心がこもってない。やり直して」

「どうも、すみませんでしたっ!!」



 大きな声でそう言うと勢いよく頭を下げて見せた。さすがにかなりびっくしりた。未だにビリビリ響く耳をそっと抑えて顔をしかめる。



「声でか……」

「お前が心を込めろっていうから込めたんだろ。文句言うなよな。それで、話戻るけど、行動制限ねぇ。うーん。まぁ、俺はこんな風に馬鹿な事言い合って腹抱えて笑えりゃそれでいいけどな」

「……ふーん」

「え。何その反応。冷たい」



 なんだかんだ話をそらしたままにせずに真剣に向き合ってくれる陽一になんとも言えない嬉しさがこみ上げた。変なところでとても真面目で誠実だ。


 笑顔を浮かべれば、彼も釣られたのか笑顔を返してくれた。



「機嫌が直ったようで何より」

「え」



 どうやら彼なりに気を遣ってくれてたようだ。



「陽一ってさ、良いやつだよね」

「え。今更!?」



 納得がいかない!と言いたげな叫び声が聞こえたけど気にしない事にした。


 世界はどうにも、私が考えているほど冷たくは無いらしい。考え過ぎだったのか、過敏になり過ぎていたのか。自分がいかに自分が持っているものに対して卑屈に感じて囚われ過ぎていたのか思い知らされた。


 陽一みたいな価値観の人も居るのかと思えたら、それだけで世界は見違えるほどに広く感じられた。知れて良かった。聞いてみて良かった。



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