・Memory02(まひる視点)



 神様が人間をつくったのならば、不平等なのも納得だ。



 だって、人間がドラマを見て感動するように、神様だって人間ドラマをみたいに違いない。



 それが平等な物語だったら、きっと見飽きてしまうから……。



 だから、この世は不平等に出来ているのかもしれない。



 そんな神様だなんて語っちゃう夢見がちな私に、ついに不思議な出来事が起きたんだよ!って話したら、一体何人の人が信じてくれるかな?





 朝を迎えてスッキリと目が覚めた私は、ぐっと両腕を天井へ向けて伸ばすと、軽やかな足取りでベッドから出た。


 カーテンを開けて、おひさまの光を浴びる。今日は晴天。それだけでなんだか気分が良くてにこにこしてしまう。


 抜けでたままの布団をキレイに整えて身支度を済ませると、バッグを持って部屋から出た。


 階段を降りて一階のリビングへ行けば、既に朝ご飯を食べ終わった両親の姿があった。私の足音に気づいた二人が同時に挨拶をしてくれて、私も元気に返す。


 そうして私は朝ご飯代わりの栄養ドリンクを作り、バッグにそっと入れた。最初こそ苦手だったこの栄養ドリンク。名前はエレンタール。普通の水分に比べてどろどろしていて、そのまま飲むとかなりマズイ。なのでフレーバーを入れて飲みやすくしている。因みに私はグレープフルーツ味でなんとか飲めるようになった。


 忘れ物が無いか再度バッグの中身をチェックしてから、洗面所で歯磨きをして顔を洗った。鏡を見ながら笑顔を作ってみる。



(よし!良い笑顔!花丸!!)



 心の中で合格点を出して、私はバッグを手に取り元気に家を出た。



「行ってきまーす!」



 行ってらっしゃい、の声が背中に届く。


 今日、私が向かうのは医大だ。理由は簡単で、通院日だから。


 私は家の近くのバス停からバスに乗って目的地へと向かった。



 私のこの病気が判明したのは、高校生になってからだった。


 中学一年生辺りから徐々に様子がおかしく、症状が出ていたんだと思う。給食の匂いで何度も吐いた。食事を受け付けなくなって、突然目の前がテレビ画面が故障でもしたかのように白と黒のノイズが起きて気持ち悪くなって倒れたりもした。そして微熱が定期的に続き、学校に行っても保健室で過ごす事が増えた。


 当時、認知度の低かったクローン病。


 知ってるお医者さんがあまりいなかったせいか、ずっと風邪だと診断されていた。色んな病院を転々として、最後に総合病院のバリウム検査で大腸狭窄が見つかり、クローン病の疑いがあるから、と、検査の為に入院する事になった。


 そうして、検査入院でクローン病と確定した私は、その後、月一で通院する事となったのだ。


 食事も油ものと食物繊維に気を付けた、低脂肪低残渣食という食事を行うように指導された。油ものを控えるとなると、大好きなお菓子も誕生日ケーキも食べられない。大号泣したのは言うまでも無い。


 同年代の子たちが学校帰りや休みの日にランチやスイーツ巡りをなんのためらいも無くしている事が心底羨ましく、恨めしくもあった。



(なんで私は普通の人が当たり前にしている事ができないんだろう?)



 昔は少食で食にちっとも興味が無かったのに、突然取り上げられてしまうとなぜだか無性に欲しくなってしまう。不思議だ。





 ぼんやりと過去の事を振り返っていると、いつの間にか医大の近くまで来ていた。停車ボタンを押してバスを降りる。



(さて、行きますか)



 そう一息入れてから歩こうとすれば、目の前を足早に男性が通り過ぎて行った。ぼとりと男性のリュックから何かが転がり落ちた。見れば筆箱だ。



(え、なんでリュック開いてんの!?って、そこじゃない!なんで落とした事に気付かないの!?)



 振り返る気配もないまま、足取りが加速していく彼の姿はどんどん遠のいて行く。



(えっと……、これは……拾わなきゃダメかな?拾って手渡すべき?)



 どんどん小さくなっていく背中を途方に暮れながら眺める。



(仕方ない。追いかけよう!)



 筆箱を片手に、走って青年を追いかける。


 しばらく走ると、石で出来た橋に目的の人物がいた。どこか思い詰めた顔をして、昨日の雨で水かさの増した川を見つめている。


 とりあえず追いつけた事にホッとしたのも束の間、彼はあろうことか橋の手すりに足をかけた。



(はい?待って待って。何をしようとしてるのかな?え?マジですか?)



 ドラマや漫画でなら見かけた事がある橋からのダイブに、まさか現実で遭遇しようとは思いもしなかった。



(……止めたほうがいいのかな?)



 人生をゲームオーバーしたい気持ちが分からないわけじゃない。


 だけど、そこには一つ問題があった。



「そこから落ちても死ねないと思うよ」

「おわっ!?」



 私の声に驚いた彼が、背中からこちらへと勢い良く倒れ込んできた。


 避ける間もなく顔面に彼の硬い後頭部が激しく激突する。くらりと目眩がして、目の前が真っ暗になった。




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