・Memory05(ゆうひ視点)



 翌日、点滴から麻薬を一定量入れ続ける事となった。僕があまりにも痛みに耐えられず、離床訓練にも支障をきたしているからだ。


 麻薬が常時入る事で、かなり身体が楽になったのを感じる。麻薬のせいか、目を閉じるとチカチカしたり色んな幾何学模様が見えたり、頭がぼーっとした。普段でも目を閉じると何かしら幾何学模が見えたりするけれど、麻薬時はそれが鮮明でうるさく感じる。


 痛みが強い場合は、この麻薬の量を一時的に多目に入れる事も出来るらしい。とりあえず痛みが耐えられる程度になって、僕は心底安堵した。


 ずっと恐くてたまらなかった。医者や看護師は居ても、結局出来る事は限られていて、耐えて待つ事しか出来ない事があると知ったからだ。痛み止めは効くものだと思っていた認識が変わった。効かない事がある。効かなければ耐えるしか無い。これ程恐ろしい事があるだろうか。


 僕はまひるさんが今回で手術が二度目である事を知っていた。同じ場所に手術の痕が残っていたし、医者からも話があった。



(まひるさんは、こんな恐い事を経験してたんだな……)



 そりゃあ、食事にも慎重になるはずだ。


 その後もまだまだ耐え難い事件は起きた。どうにも手術を終えたからと、トントン拍子に事が運ぶわけでは無いらしい。


 僕はなんとか歩けるようになって、尿管が外れ、トイレへと通えるようになって大部屋へと移された。


 今まではナースステーション横の部屋に居たようだった。


 トイレに行く度、尿量を計測カップで測らなければならず、しかもベッド両端に下がっているドレーンを回収し、それを持ってトイレへと向かわなければならない。正直かなり面倒だ。夜だって相変わらずトイレに呼ばれると言うのに。大きな溜め息が出た。


 尿管が入っている間はトイレの心配が無かった分、夜は安心して眠れていたように思う。


 手術をしたからトイレの回数が減るかと期待していたけれど、あまり大きな変化は感じられ無かった。大腸が短くなったからか、その分便を溜めておけないのかもしれない。


 あれから毎日、病棟内を何往復もした。ただひたすら早く良くなってほしくて歩き回った。順調にドレーンも一本、また一本とお腹から抜けていく。


 それなのに、悲劇が起きた。突然、二日程オナラも便も出なくなったのだ。こんなに歩き回っているのに。



「吐き気とかないですか?」



 そう看護師に口々に聞かれては心配された。イレウスの疑いだ。吐き気は無いけれど、ゲップが上がって来るのが気になっていた。


 そうして、その日の夜、僕は気持ちが悪くなって慌ててナースコールを押した。看護師が駆け付けてくれて、僕は必死で吐きそうだと訴える。看護師が吐き気止めの点滴を入れてくれたけれど、それも虚しく僕は側に置いていたゴミ入れのビニール袋に嘔吐した。一回吐けば楽になるかと思いきや、そうでもなく。何度も何度も吐いて、ついには緑色の液体を吐き出した。



「鼻から管を入れる事になるかもしれない」



 そう看護師に言われて絶望した。



(あんなに、頑張って歩いたのに……!)



 涙が出そうだった。


 僕は吐き気が落ち着いた頃を見計らって、トイレへと向かった。お腹が硬く、張っていて痛い。そしてついにオナラと便が出た。



(これは……イレウス回避出来たんじゃ?)



 体もどこかスッキリしている。



(大丈夫な気がする!)



 翌日、外科の先生が朝から様子を見に来てくれた。



「吐いたんだって?」

「……はい」

「吐き気はある?ガスは出た?」

「吐き気は無いです。吐いた後にガスも便も出ました!!」



 僕の言葉に、外科の先生もどこか安堵した表情を浮かべた。



「ガスも便も出たなら大丈夫だと思うけど……」



 外科の先生の言葉に今度は僕が安堵した。



(これでイレウス回避だ……!!)



 密かにガッツポーズを決めたけれど、現実はそう甘くなかった。








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