・Memory06(ゆうひ視点)



 その日のレントゲンで看護師が慌てて病室へと訪れた。



「気分悪くない?大丈夫?」

「え?大丈夫ですよ?昨日オナラも便も出ました!」



 笑顔でそう伝えるけれど、看護師の表情は暗いままだ。僕は思わず小首を傾げる。



(どうしたんだろう?)



 ザワザワとやけに胸騒ぎがする。



「レントゲン見たんだけど、かなりガスが溜まってて……」

「……それは、つまり?」

「イレウスになりかけてる」

「……」



 何度絶望に追いやれば気が済むのだろうか。


 けれど、立ち止まってはいられない。


 僕はただひたすらに歩き続けた。それなのに、ピーピーと機械音が点滴から鳴り響く。



(なんだ!?)



 ナースコールを急いで押せば、看護師が駆け付けてくれた。


 どうやら点滴のバッテリー切れのようだ。しばらくしないと充電が溜まらないらしい。



(今すぐにでも歩きたいのに……!)



 思うように行かない。何もかもが。どうしようも無く恐くて、不安で、腹立たしかった。


 トイレに呼ばれて行って帰って来るだけで点滴が鳴り響く。



(このバッテリー、いつになったら溜まるんだよ)



 もうあんな苦しい思いをしたくない。焦りばかりが積もった。


 看護師が検温に来た頃、それとなく相談してみる事にした。



「バッテリーが溜まらなくて、歩きたいのに歩きに行けなくて……」

「バッテリー溜まってるのと交換しようか?」

「出来るんですか!?」



(よし!これなら歩きに行ける!)



 そう思ったのも束の間、看護師が僕の使っている機械を見て困った顔をした。



「ごめん……。交換無理そう」



 どうして無理なのか言われたような気がするけれど、頭が真っ白になって理解が出来なかった。



(どんどん歩けって言ったのは病院側のクセに……!!)



 どうしようも無く怒りが沸き起こる。



(こっちは歩きたいのに!!)



 思うように行かない現実に涙まで出てきた。



(助けて……もう嫌だ)



 夜になり、夜勤担当の看護師がやって来た。最早特に何も期待なんかしていなかった。



「レントゲン見たよ!このままじゃイレウスになるから脅すような事を言うけど、鼻の管が嫌ならガンガン歩いて」



 看護師の言葉に反射的に噛み付きたくなった。



(そんなの!こっちだって分かってる!!)



 叫び出しそうなのを、なんとか理性でぐっと堪えた。



「……バッテリーが無くて、歩くと鳴るんです」

「交換するよ!」

「昼に看護師さんに伝えたら交換出来ないって……!」



 僕の言葉に、目の前の看護師は首を捻る。そうしたかと思うと、待つよう言われて出て行った。


 しばらくして看護師が別の機械と点滴のチューブを持って戻って来た。慣れた手付きでささっと点滴のチューブと点滴の機械を交換してくれる。



「これでバッテリーは大丈夫!ガンガン歩いて」

「ありがとう、ございます!!」



 僕は心の底から感謝した。


 消灯まで後四十分はある。僕はその間、がむしゃらに院内を歩き回った。


 僕を助けてくれた看護師と廊下ですれ違う度に応援の言葉をかけられ、僕はとても勇気付けられた。



 それから二日後、未だにイレウス疑惑が晴れないまま、再び事件は起きる。


 今度は点滴から繋いでいる麻薬が逆血によって血が混ざってしまった。麻薬と点滴のルートがしっかり繋がっていなかった事が原因らしい。


 直ぐ様麻薬は取り外される事となった。その日に限って休日で、担当医も休んで居た。



「この麻薬もそろそろ中止するタイミングではあったんだよね……」



 そう看護師は言うけれど、心の準備がまだだった。



(そりゃあ僕だって……)



 一刻も早く麻薬を止めなきゃって思ってはいた。いたけれど、正直まだ心許ない。


 だがしかし、もう外れてしまったからにはこのまま前に進むしか他ならなかった。


 僕は夜寝付けるように日中これでもかというくらい病棟を歩き回った。


 麻薬が体から抜けていく感覚が自分でも良く分かった。体が熱くなって、じっとりと汗ばむ。血管内がスースーする感じがした。ぼーっとしていた頭がクリアになっていく。


 そうして迎えた夜は地獄だった。





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